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第5話 互いの気持ちは口づけで語ろう
タクシーを降りて、光輝が肩を貸してアパートの2階の一室へと冷司を案内する。
そこは、空き室の目立つ古い普通のアパートだった。
空いてる部屋は、白い布がカーテン代わりに下げてある。
冷司は少し落ち着いてきて、それよりも彼の部屋に行くことにドキドキしていた。
「ほら、ここ。
昼間誰もいないし、古いから今空きが多くてさ。
1Kで狭いからビックリするよ、ほら、入って」
肩を借りて、狭い玄関に入り、冷司が段差でよろめいた。
「おっと、気を付けて」
力強く抱き留めてくれる手に、優しさを感じてホッとする。
「ごめ…………」
顔を上げたとき、至近距離の彼と目が合い、お互い真っ赤になった。
「ははっ、なんだろ。
ほら、こっちで休んで。ベッドとか無いから、布団敷くからさ。
上着脱いで横になるといいよ。
何も無い部屋だけど、必需品は完備してるんだぜ。
いつか来る彼女の為に、な、きれいにしてるつもり。
クーラー付けよっか、扇風機だけじゃ暑いな。
もう9月なのに、暑すぎだろ。
あー、クーラー洗ってもらって良かった。お前アレルギーとか無い?」
「うん、大丈夫だよ」
顔をパタパタあおいで、クーラーのスイッチ入れる。
涼しい風が、次第に部屋を満たして行く。
「ちょっと横になるだけでいいから、布団はいいよ」
「うん、でもここ床が硬いんだ。フローリングにカーペット敷いてるだけだから」
彼が布団を敷く間、周りを見回し息を吐くと、バッグを下ろして夏物のカーディガンを脱いだ。
少し、休ませてもらおうと思う。
「口、すすぎたいんだ」
「洗面所そっちだよ、トイレの横。自由に使って」
「うん」
粗野に見えた彼の部屋は、とても綺麗に片付いている。
口をすすぐと、気持ち悪い血の味が洗い流されてホッとする。
血は止まってるからちょっと噛んだだけだろう。
「口の中、噛んだ?」
「うん大丈夫」
冷司は何故か、初めて来た家が初めてじゃ無いような気がして、ホッとする。
そうして、奇妙なほどくつろいでしまった。
「布団で寝て、ここ以外と静かだから。
遠慮すんな。俺はこっちで本見てる。
調理師免許取ろうと思って、大学やめてそっちの専門学校受けようと思ってるんだ。
簡単な一般試験あるみたいだから、また図書館に行かなきゃならないかな」
クスッと笑って、布団に休む冷司に、薄い綿毛布を掛けてくれた。
「うん、ごめんね。少し。少し休んだら、大丈夫だから」
「ポカリ飲んで寝ろよ、ほら水分補給」
「うん」
コップ一杯のポカリ飲んで、横になって目を閉じる。
静かだ。
最近眠れなかったので、そこはとても落ち着く空間だった。
時々、彼がページをめくる音がする。
冷司は信じられないほど落ち着いて、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。
光輝が、寝息を立てる冷司の顔を見る。
ため息を付き、また本に目を移す。
窓から青い空を見て、じっと彼の寝息に耳を傾ける。
静かに自分もポカリ飲んで息を付く。
ふうと一息ついて、参考書を読んで、時計を見る。
30分過ぎたな。
昼ご飯、なんかあったかな、カップ麺の買い置きあるからお湯でも沸かすか。
湯を沸かしながら、なんとなく四つん這いで床に手をつき、冷司の寝顔をのぞき込む。
なんでこいつの事、こんなに心配なんだろう。
どこか放って置けずに、連絡先言い忘れたの思い出して、図書館へ行って良かった。
必死で謝る声に、行ってみるとごつい男に絡まれるこいつを見て、拳を出しそうになった。
とっさに警察呼ぶ真似したけど、すんなり騙されてくれてホッとした。
こいつは何故か、今どきスマホも携帯も持ってない。
「ん……」
身じろぎして、小さく開いた唇に、ドキッとした。
あれ?なんかこいつ、思ったより艶っぽくねえ?
睫毛、なっが
「ん……、ふう……」
じっと見ていた気配を感じてか、ふと、冷司が目を覚ました。
「冷司、キスしていい?」
冷司がまばたきを1つして、薄く目を開けつぶやくように返す。
「いいよ」
光輝が、横からそうっと口づけを落とす。
軽く触れた唇が、柔らかくて心臓が、ドキリと拍動をうつ。
薄く開いた冷司の唇が、誘うように見えて、光輝が思わず彼の頬を両手で包む。
見つめ合って、親指で唇を撫でた。
「なんかエロい唇」
「フフッ、男だよ?」
「そうなんだけど、
そのはず、なんだけど、 さ 」
もう一度、光輝は唇を舐めるように合わせ、冷司の口を塞いだ。
「ちゅっ、くちゅ、ちゅっ」
目を閉じて、互いの唇を愛撫するように、吸って、舐める。
ふと、光輝が顔を上げ、見つめ合うと冷司がうるんだ目で見つめる。
「は……ぁ」
うっとりと、1つ息を吐く。
口づけ1つで、互いの気持ちを語り合ったような気持ちになる。
好き、好きだよ、光輝。きっと、ずっと、好きだった、
なあ……ただの、友達と、思ってたんだ、けどさ、
光輝が愛おしさに髪を撫で、冷司の首を、そして胸を、なでるように手を滑らせ、肩を包んだ。
ああ、もう、駄目だ……
もう一度、もう1度だけ、口づけを。
もう一度、もっと濃厚な、もっと……
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