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求婚とすったもんだ
「運命だ。結婚しよう」
四天王のひとりとして勇者へ立ちはだかった俺、ゴブリンのオルディナは──何故か片膝を着かれ、手を取られたかと思うと求婚されていた。自分でも何を言っているかはわからない。
「……敵だよ?」
「ああ。障壁は付き物だな」
輝いた瞳でこちらを見あげてくる、金髪碧眼、端正な顔立ちの男は、真剣な表情でなにやら世迷言をほざいている。叩けば治るだろうか。
相手は勇者。俺は超絶美形の魔物でもなんでもない、一般的なゴブリンだ。しかもオス。四天王ではあるが──ほとんどお飾りのようなものだ。他の四天王から堂々と最弱呼ばわりされてるし。
はっと我に返る。怒涛の展開に思わず呆気にとられていたが、これが奴の作戦なのかもしれない。手を振り払って後ろに跳び、慌てて距離を取った。腰に指していた剣を取り出し、鋭い鋒を向ける。
「っそうやって油断させるのが作戦か!! 卑怯な奴め!」
「いいや。真剣だ。信じられないなら剣を捨ててもいい」
ほら、と。がらんと鈍い音を立てて、勇者の剣が事も無げに投げ捨てられる。手を開いてこちらをにこやかに見つめる男は、それ以外に武器は持っていなさそうだった。なにより──その顔からはなにひとつ敵意を感じない。上手く隠しているだけなのかもしれないが、余計に困惑が生まれる。
……まさか、本当に俺と結婚しようとしているのか?
僅かな可能性だが──その疑問が生まれて、離れてくれやしなかった。
「……え? 本当に?」
「ああ。お前と結婚したい。どうすれば信じてくれる?」
「っで、でも、ここまで来たってことは俺たちの仲間を倒したんだろ! そんな奴と結婚なんかできるか!」
「峰打ち程度にしているから誰も殺しちゃいない。……そもそもアンタたち魔物も人を殺めていないだろう」
首を僅かに傾げてそう言う男。その内容に、思わず目を丸くした。
「それ、は……まあ、魔王様の方針で……」
口ごもる俺に、勇者はなおも熱い視線を注いだ。
『魔物が生きやすい世界を』
魔物というだけで討伐対象にされる世界を、魔王様は変えようとしていた。初めは世界を統べる王と対話をしようと試みたそうだが、やはり魔物のために相手にされないどころか殺されそうになり。熟考の結果手段を変え、手荒だが武力行使に出たのだ。
とはいえ、殺しはしていない。じわじわと勢力を伸ばし、魔物の居住地区を少しずつ増やして行った結果──こうして、時折勇者として魔王討伐を任された若者がこの魔王城を訪れるようになった。
まあ、今までの勇者はそれほど強くなかったこともあり──俺のところへ来る前に仲間によって伸され、人間の住む国へ送り返されていたのだが。
考えごとをする俺を見つつ、勇者は頭を掻きながら口を開いた。
「俺もあの王にも思うところがあってな。四天王含めた魔物たちを落ち着けてから、魔王と腰を据えて話そうと思っていたんだが──」
アンタに出逢えた。
噛み締めるようにそう言って、愛おしげにこちらを見つめる勇者。意味がわからない。第一理由がない。運命だなんだと言われても、納得ができないのだ。ゴブリンは人から嫌われている。見た目が醜悪だなんだと言われているのを知っている。
こんなに顔立ちが整っている、勇者だと崇め奉られるはずの人間に恋慕を向けられるわけがない!
考えれば考えるほど信じられなくて、頭が混乱して。
「な、なんでだよ。惚れる理由なんかないだろ、ゴブリンだし、ゴブリンの中でも俺不細工だし……」
「覚えていないか。前、俺を人里へ送ってくれただろう」
前?
俺たちは──昔、出会ったことがあったのか?
