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自覚のない籠の鳥たち

部屋の中は10名くらいの若い男子が、机の上でパソコンを使ってそれぞれ遊んでいたりレポートをやったり何か難しそうな問題に取り組んで居たりして自由に過ごしていた。  雑居ビルの会議室のようなところは、入り口の対角にパーテーションで囲まれたシンクがあるだけで、あとは長机とパイプ椅子がならべられた如何にも会議室である。  その中の1人、吉田龍平(よしだりゅうへい)はここ1週間家に戻っていなかった。  ここにいる者の大半は家に戻っておらず、この部屋の一つ上の5階に用意されている仮眠場で寝泊まりをしている。  大学の勉強を集中的にできる場を提供すると言う触れ込みで勧誘を受け、親にもそう話をつけては来ているのだ。  龍平はまだ1週間だが、もっと長い時間帰っていない者もいて、親から本人に携帯で連絡がきてる様だったけれど集中したいからといって帰る気はなさそうだった。  親はこの場所を知らず、大学まで行って捕まえようとすると親の顔を見て逃げる始末で親としてみたら逃げる時点で『なんか悪いことに巻き込まれているのではないか』と思わずにはいられない。  警察にも話してはあるが、いつの時代も成人男子の1.2週間失踪には積極的ではない。それで親としては興信所や探偵と看板をあげているところへ依頼にいくのだ。 「みんなやってるかー?課題は終わったのか」  賑やかな声が響く中に、30歳ほどのみんなから『先生』と呼ばれる鹿島が入ってきた。  部屋からは、やべっとか終わってまーすとか声が返ってきて、鹿島はそれぞれに、 「終わったものは俺に送っておけ。終わってない者は早めにやっておくように。そして吉田、お前のパソコンが用意できた。これに課題とか、専攻の問題とかが送られるからちゃんとやるようにな」  鹿島が手にしてきたノートパソコンを龍平へと持ってきて、IDとパスワードが書かれたメモを渡す。  そう、ここでは個人個人に一つのノートパソコンが与えられ、自分専用だから他のものには貸し出しは絶対禁止とされている。  みんなが所持しているものだからその貸し借りはないのだが、それは頑ななまでに厳守させられていた。  都内の有名私立大学の学生が多く、卒業後に専攻している学部の仕事に就きたいものが集められている傾向が強い。  龍平の場合は建築士を目指しているために、それに関する課題やテスト前には問題集からの抜粋問題等が送られてきて、毎日毎日それを解いてゆくと言うことになっている。  ここにいる者たちはそれぞれの専攻でそのような問題等が作られ、大学の勉強と共にここでも鍛えられていると言うことだ。  しかしここ1ヶ月程で数名がここから姿を消しているのだ。  まだ1週間の龍平にはそれを知る由もない。  しかし、勉強をさせてくれて、取り敢えずの食事や住居まで賄っているこの集まりは、何か得体の知れない物を孕ませていた。  ただまっすぐ前しか見えていない学生たちにはそこに気付く余地もなかった。  龍平は早速パソコンを起動し、パスワードを入れ中を見てみる。  すでにアイコンで建築問題集と一般教育問題。選択外国語といくつか設定されており、外国語を開くと英語選択のためにずらりと英文が並び、流し見すると問題ですら英語だった。 『結構厳しいんだな』と思いながら何とは無しに眺めていると、画面の瞬きに気づいた。 『あれ?』  とじっと目を凝らすがそれ以降は何事もないようで、電気の何かかな…と思い直してまた見始める。  周りは先生が来てから多少は静かにはなったが、それでも学校ではないゆえに賑やかではないがお喋りは聞こえてきて集中に時間がかかった。  電子辞書を取り出し、分からない単語を検索しながらまず問題を訳してから問題に取り掛かる。  その問題を訳すまでの数分間、パソコンの瞬きは数度に渡って行われ、ビル自体が新しくもないことを考えるとどこかで漏電でもしてるんじゃないかと心配になった。  しかし慣れてくるとそうそう気にもならなくなったので、龍平は構わずに問題に没頭していった。  時臣の事務所への依頼は、ここ1ヶ月でいつもの倍あり大忙しなのはいいのだが、ほぼ猪野充と同年代の学生だった。 「一体何が起こってる…」  8枚の依頼書をテーブルに置いて、流石に気難しい顔をする。 「19歳が1名、20歳が3名、21歳が4名、全員一応親御さんの許可はあるものの、一切家に戻らずどこにいるかも不明。でも学校にはちゃんと言っていて出席には問題がない…なんなんでしょうね」  唯希(いぶき)はさっき依頼の来た20歳の1名分をパソコンに入れながら、これまでの依頼書を全部画面に並べた。 「奇妙だよな…」 「さっき中条さんや、他うちと連絡が取れる探偵業(ご同業)の方何人かに連絡とってみましたけど、うちほどじゃないにしろいつもは無い学生の人探しが来ているみたいですよ」  時臣はーん〜〜〜〜ーと髪をかきむしって、椅子に寄りかかる。 「んで、全員見つけ出した時には顔を見られた途端に逃げ出されるんだろ?そして最後に飛ばれたんじゃなぁ…」  苛立たしそうにタバコを取り出し火をつけると、唯希はアイランドの縁に置いてある灰皿をとってくれた。  唯希のいい所は、相手の状況を的確に判断しその場その場に合わせて行動が出来ることである。今だって時臣がイラついていなければ、キーキーとタバコは自分のデスクでどうぞ!とか怒っているはずだった。  こう言う時の時臣は、その気遣いすら気付かず頭は案件でいっぱいだ。 「中にはなんとか取り押さえて家に戻せた子や、車に跳ねられても軽傷で済んだ子もいるみたいですけどね」  「それにしたって、全く意味がわからねえ。失踪する意味も、俺ら見て命懸けで逃げる意味も」  床についている方の足を揺らして、天井の一点を見つめて毒付く。  瀬奈が運ばれた病院で、中条(なかじょう)と冗談混じりに探偵(おれら)に対する挑戦なんかな、と言ったのも、何だか信憑性を帯びてくる。  『悪の組織』ではないにしろ、探偵業を営む者への逆恨みか何かか…今はそれが1番しっくりきた。いやそれにしても対象者が自殺に至るまでというのは…ちょっとやりすぎだ…。  謎なのは個別に怖がるということだが…。 「気に入らねえなぁ」  また苛立ち紛れに呟いて、時臣は組んでいた足を組み替えた。

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