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同化型⑧
ある日。いつも通り授業を終えて、帰り支度をしようとしていたとき。
「直くん」
静かに呼びかけられる。声の主は、四方田くんだった。いつもの快活さは影を潜めている。なんだか別の人みたいだった。
「今日、喫茶店来てくれね? その──周りには内緒でさ」
どうかしたのだろうか。疑問を覚えたが特に深掘りすることもなく。わかったと二つ返事で返すと、本当に嬉しそうに破顔する。「じゃ、待ってるから!」弾んだ声を発して手を振り、教室を後にした。
いつもの調子に戻った元気なその姿に笑っていると、席を外していた隣の文月くんが戻ってきた。
ああ、一緒に帰れないことを伝えないと。
「文月くん」
声をかければ、同様に帰る準備をしようとしていた彼が手を止めた。
「今日、用事あるから先帰ってて大丈夫。ごめんね!」
「……用事? 何か、あるの?」
不思議そうに聞かれて。『周りには内緒でさ』と四方田くんに言われた言葉がリピートする。理由はわからないが──きっと、知られたくないことなのだろう。とはいえ、上手い理由も思いつかず。
「うん。ちょっと……いろいろあって」
「……そっか。わかった、参宮くんにも話しておく、から」
「わ、ありがとう!」
下手な濁し方だったが、気を遣ってくれたのだろう。言及せず、流してくれた。優しい。
翔は部活だったはずだから、もしかしたら参宮くんと一緒に帰ることになるかもしれない。気まずい空気になるかもしれないが──参宮くんも前より少しは柔らかくなった。きっと大丈夫、だと思いたい。
「それじゃ、ごめんね!」
文月くんに手を振って、適当に荷物を突っ込んだバッグを手に持つ。申し訳なさを胸に抱いたまま、教室を後にした。
喫茶店ルポス。何度か通った道を歩いていく。スマホを使わなくても辿り着けるようになったことに、少しだけ嬉しくなる。
そうして、あまり時間もかからずに目的地に着いたのだった。外に立っていた四方田くんと目が合って、手招きされる。
「ごめん、待った?」
「んーん、全然!」
暗い店内に案内され、いつもとは違う静かな雰囲気になんだかそわそわしてしまう。彼が適当な席に鞄を下ろす。俺も同じようにして、カウンター席に腰掛けた。
「マスター居ないんだ。料理の練習のために開けてくれって言ってるから」
ああ、そういえば。
「今日、定休日だったね。だからお客さんもいないんだ」
表にも書いてあったっけ。扉にかけてあった看板もクローズドになっていた気がする。今日は──水曜日だ。彼が働いている曜日にしか来たことがなかったから、なんだか新鮮だ。
「そ。電気つけちゃうとお客さん来ちまうかもしんねーから、暗いけどごめんね?」
「大丈夫、全然見えるから」
「っあはは、ならよかった!」
ふたりだけの店内は、あまりにも広くて閑静だ。なんとも言えない空気に、視線を惑わせた。どうして、内緒でここへ入れてくれたのだろう。そう、聞くに聞けなくて。
「んー……何か食べたいのある? つっても、クッキーくらいしかねーけど!」
「え、いいの? 前食べたやつ美味しかったから嬉しい」
そう言えば、ふは、と可笑しそうに四方田くんは笑った。鞄から、透明な袋に入れられたクッキーを取り出して手渡される。この前はプレーンだけだったが、今度はチョコレートの味もあるみたいだ。
「へへ、はい! 喜んでくれっからオレも嬉しい!」
手渡されたそれを開けて、ひとつ頬張る。やっぱり美味しい。やはり四方田くんは料理上手だ。俺はクッキーなんて作れる気がしない。
うま、すご、なんて語彙力の無さを発揮しながらたべている最中──ふと、頬杖をついた彼が、こちらをじっと見つめていることに気がついた。
「っ、……どうかした?」
慌てて飲み込む。いつから見られていたのだろう。なんだか恥ずかしくなってしまう。子どもみたいにがっついてしまった。「んや、ちょっとさ」微笑んだまま、四方田くんは言葉を濁す。
一瞬だけ視線を伏せ。俺の目をまた見つめて、改まったように彼は口を開いた。
「な、直くん。オレさ、すげー腹減っちゃった」
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