ついつい武器を下ろして、呆気にとられたまま疑問を投げかけた。
「……え? いつ?」
「五年前。この辺りに間違って迷い込んだガキがいただろう。アンタのおかげで魔物に対する印象が変わったんだ」
そう言われ。思い返してみれば──確かにまあ、四天王になる前。ここらに迷い込んだ子どもを何人か、家があるという場所の近くまで送ったことはあった。彼に似た子がいたか、思い出そうとしたが──成長したことや数年前なことも相まって、どうもピンとは来なかった。
まだ幼い子どもたちはこんな見た目でも嫌がらなかったため、素直に従ってくれたから嬉しかったのは覚えているのだけれど。
しかし、合点がいった。なるほど、勇者はその中のひとりだったのだ。人の成長は早いものだ。こんなに大きく立派になるなんて、なんて呑気な感動すら覚えてしまった。
「……あー! 俺が下っ端だった頃か!! でもごめんな、そういう子ども多かったからなあ……覚えてはなくて……」
「優しいんだな。余計に惚れた」
最悪だ。悪化した。どんな成長の仕方をしているんだ。
こちらを見る瞳の輝きが増した。愛おしくてたまらない、と言うような表情はなんだかもう見ていられなくなった。
「……は、じゃ、じゃあ……俺に惚れてるのも、本当に?」
何度目かわからない問いかけをすると、男は困ったように眉を下げてくすりと笑った。金の髪が動きに合わせてさらりと光を反射する。まるで絵画のような笑みだった。
「ああ。アンタが納得してくれるまで何度でも言おう」
ゆっくりとこちらへ歩み寄り、空いていた片手をまた取られる。
「好きだ、愛している。ずっとアンタを探していた。不細工なんて言うが、俺には誰より美しく見える」
こちらを見上げてくるその表情には、嘘の色は見られない。じわ、と顔に熱が集まる。こうして誰かに求愛されることなんて初めてで、免疫なんて無くて。
「照れているのか? ……ふふ、可愛いな」
可愛いわけない。こんな奴相手に可愛いなんて、ありえないのに。
まるで熱が出たときのように、頭がくらくらとする。どうしよう、どうすればいい。そもそも──なんで俺は、嫌じゃないと思ってしまっているんだ!!
誰か助けてくれ、と半ば泣きそうになりながら心の中で助けを求めたとき。ばん、と勢いよく後ろの扉が開けられる音がした。そちらは──残りの四天王たちがひとりずつ控えている場所のはずだ。
視線を向ければ、何故か四天王全員が揃って鬼気迫る表情を浮かべていた。
「オレたちのオルディナから離れろ、勇者めー!!」
「そうです!! ワタシたち四天王の中で最弱なんですよ!!」
「やっぱ目を離すんじゃなかった、ほっといたら死んじまう!!」
小柄なデーモンのシトリー。妖艶なインキュバスのアンソル。そして、大柄な竜人族のナガがそこにはいた。
「み、みんな……!!」
「オルディナ、こっちに来い! 最弱なんだからオレが守ってやる!」
駆け寄ってきたシトリーが俺の体を引っ張った。最弱の言葉がぐさりと刺さるが、まあ慣れたものだ。守ってやる、という口ぶりからわかるようにシトリーなりの優しさなのだ。
「む──他の四天王たちか。誤解だ、彼を倒すつもりはない」
「はあ!? 信じられるか!」
ナガが吠える。しかし、アンソルは顎に手を当てて考える素振りを見せた。その眉根には深いシワができている。
「……いや、でも待ってください。剣を捨てているし──なにより、オルディナの手を取っている……? ……どんな状況ですか、これは」
あ。猛烈に嫌な予感が肌を刺した。
俺が勇者の言葉を遮ろうとするよりも早く──男は、美しい笑みをそのままに口を開いた。
「求婚している」
空気が、冷えた。
「……は?」
「……なんですって?」
「……あ?」
三人の低い声が重なる。その恐ろしさに思わず身震いする。ここまで怒りを顕にしている彼らは見たことがない。
「誰がお前なんかにやるか!! オルディナはここでオレたちとずっといるんだよバーカ!!」
「笑えない冗談ですね。ワタシたちのオルディナをぽっと出の人間に?」
「ほぉ、面白ぇじゃねえか。俺様を倒してからにしてもらおうか」
皆の体からおどろおどろしいオーラが漏れ出す。今にも一触即発というような空気だった。
「っみ、みんなそんなキレる!? 落ち着けって!!」
声を張って叫べば、彼らは鋭い瞳をこちらに向けた。ひ、と思わず上擦った声が漏れる。
「落ち着いてられるか!! オレたちのオルディナだぞ!!」
