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第1話

第1話 「いけない伝票承認」 「日上さんって、可愛いですね...」 その男の、艶やかな低音が僕の鼓膜を撫でるたびに、背筋に甘い震えが走った。 僕、日上 時郎(ひうえ ときろう)は、快楽に悶えながら、彼の顔を見る。 白磁のような肌にくっきりと刻まれた二重の目元。鬢を刈り上げた黒髪パーマがその美貌に都会的な艶を添え、通った鼻筋と小さな唇が、どこかアンバランスなほど完璧な色気を漂わせていた。 「あっ、ダメ......」 強い力で脚を左右に開かれ、恥ずかしいところが全て丸見えになる僕。彼の呼吸が荒くなる。 「可愛いよ、愛してる」 そういって男は片手で自身の陰茎を握り、その先を僕の秘孔の入り口に当てた。 「ダメ、ダメだよ茂野さん......」 名前を呼ばれたその男、茂野 幸人(しげの ゆきと)は、優しい笑みを浮かべ、硬く大きなソレで、日上の雄膣を貫いた! 「ダメぇ、はぁぁぁぁああぁぁぁああぁん!!!!!」 ジリジリジリジリジリジリジリジリ...... 「3日連続遅刻だぞ!!お前は社会人を舐めてんのか!!!!」 「すみません......」 チクタク商事は、東京に本社を置く、業界では中堅規模の優良企業だ。そのオフィスの隅っこで課長に怒られているのが、日上である。 日上はいわゆる、「無能社員」だ。 一生懸命に頑張っているのだが、なぜか仕事ができない・終わらない。 最近は特に仕事が間に合わず、 残業→深夜に帰宅し泥のように就寝→寝坊→慌てて身支度→出社→遅刻 という、負のループに陥っている。 席に戻った日上は、溜め息をつく。 (はあ、せっかく今日もいい夢見れたのになあ) 日上は、今朝見た淫夢を思い出す。 (茂野さん、かっこよかったな...) 茂野 幸人は、日上の同期だ。 日上は大学を留年しているので、実は日上の方が年上である。 入社研修で顔を合わせたが、現在茂野は東北営業所に赴任していおり、以降ほとんど見かけたことがない。 それでも日上は、茂野が好きだ。 数日間の研修で茂野を見ただけで、恋をしてしまった。 整った顔立ち、低い声、お洒落な着こなし、余裕のある立ち振る舞い。 そして何より、スーツの上からでも分かる、程よく鍛えられた肉体。 全てが日上にとって、"理想"だったのだ。 それ以来ゲイの日上は、茂野をオカズに日々の欲を発散していた。 そしてそのうち、茂野は毎晩夢に出て、日上を誘惑してくるようになったのである。 (あぁ、茂野さん、もう一度でいいから現実世界でも会いたいなあ...... ) 日上が願望に浸りヨダレを流しているその時、所属する経理部の内線電話が鳴った。 PRR.... 「経理部 日上です」 「お疲れ様です。東北の茂野です」 「!?!!?!?!?!!?!?」 なんと、電話の相手は、噂の茂野だった。 電話越しに久々に聞く心地よい低音ボイスに、日上は耳が熱を帯び、聞いているだけで全身が蕩けていく気がした。 「経費精算の件でお伺いしたいのですが、担当者様はいらっしゃいますか?」 「け、けけけ、経費精算ですか?えーっと、...」 日上はギクっとする。 担当者である経理部のお局さんのデスクを、そーっと覗き込む。激務のためか【話しかけるなオーラ】を発していた。まずい。この状態で彼女へ取り次ぐと、オフィスに雷が落ちる可能性がある。 「えっと、私で分かる事なら...」 日上は、分からないのにヘラヘラと笑いながら問い合わせを受け付けてしまった。 「えっとじゃあ、インボイスのことなんですが...」 ...数分ほど、茂野が自身の経費精算における不明点を、順序立てて分かりやすく質問した。全ての質問内容が終わったあとで、日上は言う。 「えっと、すみません、担当じゃないので分かりません.....」 「......は?」 さっきまでの甘く優しかった茂野の低音ボイスは、日上のトンデモ回答によってグッと温度が下がり、硬質で鋭い低音が短く放たれた。 「す、すいません!!」 「ハァ...それでは、担当者はどなたなんですか?」 口調が少し強くなる。 「えっと...えっと...」 「園田さんですか?下川さんですか?」 茂野が経理部のお局メンバー達の名前を挙げ始めた。 「そ、それはですね......」 「.....ハア、結構です。それっぽい経理部の人たち全員に、問い合わせのメッセージ入れますから」 電話口の向こうでカタカタカタとキーボードを叩く音がする。タイピング早ッ! ピロンと日上のパソコンの通知が鳴る。茂野は、さっき日上に問い合わせた内容を、経理の事務メンバー全員に送信し、CCに僕の名前を入れていた。これじゃあ僕の公開処刑じゃないか!! 「あ、それと日上さん」 不機嫌な声のまま、茂野が電話を続ける。 「僕が回してる伝票、日上さんのところで2日も承認が止まったままなんですけど。これ、いつ回していただけるんですか?」 「!!! ご、ごめんなさいすぐやります......」 後でやろうと思って忘れてたやつだーと、慌てて承認する。 「...日上さんって、入社してからずっと本社ですよね?」 「ウッ」 本社に何年もいてそれですか?と言われているようで、心が痛い。本社配属というと、やっぱりエリートのイメージがある。なのにどうしてお前みたいな奴がいるんだ、ということだろう。僕だって、何でずっと本社配属のままなのかが分からない。こんな無能、早く追い出してくれればいいのに。 「日上さんって、僕の同期ですよね?」 「そ、そうです...」 「日上さんって......クズですね」 「!!!!!!」 皮肉と軽蔑が絡みつくような、ドSな言葉が耳を突き刺す。 (し、茂野さんって、こう言う感じの人だったんだ....!) 日上の毎日の夢に登場する、優しく微笑む茂野さん像が、日上の心の中でガラスのようにバリーンと砕けた。 (でも、これはこれで良い!!) 「まあ、またお世話になるので、よろしくお願いします」 茂野は気を取り直したようにいう。 「ん?はあ...」 茂野の言う意味がよく分からないまま、聞き返せずに電話が終わった。 (茂野さんの低音ボイス、めちゃくちゃエロかった...) 机に突っ伏す日上。 あまりの興奮に股間が膨らみ、先から我慢汁が漏れていたのだった。 〜〜〜 翌日の朝。 (やばいやばいやばいやばい!) 日上は4日連続遅刻の記録がすぐそこに迫る中、慌てて閉じかけたエレベーターに滑り込む。 (セーフ!) 膝に手をついて乱れた呼吸を整える。 「おはようございます」 エレベーターに響くエロエロ低音ドSボイス。 ハッ、と視線を上げると、そこには茂野の顔があった。 経理部の隣の部署、営業部の部長が、茂野を隣に立たせ、オフィスの皆んなに声をかける。 「今日付で本社営業部に異動になった、茂野くんです」 「茂野です。よろしくお願いします」 着任の挨拶をした茂野は、周囲の視線を自然に受けとめながら、整った顔つきで静かに微笑んだ。無駄のない所作とほどよい余裕をまとった佇まいに、仕事ができる人のオーラが滲んでいた。 日上は、憧れの茂野との突然始まったオフィス生活に、胸がドキドキしていた。 続く

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