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夏の夜に君を愛す

窓の外には鮮やかな青空と、太陽の光を受けてきらめく厚い夏雲が広がっている。梅雨が開けたと思ったら、急に蒸し暑くなった。 「雨音瑞希」 「はい」 担任に呼ばれて、俺は通知表を受け取りに立ち上がる。 今日は一学期最後の日。明日からは夏休みだ。 担任がクラス全員に通知表を配り終わり、夏休み期間の注意事項を手短に告げて、解散になった。 通知表もろくに見ないまま、教科書と一緒に鞄に仕舞おうとした時、ひょいっと横から取り上げた奴がいた。 日浦翔真だった。 「すっげぇ。体育以外は全部5じゃん」 見られた上に、さらっと読み上げられてイラッとくる。 「またお前は。人のモノ勝手に見んなよ」 「いいじゃん」 屈託なく笑って悪びれもしない。 「お前のも見せろ」 翔真のも奪い取り、広げたはいいものの、俺はすぐに後悔した。通知表には最高評価を表す数字の5がずらりと並ぶ。俺が取りこぼした体育まで、すべてに5がついていた。 先日、期末テストの成績が、掲示板に貼り出され、翔真から首位を奪還できたと喜んだばかりなのに。中間テストでは、翔真に次いで学年2位の成績だったから、俺は負けた気がしてかなり悔しかったのだ。 日浦翔真とは、今年の春から同じクラスになった。 4月初め、新学年がスタートする日。一学期のクラス委員を決めることになり、翔真は自分から手を挙げた。 「先生、俺やります」 翔真と同じクラスになったことは、クラス分けに貼り出された紙を見て知っていた。嫌なヤツと一緒になった。翔真の名前を見つけて、俺は憂鬱と不快さを感じていた。教室に入っても翔真の方は見ないようにしていた。翔真がクラス委員に自ら立候補したことで、さらなる不愉快さが募った。それなのに。 「もう一人は、雨音瑞希でお願いします」 えっ? 嫌いなヤツの口から、いきなり自分の名前を指名され、俺は動揺した。 「じゃあ、日浦と……もう一人は雨音でよろしくな」 「あ……はいっ」 担任と目が合い、慌てたように返事をしてしまった。 「みんなもそれでいいよな?」 いい加減な担任だ。俺の意向なんてろくに確認もしやしない。反対するヤツもいなくて、簡単にクラス委員は決まってしまった。 思わず引き受けてしまった自分に腹が立つ。それ以上に翔真に腹が立った。クラス委員なんてガラじゃないのに。 「日浦!どういうつもりだよ!」 ホームルームが終わった途端、俺は翔真の席に行き、詰め寄った。翔真はなんのことかわからないみたいだった。 「クラス委員。なんで勝手に俺の名前出すんだよ」 「ああ、あれね」 ようやくわかったらしい。 「お前と一緒にやってみたかっただけ」 そして、満面の笑みを浮かべて笑った。 「よろしくな、瑞希」 呆気にとられる。『一緒にやってみたかった』そんな理由? 目の前で嬉しそうに笑う翔真に、返す言葉がない。馴れ馴れしく下の名前で呼ばれたことに、また腹が立ったけど。しどろもどろで曖昧な返事をして、俺は引き下がるしかなかった。 日浦翔真の存在を知ったのは、入学してすぐにあった実力テストの時だった。 今の男子校にトップの成績で入学した俺は、新入生代表の挨拶を任された。 人前に出ることが嫌い。 けれど、二年前に事故で死んだ父さんと母さんが見てくれてる気がして、新入生代表の挨拶はどこか誇らしい気がした。 特に母さんは、俺がいい成績を取ると喜んでくれた。 だから、勉強だけは特別に頑張ってきた。勉強も好きで楽しかったから、別に苦じゃなかった。 新入生実力テストでは、学年中2位の成績だった。 1位になったのは、日浦翔真だった。 中学校も学年トップの成績で、両親が死んでからも1位の座は譲ったことがなかったのに。 「翔真すげぇ!1位じゃん!」 声のした方を振り返ると、翔真がちょっとはにかんだように笑っていた。その笑顔に何故かムカつく。こいつが日浦翔真。 俺の鋭い視線に気づいてか、翔真の顔から笑みが消えた。一瞬、視線が合ったかもしれないが、俺はその場から立ち去った。 その日から、俺の中で翔真をライバルとして意識する日々が始まった。 