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5-2 大人だし子ども

 街に飛び出したものの、当然だがセレの姿は見当たらない。だけど、アイツは俺の服を着てなかった。ということは、どこからどう見ても恥ずかしくないエルフの服装で出かけたはずだ。良くも悪くも目立つから、見た人の記憶には残るに違いない。  ただ、セレが出かけた時間帯が不明だ。普通の人がこの寒い冬空の下、何時間も外で立ってたりはしないだろう。俺は街道に面した店の売り子や、ビルの警備員、ビラ配りなどに手当たり次第声をかけた。その結果、セレと思わしきエルフが駅の方向へ向かっていたことがわかる。  駅、ということは、列車に乗ったのか。そうなると、行き先の可能性は無限に増えてしまう。途方に暮れそうになって、また俺は大きく首を振る。  幸い、キンと冷えた朝の空気は俺の頭を冷やしてくれた。焦っているときこそ、落ち着いて考えた方がいい。  セレは一緒に暮らし始めてから、ひとりで外出している気配がなかった。元々出かけないんだ。昨日は列車に乗ってどこかへ行ったみたいだけど、それだって慣れた様子じゃかった。  なら、また同じ場所に行ったんじゃないか? ドワーフたちに絡まれた、あの辺りに用があったんじゃ。慌てて地図アプリを開いて、昨日合流した近辺にセレが向かいそうな場所がないか確認する。  それは悩むまでもなく、呆気なく見つかった。俺たちがいた飲み屋から違う方角に街道をまっすぐ進んだ場所に、エルフ村と書かれていたのだから。  エルフ村、という名は伊達ではないらしい。その一角に入って、俺は思わず息を呑んだ。  発展した現代的な街の、ひとつ通りを挟んでおとぎ話のような空間が広がっていた。街なかなのに巨木が天を覆い、石造りの厳かで繊細な建物が並んでいる。行き交う観光客の人類も多いけれど、店にいたり、優雅に茶を楽しんでいるのはエルフたちだ。その誰も彼も色素が薄く、金色から白色の長い髪を揺らしながら、整いきった顔で人類を眺めていた。  俺はそんなエルフ村へと足を踏み入れる。けど、何処へ行ったらいいかわからない。驚くべきことに、エルフはみんな似たような姿をしていて、まるで個性なんて無いみたいだ。ファッションやメイクで個を主張する文化が無いのかもしれないけど、おかげで後ろ姿がみんなセレに見えてしまう。  どうしよう、と考えたところで、とある看板が目に入る。観光案内所、と様々な言語で書かれている場所に、俺は吸い寄せられていった。セレがどんな目的でここへ来たのかわからないんだから、何があるのか聞いたほうがいいと思ったのだ。  恐る恐る観光案内所の扉を開け、中に入った俺は、 「やあ、いらっしゃい。セレを探してるの?」  受付の向こうに座っていたエルフにそう尋ねられて、ひゅっと息を呑むほどにびっくりした。 「あ、え、あ……」  なんで知ってるのか、とか、何処に行ったかわかるのか、とか。聞きたいことは山ほどあったけど、実際に声になったのは何の意味もない音だった。言葉を失う、とはこのことだろう。そうこうするうちに受付のエルフは、正面の椅子に腰かけるよう手で促しながら、奥に行ってしまった。  おずおず椅子に腰かける。もしかして、セレを呼びに行ってくれたのかも、という淡い期待はすぐに消えた。エルフはただティーセットを持ってきただけだったから。 「まあまあ、少しお茶でも飲んでリラックスするといいよ」 「は、はあ」 「あの時は挨拶ができていなかったね。私はサヴァン。サヴァン・ロ・シェルロフィだよ。よろしくね」 「あの時……?」  どこかで会ったっけ、と考えて、思い出す。そういえば、前にセレの夢の園に行った時、向こうの方でお茶をしているエルフがいたような。よくよく思い出してみると、目の前にいる人物と似ているような気がしてきた。  エルフらしい金の髪を無造作にまとめていて。老いないから、視力が悪くなるはずがないのに、眼鏡をかけたりしているし。おまけに人間風の服まで着ているサヴァンさんは、穏やかに笑ってこっちを見ている。青空みたいな瞳も顔立ちも、どこかセレに似ていた。 「もしかして、セレの夢の中にいた……。あれ? それに、シェルロフィって……」 「セレは私の末の弟になるよ」 「お、お兄さん。お、俺はアズマ・ハーパーです、今はセレとルームシェアをさせてもらっていて……」 「君のことはセレからよく聞いているよ。はい、お茶どうぞ」  サヴァンさんは焦る俺に構わず、カップに注いだお茶を差し出してくれる。