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4-3 恋のおまじない

「は?」  俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。ところがニルジールときたら感動したと言わんばかり、涙さえ浮かべて俺の手をぎゅっと握っている。 「わかるわ、わかるのよっ。アタシは夢魔だもの、アナタがどんな思いをその子に抱いてるからぐらいわかるわ! そんなにドキドキするなんて、きっと恋よ、そのエルフのことが好きなのよ!」 「いやニルっち。ドキドキしてるだけで決めつけはよくなくない?」 「そ、そうですよニルジール先輩。アズマ先輩はただ同居人と仲良くしているだけで……ねえ、アズマ先輩?」  ライガもヴァノンもそうニルジールをたしなめてくれたけど、俺はというと、答えに窮していた。  恋? 好き? いやそんなわけない、だってまだ一緒に暮らし始めて少ししか経っていないし、セレのことはなにも知らないし。確かにドキドキはするけど、それはセレが距離感おかしいだけだし……。  でも。同じことを他の人にされたらどうだろう。例えばニルジールとかライガにされたら。絶対ドキドキするどころじゃない、怒って突き飛ばして終わりだ。それなのに、セレだとどうしていいかわからなくなって、やんわりと逃げることしかできない。  なら、他の人とは違う特別な何かを感じているのだ、と言われてしまえばそうかもしれない。それが、好きとか恋とかいうことなのかはわからないけど──。 「あ、アズマ先輩?」 「アズマっち~?」 「アアーッ、そうやって返事に困るってことがもう証拠よぉ! はぁん、アズマちゃんに好きな人……アタシ悲しい、でも嬉しいッ」 「ち、違う、違うそうじゃなくて、いや勝手に盛り上がらないでニルジール」  慌てて首を振ったけど、「顔赤いべ、アズマっち」と言われてしまう。いやいやまさか、そんなわけ。混乱している俺に、ニルジールは涙さえ浮かべながら囁いた。 「でもアタシ、アズマちゃんの幸せを応援するわ。アナタがこの先うまくいくようにおまじないしてあげる」 「エッ」  そういうや否や、ニルジールは俺の手の甲にキスをした。 「ウワーッ!」  叫んで手を引いたけど、俺の手の甲にはめちゃめちゃくっきりとニルジールの口紅がついていた。これじゃあ色んな誤解も生まれそうなもんじゃないか。紙ナプキンで拭いてみたけど、完全には跡が取れない。 「ニルジール! そういうのいいってば! この話は終わり、終わり!」 「えー」 「えーじゃないっ。ほらヴァノン、新しい話題ッ」 「ええっ、えっ、えっと、あっ! 皆さん知ってます? 今度郊外に新しく、ドラゴンカフェができたんですよ! ドラゴンと一緒にご飯が食べられて、目の前で火のブレスでお肉焼いてくれたりするそうですよ!」 「ヴァノンめっちゃ露骨に話逸らすじゃんウケる。でも超気になるじゃんそのお店。どこどこ?」 「ドラゴンって、本物のドラゴンってコト? アタシも見に行きたいわぁ、ドラゴンってとってもキュートなお腹してるじゃない? 撫でてもいいのかしら?」 「えー、ドラゴンってめちゃカッコよくない? あの鱗がゴツゴツしてて、ジャジャーンってしてるところ」 「なに言ってるのよ、お目目がつぶらでかわいいでしょ、キュートなの!」  ヴァノンのアシストで、どうにか話題はドラゴンカフェへと流れていった。ほっと安堵の溜息を吐いてヴァノンを見る。彼は俺を見るとニコッと笑ったから、俺も小さく頭を下げた。今度また、なにかお礼に美味しいもんでもおごってやらなきゃな。その前に再就職してなきゃだけど。  俺は気を取り直して、ドラゴンカフェの話題へと加わった。胸がまだドキドキするのも、頬が熱いのもきっとアルコールのせいだ。そう言い聞かせながら。  飲み会がお開きになった頃には、外はすっかり真っ暗になっていた。俺たちは店の前で分かれた。また泣き出したニルジールが大きく手を振っているのに笑って手を振り返して、俺はひとり帰路につく。  暗い夜道には人の姿もまばらだ。それでも駅前までいけば、多種多様な人類が集まることだろう。それまでは、少し静かな道を進む。  ひさしぶりに楽しく飲んで、アルコールも入っていてフワフワいい気分だ。冬の冷たい空気が、ひんやりと頬に気持ちいい。さあ家に帰ろう。きっとセレが首を長くして待ってるぞ。か弱い人間は夜更かしをしてはいけない、早く寝ろとか言うかもしれない——。  そんなことを考えながら、駅への道を歩いていた俺は。 「このエルフ野郎、なんか言ってみろ!」 「俺たちのことを馬鹿にしてるんだろ!」  なにか怒鳴っている声が聞こえて、反射的にそちらを見る。ふたりの小柄なドワーフに囲まれて、誰かが詰め寄られているのがわかる。俺はじっと目をこらして、そして一瞬で酔いが覚めるのを感じた。  なにしろ、ドワーフたちにたかられていたのは、セレなのだから。

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