翔真との学年1位をかけたトップ争いは激しかった。一年生の時の勝敗は、実力テストも含めて5勝5敗。そのどれもが1位と2位争いだった。 後から知ったのは、翔真は俺とは違ってスポーツも万能なこと。部活動の空手は全国クラスの実力で、人望も厚く人気があった。 俺とは違って眩しいくらい光の中にいる。 そう感じて、俺はますます翔真のことが嫌いになっていった。 二年生になり、翔真と同じクラスになってから、俺の中での翔真の印象は、180度変わってしまった。 クラス委員の仕事も、俺の苦手なことには必ずフォローが入るし、いつも近くで見てくれていた。 何度助けられたかわからない。翔真を嫌いな感情は好感へと変わり、気がついたら二人で過ごすことの方が多くなっていた。 部活動のない日の放課後。学校のない土日の休み。お互いの家を行き来し、泊まりに行ったりもした。俺には初めてできた親友と言ってよかった。 翔真は俺にいろんな事を教えてくれた。 用水路でメダカを捕まえたり、昆虫を取ったり、川で魚釣りをしたり。もちろん、部屋にこもって二人で勉強することもあったけど、外に出て自然と触れあって遊ぶことの方が多かった。 子供の頃にしなかった遊びと時間を、翔真と共に取り戻している。それくらい夢中になって、翔真と過ごす時間が楽しくてしかたなかった。 「瑞希、今度の土曜日、夏祭りに行かないか?」 「夏祭り?」 「ウチの神社で毎年やってる祭りなんだ。少しだけど花火も上がるし、露店も出るから、けっこう人が来るんだぜ」 翔真の家は、かなり古い歴史と由緒のある地元でも有名な神社だった。 「いいけど。お前、手伝いがあるんじゃないの?」 神社の行事で忙しい時に、翔真が手伝いで駆り出されることを、俺は知っていた。 「今年はいいってさ」 「ふうん、じゃあ行く」 同じクラスになってから、学校でも休みの日でも、翔真にはほぼ毎日会っていた。 明日からは夏休みで、毎日は会えなくなる。 クラス委員も今日で終わり。二学期からは、別の誰かがするんだろう。俺と翔真ではなく。そう思うとなんだか急に寂しくなった。 いつの頃からか、俺は翔真に対して、友情や信頼を超えた特別な感情があることを知っていた。 翔真のことが『好き』という感情。 自覚したら、気持ちを抑えきれなくなった。誰にも言えない俺だけの秘密。バレたら、気づかれたら、一緒にいられなくなるかもしれない。でも、友だちとしてなら、ずっと翔真と一緒にいられる。 翔真に誘われたら、素直に嬉しい。顔には出さないように気をつけてるけど。 「決まりだな」 翔真もどことなく嬉しそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか? そんな翔真の横顔を見ながら、俺は急に気になっていたことを思い出した。 「そういえば。お前、期末の順位悪かったよな?何かあった?」 昨年の4月からずっと1位か2位を競ってきたのに、翔真の期末テストの順位は、20位台と順位をかなり落としていて、俺はずっと気になっていたのだった。 「ああ、あれな。あれはあれでいいんだよ。俺の目的は、もう達成できたから……」 翔真の思わせぶりな言い方が引っかかったけど、俺も深くは追求しなかった。 夏祭りの日がやってきた。 俺と翔真は、色違いの揃いの浴衣を着た。弟のものらしいそれを、翔真が着付けてくれた。神社の息子だけあってか、和装はお手のものらしい。初めて着る浴衣は、なんだか気恥ずかしかったし、翔真に着せてもらってドキドキした。 「瑞希って、綺麗だよな」 二人して鏡の前に並んで立った時、翔真がつぶやくように言った。 「えっ?」 自分のことを綺麗だなんて思ったことがない。翔真と並ぶと、自分の細長くひょろっとした体型が目についた。それに比べて、翔真は筋肉質で逞しい鍛えられた体をしていた。翔真の方がよほど男らしくて、コンプレックスを刺激される。 「綺麗って言われても嬉しくない」 形だけむくれてみせる。 「悪い。でも、最初から思ってた。新入生代表の挨拶で、お前を初めて見た時から。気になってしょうがなかった」 目を丸くする俺に、翔真がさらに続ける。 