それはセレがいつも飲んでいるものと同じ香りがして、なおさら不安が煽られた。セレは何処へ行ってしまったんだろう。そしてセレは、俺たちの家へ帰ってくれるのだろうか。  俺はどんな顔をしていたんだろう。向かいに座ったサヴァンさんが「ふふ」と笑う声に気付いて見ると、彼は優しい表情を浮かべていた。セレとはまた違った……なんだか、小さな子でも見ているような顔だ。 「セレと何かあったのかい?」 「……は、はい。もしかしてエルフ村にいるんじゃないかと……。あの、セレがどこにいるか、ご存知ないですか? ちょっと、俺が良くないことをしてしまって……。きっと、セレは怒っていると思うんです」 「セレが? 君に? 怒る? アハハ、まさかそんな。冗談はよしなよ」  サヴァンさんはケラケラと、本気で愉快そうに笑った。俺はまた面食らってしまったが、「ほ、ホントなんです!」と訴える。 「俺が昨夜、前後不覚だからって乱暴なことをしてしまって……、セレにもお兄さんにも申し訳ないです。しかも朝起きたらセレが部屋にいなくて。そんなの初めてなんです、俺が取り返しのつかないことをしちゃったからだとしか思えません」  真剣に説明したけど、サヴァンさんは「へえー」と表情を変えずにお茶を飲んでいる。机の引き出しからお菓子まで取り出してきたけど、それは人間がよく食べる普通のスナック菓子だった。 「それで、セレを探しているってわけね」 「は、はい!」 「なんで?」 「えっ」  俺は言葉に詰まった。なんで? なんでもクソもあるか? 同居人を探すのは当たり前なんじゃないか?  サヴァンさんはお菓子の袋をひとつ開けながら、穏やかに続ける。 「君はセレに乱暴をしてしまった。君はセレが怒り、出て行ったと思っている。なんで君はセレを探してるんだい? それで見つけたら、どうするつもりだい?」 「どうって……」 「君が思っているとおり、セレが怒って出て行ったなら、君になんて会いたくないだろう? もう話すこともないはずさ。でも君はセレを追っている。セレの気持ちに寄り添わないでね」  サヴァンさんはそれだけ言って、スナック菓子を頬張り始めてしまった。「うーん、まずい。こればっかりは全然慣れないなぁ」と笑いながら、パリポリいわせている。まずいなら食べなきゃいいのにとは思ったものの、もしかしたらこれは、自分だけ食べるのを申し訳なく思う人間に合わて先に食べたのかもしれない。ただ変な性格なだけの可能性も捨て切れないけども。  でもそれについては、どちらでも同じだ。大事なのは、俺がセレとどうしたいのか、だ。その問いかけへの答えを考える。  どうして俺は、セレに対してこんなに必死なんだろう。どうしてこんな短い間で、好きになってしまったんだろう。  そうじっと考えて、やっぱり俺の中には大きな言葉があることに気付く。  家族。  一緒に暮らして、食事をとる相手を家族と呼ぶ。それはエルフの慣習っていう、ただそれだけのはずなのに。俺にはとても大きな意味があったんだ──。 「まあ、いずれにしてもね」  深く考え込んでいた俺は、サヴァンさんの声に顔を上げる。彼は素っ気ないことを言ったわりに、優しい笑顔を浮かべていた。 「君が思っているよりセレは大人だし子どもだ。見つけたらよくよく、ちゃんと気持ちを言葉にして伝えるといいよ。正しく伝わるか、セレがどう思うかは君にはどうしようもないけど、いつだって自分のために行動するしかない。そこに多少の、相手への配慮があってもいいという程度なものだ」  さあさあ、セレのところへ戻るといい。君の探しものはここにないんだからさ。  そう促されたものの、俺にはまだセレの居場所がわかっていない。この言い方だと、エルフ村にはいなさそうだ。となると、一体どこへ行けばいいのやら。  途方に暮れていた俺は、ふと尻ポケットの端末がブルブル震えるのを感じた。なにか通知が入ったみたいだ。  ちょっとすいません、とサヴァンさんに断りを入れて端末を開くと、画面に一枚の写真が表示された。 「……は!?」  それを見て俺はでっかい声を上げて、飛び上がる。 『アズマっち、同居人さんめちゃ話わかるじゃーん。オレ安心したし~』  やたらキラキラした絵文字と共に、ライガからのメッセージ。そして添付されていたのは、笑顔のライガと、怪訝な顔で一緒に自撮りへ入っているセレの姿だった。

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