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同化型⑩

 薄暗い店内に光が射す。そこに立っていたのは──参宮くんだった。なんで、ここに。 「何してんだ、お前」  温度の無い表情で、俺たちを見下ろしている。つかつかと床を鳴らし、近くに来たかと思うと俺のことを引っ張り椅子から下ろした。うお、と間抜けな声を漏らしてよろけ、彼の腕に支えられる。 「俺の恋人に手ぇ出してんじゃねーよ」 「違うけどね!?」  否定するため反射的に声を張り上げていた。そのおかげか、凍ったように動かなかった指先に力が込められるようになった。 「ああ、今はな。わかってるっての」  本当にわかってるのか。……絶対にわかっていない。恋人になれるという謎の確信──いや、絶対に恋人になるという強い意志がその瞳には浮かんでいる。俺みたいな冴えない奴じゃなくて、他にもっといい人がいるだろうに。モテるのにもったいない。 「返してよ」  ゆらりと立ち上がり、据わった目を俺たちへ向けた。弧を描いた口もとが場にそぐわなくて、狂気を感じさせる。 「腹減ってんの。直くんを喰いたくて、たまんねーからさ」 「へえ、俺と同じじゃん」  仲間意識を持たないでくれ。 「ぶん殴って目覚まさせるか」 「暴力はやめて貰えると助かるな!」  必死に言えば、ふうんとつまらなそうに参宮くんは 返す。俺が止めなければ本気で手を出していただろう。彼も彼で恐ろしい。 「おねだりしてくれれば考えっけど」 「土下座しようか」 「そういうのじゃねーよ、バカ」  俺にはプライドなんざ無い。多分。思いつく精一杯のおねだりなんてそれくらいしか思いつかないのだ。じっと見下ろされたが、他に何もアイデアは浮かばず。「後でなんかご褒美寄越せよ」  呆れた声色でそれだけ言うと、彼は何かを取りだして。  思いっきり、四方田くんの顔面へと叩きつけようと大きく振りかぶっていた。それを認識して止めようと思ったところで、既に遅く。 「っちょ、だから暴力は──!!」 「んぶっ!?」  動揺が浮かんだ、くぐもった声。何事かと思って見てみれば──口に、饅頭を突っ込まれていたのだ。  なんで? 「大体お前の犯行だろうと思って、あの前髪なげーやつからかっぱらってきた。おら、腹減ってんならこっち食え」 「ちょ、ま、……んぐ、ギブギブギブ!! 死ぬ!」  前髪の長い子──恐らくは、文月くんだ。手に持ったそれも和菓子だし、彼はよく学校に持ってきていた。どこからか取り出した菓子の数々を口に無理やり突っ込んでいる。  すっかり調子の戻った四方田くんは悲鳴を上げていて。我に返った俺は、慌てて止めに入るのだった。このままでは喉に詰まって本当に死んでしまう。 「ご丁寧に表の看板クローズドにしやがって」 「っげほ、もともと開ける日じゃねーの! 定休日だし! 表にも定休日書いてあんじゃん!」 「知らね」 「どんだけ俺様!?」  それはわかる。 「詰めがあめーんだよ。普通鍵くらい閉めんだろ」 「……そこまで頭回んなかったの。オレバカだし」 「ふーん。まあバカの方がありがてーけど」 「嬉しくない!」  なんとか参宮くんを引き剥がし、ふたりの応酬を聞きながら息を整えていると──また、からんとベルが来客を告げた。 「っ失礼します! ああもう、やっぱりいた! 勝手にひとりで進まないでください!!」 「二階堂くん……に、文月くん?」 「……なんか、すごい状況、だね」  現れたふたりの表情は、それぞれ怒りと困惑に染まっていた。  ***  ほんの少し、時間が経って。適当な席に座った彼らへ、どうしてここに来たのか問いを投げた。  文月くんが、おずおずと口を開く。 「……参宮くんに、一緒に帰れないって伝えたら、探すって言って。どうせなら満足するまで探した方がいいかと思って……」 「だって一緒に帰りてーし」 「……すごいな」  自由人にも程がある。……そんなに俺と一緒に帰りたかったのか。好意は嬉しいけれど、その行動力に目を白黒させることしかできない。 「それで、二階堂くんなら何か知ってるかなって、聞きに行ったんだけど……」 「生憎僕も知らなかったので。思い当たる節と言えば──ルポスくらいですから。最近は足繁く通っていたでしょう」  その読みは当たっていた。洞察力に嘆息する。さすが二階堂くんと言わざるを得ない。 「話を聞く内に、バイトをしていた四方田先輩も、今日は部活があるのに早く帰ったことがわかりましたし……なにか関係があるのでは、と言ったときにはもうこの人がここに向かってました」  ……なるほど。大体だが、話は見えてきた。二階堂くんがじとりとした視線を参宮くんに向けて、薄い唇を開いた。 「……この人に頼るのは嫌でしたけど、行くって言って聞かなかったんです」  心底呆れたようにため息をつく。そういえば、不良と呼んでどうも苦手そうにしていたっけ。でこぼこだけれど、案外いいコンビ──になれると、いいな。文月くんと二階堂くんは波長が合いそうな気がするけれど。  直くん、と真面目な声色で呼ばれる。そちらへ顔を向ければ、四方田くんが深く頭を下げていた。 「……マジでごめんね。なんか、頭ん中が喰うことでいっぱいになっちゃって……怖かったっしょ?」 「まあ、ビビりはしたけど……大丈夫。いつも通りの四方田くんに戻ってくれたし。ね、頭上げて!」  躊躇いがちに、頭を上げて。 「……これからも、普通に付き合ってくれる?」 「もちろん。お菓子も食べよ」  そう言えば、ぱあっと花が咲いたように顔は明るくなった。食べられそうになったときのような、狂気を孕んだそれではない。いつも通りの笑顔に、ああ良かったと安堵の息をついた。  ──それと。  付け加えられた四方田くんのひとことに、耳を傾ける。なんだろう。 「……たまーに齧るくらいはいい?」 「お前あんま調子乗んなよ」 「は……? 齧る……?」 「……さっきからうっすら思ってたけど、食べようと、してたってこと?」 「わー!! ごめんごめんごめん!! やっぱナシ!」  騒がしくなった店内の騒ぎをぼんやり聞いて、ふと思う。  吸血鬼、とかではないだろうけれど。余りにお腹がすいて倒れそうでどうしようもないときくらいなら。ちょっと齧らせるくらいはいいかな、なんて。  ……現実離れした出来事が起きすぎたゲーム脳の俺は、麻痺した頭でそんなことをぼんやり考えていた。  *** 「ええ、と……とりあえず、お饅頭、食べる?」 「うえーん……ありがとー文月くん……」 「田山くんにあげたのとは違って、お、おれの血とか入れてないから……美味しいとは、思う……」 「ん、え、なに!? さらっと爆弾発言すんのコワ!!」

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