「瑞希に俺を見て欲しいって思った。思いついたのが、学年で一番の成績を取ることだった。笑うだろ?」 翔真が自嘲気味に笑う。そんな翔真を見るのは初めてだった。 「お前の邪魔してごめんな」 ああ……。 俺は一瞬目を伏せた。そんな風に言われたら勘違いしそうになる。翔真も俺のことを好きなんじゃないかって。 翔真には、俺が学年1位にこだわる理由を話したことがあった。だからか。今回の期末テストの成績が悪かったのは……。 「邪魔なんかじゃない。俺、翔真と張り合うの楽しいし。俺に遠慮なんかしたら許さないからな」 翔真が苦笑する。 違う。本当に言いたいのは、こんな意地っ張りなことじゃない。前に言ってた『俺の目的は達成された』って。俺に『俺を見て欲しい』それが達成されたってこと? 「行こうか?祭り」 尋ねる前に翔真に促され、俺は頷いて翔真の部屋を後にした。 祭りなんて来たのは何年ぶりだろう。楽し気な雰囲気とは裏腹に、俺は人の多さに酔ってしまって、たまたま空いていたベンチに座り込んだ。人混みが苦手なことを忘れていた。 「瑞希、ちょっと待ってて」 何か思い出したような素振りを見せると、翔真は俺にかき氷を手渡し、見るだけでうんざりするような人混みの中へと消えてしまった。 辺りはだいぶ暗くなり始めていた。 その時、女の子の悲鳴が聞こえた。 「やめて!離して!嫌だってば!」 見るとひとりの男が女の子の手を掴んで、どこかへ連れて行こうとしていた。 行き交う人もチラリと目を向けるだけで、誰も助けようとしない。 俺はとっさに立ち上がって、その男を呼び止めた。 「やめろよ!嫌がってるだろ」 いつもなら、無関心なフリして関わらないのに。らしくない。らしくない正義感。でも、翔真なら?きっとこうする。 だが、俺はすぐに後悔した。 男が俺の方を胡散臭そうに見てくる。その目つきの悪さ。見かけからしてヤバそうな雰囲気。見上げる視線の位置からして、180cmを越える翔真より背が高いし、ガタイもよかった。 女の子が隙を見て逃げたことで、男の苛立ちにさらに拍車をかけたみたいだった。 「へぇ?お前、よく見ると綺麗な顔してんじゃん」 男はまるで値踏みするようないらやしい目で俺を見てきた。 「この際、男でもいいや。お前のせいで逃げられたんだ。代わりに付き合えよ」 「えっ!?」 手首を強い力で掴まれる。有無を云わせぬ強い力で引き寄せられて、よろけそうになりながら寸での所で留まった。 「やめろ!」 振りほどこうとして、振りほどけず、男がニヤリと嗤ったその瞬間、鳩尾にキツい一撃を受けた。 「ぐっ……」 痛みより、殴られた衝撃で息が詰まる。視界が揺れた。 その場に崩れ落ちそうになる体をがっちり捕らえれ、半ば引き摺られるように歩かされた。たいした抵抗もできないまま、人気のない茂みへと連れて行かれるのに、そう時間はかからなかった。 強い力で突き飛ばされ、倒れこんだ所に強引にのし掛かられる。 「嫌だ……やめろ……」 必死に押し退けようとするが、体格さは歴然としていて、男はびくともしない。 なおも抵抗しようとすると、いきなり股間を掴まれた。 「痛ッ」 男の手は、俺の急所をギリギリと握り潰すかのように締め上げてくる。 「騒ぐなよ。このまま潰されたくなかったら、大人しくさせろ」 「やッ……やめ……ッ」 気の遠くなりそうな痛みと、本当に握り潰されそうな恐怖に、勝手に涙が溢れてくる。 抵抗しなくなった俺に気づいてか、男の手は股間から離れたが、ズキンズキンと疼くような痛みに耐えるのが精一杯で、逃げられない。 浴衣の裾を乱暴に捲り、男の手が下着にかかる。そのまま一気に引きずり下ろされた。 祭りのお囃子が聞こえ、すぐ近くを人が行き交うざわついた気配も感じるのに。その喧騒からは、完全に切り離されたような孤独と恐怖。襲ってくる無力感と絶望感。 まさか、自分が女のように、男から欲望の対象にされるとは思わなかった。 翔真のことが好きで、非現実的でありえないってわかっていても、翔真とならそんな関係になってもいい。自分を穢らわしく思いながら、自分の内に秘めた暗い欲望があることを、否定はしない。 だけど、それは翔真だから。こんな形で、翔真以外の男にされるなんて。 死んでも嫌だ!! 「翔真ッ!!」 きつく目を瞑ったまま、俺は気づけば声にならない悲鳴のような声で叫んでいた。 その時だった。 「うっ」 男が突然うめき声をあげて、横倒しに倒れこんだ。直前に何か鈍い物音を聞いた気がしたけど、あまりに突然で何が起こったかわからない。 「大丈夫か?瑞希」 すぐ傍らに翔真が立っていた。 気を失っているらしい男の体を押し退け、俺の体を起こしてくれる。 「立てるか?」 「うん」 手を引かれて立ち上がる。 「逃げるぞ、瑞希」 倒れたままの男がちらっと気にはなったけど、翔真に強く手を引かれて走り出す。 「大丈夫。死んでねぇよ。首の後ろに蹴り入れたから、気絶してるだけ」 翔真は祭りの賑わいを避け、なるべく人気のない道を選んでいるみたいだった。 どこをどう走ったのかはわからない。 石垣の階段を登って、たどり着いたのは翔真の家でもある神社だった。 家の人にも誰にも会わないまま、離れにある翔真の部屋に転がりこんた瞬間、初めて心からの安堵が広がった。 「ちょっと待ってろよ。何か冷たいもの持って来るから」 部屋の電気をつけて、翔真が出ていく。 部屋が明るくなった途端、自分のあまりの格好の酷さに気づいて、カッと頬が熱くなる。 白地の浴衣は、裾も土まみれで黒ずんでいるし、胸もはだけたまんま。男に殴られた鳩尾の辺りは赤黒く変色している。下着も身につけてないし、裸足のまま逃げて来たから、足も黒く汚れていて、血が滲んでいる所もあった。 無我夢中だったから、気がつかなかったけれど、あのまま翔真が助けに来てくれなかったらと思うとゾッとする。 思わず自分の腕をギュッと抱き締めた時、翔真が入ってきた。 恥ずかしさに、浴衣の胸元を合わす。そんな俺に気づいているのかいないのか、翔真は黙って俺の近くに座ると、無言のまま麦茶の入ったグラスを差し出した。 気まずい雰囲気で、翔真の顔を見れないまま受けとる。 「……サンキュ」 氷の入った冷たい麦茶を、ほぼ一気に飲み干した。軽く汗が引き、一息つくと、改めて自分の馬鹿さ加減と惨めさが襲ってきた。 「俺、馬鹿だよな……」 「ごめん!瑞希!!」 自嘲気味に呟きかけた俺の声を、翔真の声がさえぎった。 びっくりして翔真の顔を見る。 悔しさと憤り、自責の念に耐えている。そんな翔真の表情を見たのは一瞬で、 「本当にごめん!」 気がつけば俺の体は翔真に引き寄せられ、抱き締められていた。 「えっ……?」 急な展開に戸惑って固まる。 「俺がずっと瑞希の側についていれば……」 悲痛さすら感じさせる翔真の声。 直に感じる翔真の汗ばんだ体。熱い体温。翔真の匂い。俺の好きなもの。なんか落ち着く。 心配かけたのに、心配されているのが嬉しいなんて。 「いいよ。トラブルに巻き込まれた俺が悪い。翔真はちゃんと俺のこと助けてくれただろ?」 っていうか、翔真が来てくれなきゃ今ごろどうなってたか……。 「ありがとな」 俺の両肩を掴んで、翔真の体が離れる。 翔真の目は、真っ直ぐ切り込むように俺を見ていた。 「俺、やっぱりお前のことが好きだ!」 息をのんで目を見開いた俺に、翔真は真剣な面持ちで言葉を重ねた。 「好きなんだ、瑞希のこと。このまま、友だちのままなら、ずっと一緒にいられる。ホントのこと言ったら、嫌われるかもしれない。側にいられなくなるかもしれない。だから、隠しておこうと思った。でも、もう無理。お前のこと誰にも渡したくない。誰にも触れさせたくない。それくらいお前のことが好きなんだ」 一気に吐き出すように翔真は告げた。言い終わって軽く目を伏せ、深い息をつく。 翔真の熱い想いと覚悟を感じた。 ああ……。 俺の胸の奥深く、塞き止めてきた想い。それがじんわりと溢れだしてくる。 翔真のことが好きという気持ち。 諦めていた。男が男を好きだなんて。想いを告げたら嫌われるかもしれない。苦しくなるってわかっていても、このまま側にいられるならそれでいい。そう思っていた。 まさか、翔真も一緒だったなんて……。信じられないくらいに嬉しい。もう、自分の気持ちに正直になっていいよな? 「俺も……好きだ」 今度は翔真が目を見開く番だった。 「ずっと翔真のこと好きだった。そんなの言えなくて。嫌われるくらいなら、友だちのままでいいって思ってた」 再び翔真に抱きしめられる。先ほどより強い力で。 「俺たち同じだったんだな……」 翔真が笑った。 「うん……」 つられて俺も笑う。 夏の暑さも忘れて、溶け合うような二人の体温が心地良かった。 翔真は俺の汚れた足を拭いてくれたり、擦りむいて血がにじんだ所を消毒してくれた。自分でやるって言ったのに、翔真は譲らなかった。 「これやるよ」 一通り終わって、翔真がちょっと恥ずかしそうに差し出したものは、白に黒いブチのある猫のぬいぐるみだった。 可愛いけど、ちょっと目つきが悪い。 「祭りの射的で見つけてさ。なんか、お前に似てるなぁって思って。欲しい!って思ってやったはいいけど、なかなか当たんなくて。やっと取れた!って戻ってきたら、お前がいないし慌てた」 ぬいぐるみなんてはっきり言って趣味じゃないし、今どき女子だって喜ぶのか疑問だ。こんな物のために、危険な目に合ったのかって思うけど、俺に似ているって理由だけで、翔真が夢中になってゲットしてくれたのかと思うと、なんだか嬉かった。 翔真には俺が怪訝そうな顔をしているように見えたのか、 「ごめん。男にぬいぐるみとか、渡さねぇよな」 額の汗を拭いながら、焦る翔真に可笑しくなって、思わず笑いが込み上げた。 「要らない。要らないけどもらっとく」 「なんだ、それ?」 二人して顔を見合わせて笑った。 その時、ドンッと体全体に響くような大きな音が鳴り響いた。 「始まったな」 翔真が立ち上がり、庭に面する障子を開ける。俺も翔真の後を追ったら、ちょうど花火が目の前に上がる所だった。 「すごい」 夜空に咲く大輪の花。花火なんて見るのは何年ぶりだろう。 翔真が部屋の電気を消して、俺の隣に戻ってくる。 「スゲェだろ?」 「うん」 散りゆく花火の明滅が、翔真の顔を映し出す。 その顔がゆっくりと近づいてきたと思った瞬間、翔真の唇が俺の唇に重なっていた。不意打ちのようなキス。動揺と混乱の隙をつくように、唇を割って舌が入ってきた。 完全に思考停止状態で、頭の中が真っ白になる。 俺の舌を絡めとるような翔真の舌の動き。グチュグチュといやらしい音を立てて。吸われたり、突かれたりする舌が、まるで口の中を犯されていると錯覚するほどに。 カッと体の芯を貫くように熱さが広がる。 呼吸するタイミングすらわからないまま、酸欠で苦しくなりかけた時、ようやく翔真の唇が離れた。 とろっと唾液が糸をひく。 キスするのも初めてなのに、それがあまりに激しくて、俺は完全に放心状態だった。 立っていられなくて、その場にへたり込む。 「ッ……!」 その途端、股間にツキンと痛みが走った。驚いてハッとする。 その時、俺は初めて自分のモノが硬く張りつめているのを知った。 恥ずかしさで顔が赤くなる。 翔真も座り込んで、俺の顔を間近に覗き込んでくる。 花火はいつの間にか終わったらしい。花火に代わって、月明かりが翔真の顔を照らし出していた。 「瑞希、俺のキスで感じた?」 スルリと伸びてきた手が、浴衣の下に潜り込み、俺のモノを直に捕らえた。 キスだけでこんな状態になるなんて。羞恥で消え入りそうで、俺は泣きたくなった。 「可愛い」 耳元でイタズラっぽく囁かれ、さぐられる。 「瑞希の先っぽ、濡れてる」 「……ッ」 先端の割れ目を指で器用に押し開かれて、溢れた液が伝う感触があった。 「やらしい」 「いちいち、言うなよ……あッ」 強がって言葉で反撃を試みたもの、最後まで言い終えないまま。 ぬめりを押し広げるように、指の腹で敏感な先端の丸みをクルクルと撫でられる。 それだけでも、体がビクッと反応したのに、包み込まれた手で上下に扱かれた。 痛みもなく、最上の心地よさで、快感だけを上手く導き追い上げる手の動き。 自分でするより、数倍気持ちいい。 声だけは洩らしたくないと思いながら、詰めた息が喘ぎ声に変わっていることを、俺は知らなかった。 いつの間にか押し倒されて、足も自然と開いているから、翔真の手を妨げるものは何もない。 このままじゃマジでヤバい。翔真の手に出すなんて考えたくなかった。 「もう……やめ……っ」 泣きそうになって、懇願したけれど、翔真の手は止まらない。 身を捩って翔真の体を押し退けようとしたけれど、間に合わなかった。 渦巻く快感が、堰を切って溢れ出す。体をビクビクと小刻みに震わせながら、俺は白い液体を翔真の手の中にぶちまけていた。 あまりの展開の連続についていけず、今日だけで何度放心状態に陥っただろう? とっくに許容範囲を超えている。超えているのに。 「お前見てたら、ヤバい。俺ももう限界……」 翔真の手はさらに後ろへと潜りこんできて、奥の窪みへと触れた。 「最後までしていい?」 ピタリと狙いを定めるように、指先を押し当てられる。 「瑞希のここ。俺にくれないか?」 ストレートに言われて、 体が再び熱くなる。 恥ずかしさに答えられずにいると、翔真の手が俺の手を掴んで、翔真の股間へと導いた。 手のひらに感じる翔真の熱……。硬く隆起して張りつめているのがわかる。 「うん……」 俺は消え入りそうな声で、小さく頷いていた。 もう何も考えたくない。頭の中がおかしくなりそうで。けれど、体は敏感で感じずにはいられなかった。 俺は翔真にされるがままになっていた。 「そこ……やだぁ……」 ねっとりと唾液を含んだ舌で舐めあげられる。 「んんっ……」 舐められては、舌先で押し広げられ、指で奥深くまで慣らされる。その繰り返し。 翔真を受け入れる所。男同士がソコを使うことは、知識として知っていた。でも、知っているのと実際にするのとでは全然違う。 翔真は突き入れた指で、何かを探っているみたいだった。 その指がある箇所に触れたとき、ゾクリと体の底から疼きがきた。俺の体がびくんと跳ねたのを、翔真は見逃さなかった。 「ここ……イイ?」 指の腹で撫でながら、押し上げられる。痛みではなく快感だけを追えるように。優しく、けれど、執拗に攻められた。 「あッ!」 いつ勃起していたのかわからない。気がつけば、性器に触られることのないまま、後ろの刺激だけで、俺はイッてしまっていた。 吐き出した精液さえ、後ろの潤滑油に使われて。 「挿れるぞ、瑞希」 翔真が熱い塊を押しつけてくる。 「力抜いて……」 グッと押し開いて、翔真の先端が俺の中に潜り込んでくる。 「あぁぁ……ッ!」 ゆっくりと少しずつ。圧倒的な力強さでもって。 限界まで開かれた入り口の痛み。翔真のモノで奥まで貫かれる熱さ。堪えきれず涙が零れる。体は強ばったまま、とても力を抜くどころじゃなかった。ぎゅっと目を閉じて、荒く浅い呼吸を繰り返すだけだ。 そんな俺を、翔真は動かずにじっと待ってくれていた。 「やめる?」 そっと目を開けると、翔真の心配そうな瞳とぶつかった。翔真だってこのままじゃ辛いだろうに。 俺は首を横に振る。俺だって望んだのだ。翔真とこうなることを。翔真に最後までして欲しいと思った。できれば、 「俺の中でイッて……」 体の深い所で繋がったまま、きつく抱きしめられる。 翔真が動き出した。 それからの記憶は、ほとんどない。翔真が俺の中でイッたのかも。あまりに辛さに俺は途中で気を失ったみたいだ。 けれど、薄れていく意識の中で、何度も名前を呼ばれたこと。愛しさと切なさの募る声で、何度も好きだと囁かれたこと。 『瑞希、好きだ。瑞希……。好きだ……!』 それだけは覚えている。 「見ろよ、瑞希。カブトムシ」 人気のない神社の裏山。 捕まえたそれを、翔真が自慢げに見せる。 「すげぇ」 昼間なのにめずらしい。立派なオスのカブトムシだった。 8月に入っても、俺たちはほとんど毎日会っていた。していることは、前とほとんど変わらない。ただ、スキンシップは格段に増えた。 セックスには相変わらず慣れない。そんな俺を翔真は可愛いと言って笑う。慣れない行為だけど、愛されていると感じるのは、たぶん俺の錯覚じゃない。 夏祭りのあの夜から、俺たちはキラキラ光る宝物みたいな夏を手に入れた。ささやかな幸せが、こんなにも大切で愛しいなんて。 ふいに見つめあい、キスを交わす。 カブトムシが羽音を立てて、翔真の手から飛び立っていった。 -- 完結--

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