「最弱かつ一番優しく、愛おしい貴方を易々とこんな男に渡すわけないでしょう」
「俺様たちだってオルディナが好きだ」
えっ。
呆気にとられて──数秒後に、顔が酷く熱くなった。ただ最弱だという印象だけが皆からの評価だと思っていたのに。優しい、だなんて。俺は思っていたよりも随分──仲間たちに好かれていたらしい。
「ほら見ろ!! こんなウブで可愛いやつを勇者なんかにやれるか!!」
もうやめてくれ。羞恥心で死にそうだった。パニックでこんがらがりそうな頭をなんとか回そうとしていたとき──奥から、何者かが来る足音がした。
「……騒がしい。なんの騒ぎだ」
地を這うような低い声。──我らを率いる、魔人族であるお方──魔王様だった。漆黒のローブを引きずる浅黒い肌の彼は今日も凛とした威厳を放っていた。慌ててぴんと背筋を張る。
「……ほう。誰かと思えば勇者か。それに四天王がこうも集まって何をしている。教えろ、オルディナ」
ぎろりとしたつり目がちの眼差しが向けられ、心臓が大きく跳ねた。ええと、ええと。俺だって今の状況が整理できていないのだ。なんと言えばいいのか、と言葉を探る。
「……この勇者が、その、私めに……求婚を、してきまして。シトリーたちもそれを聞き……ええと……」
「……なんだと?」
またぞっとするほど低い声だった。デジャヴだ。なにをふざけたことをと思われただろう。慌てて口を開いた。
「あ、いえ、その、信じ難いですよね!! この私に求婚なぞ……」
「いいや。お前には魅力がある。それは頷けるが──」
頷けるのか。嘘だろ。
「他の魔物一倍我が理念に共感し、心優しいオルディナを寄越せ、だと?」
「えっそんなふうに思ってくれてたんですか」
「当然だ。粉骨砕身し、我の理想のために身を尽くしてくれているお前のことは、誰よりもわかっているつもりだ」
「ま、魔王様……!」
心が打ち震える。一生ついて行きます、と泣きたい気分だった。
しかし勇者がまた口を開く。
「問題ない。オルディナのことは大切にする。幸せになるつもりだ──」
「っゆ、勇者! お前、魔王様とお話するんだろ!」
それどころではない。今はこの結婚どうこうの話を掘り下げている場合ではないのだ。
「ああ。……魔王、一度こちらの王と話をしてはくれないか」
「話だと? しかし前にもしたが、向こうは聞く気など──」
「今は違う。魔物は今では力を持っている。それに──誰も殺められていないことや、魔物に助けられたという人間が現れていることで国内の印象は変わりつつある。魔物を庇う声も多い」
ちら、と勇者が俺に視線を向けた。それは──迷子になっていた子どもたち、だったりするのだろうか。
「……本当かよ。不意をついて攻撃するんじゃねーだろうな」
シトリーが訝しげな視線を向けた。確かに、王国の総力を持って攻撃されたら、さすがの魔王様もタダでは済まないだろう。「大丈夫だ、俺が守る」勇者は動揺を顕にすることもなく言葉を続けた。
「俺はどうも──魔力が他の者より格段に多いようでな。アンタを守ることくらいならできる。勇者がパフォーマンス的に前に現れるんだ、無下にはできないだろう」
数秒。重い沈黙が、場に落ちて。魔王様はじっと勇者の瞳を見つめた。ごくりと唾を飲む。
「……ふむ。お前の瞳は嘘を言っていないな」
ふ、と魔王様が笑いを漏らした。
「いいだろう。我と四天王で向かおう──準備を」
『はっ』
かしずいて返事をする。そうして俺たちは王国へ向かい、王と対話をし──世界は変わった。魔物と人間たちの共存は真のものとなったのだ。
勇者は、真の勇者だった。融和を表すパーティにて祀られる勇者に──俺はつい、見蕩れてしまったのだった。
***
ただひとつ。変わらないものはあった。
「オルディナ、結婚しよう」
「いい加減諦めろっつの!! オルディナはオレたちのなんだよ!!」
魔王様と俺たち四天王が共に暮らす家にて。毎日のように勇者は現れ、俺に求婚をする。心底愛おしげな表情で、蕩けるような甘い言葉をかけて。何人もの可愛らしい女性から思いを寄せられているだろうに。
……本当に、もったいない。こんなゴブリンなんかに執着して。
きゃんきゃん吠えるシトリーたちを宥めつつ、勇者の言葉を躱す。
「オルディナが頷くまで毎日来るさ」
「ならば、我を倒してからにしてもらおうか……!!」
「魔王様までやめてください……」
頬が赤くなる。……自分が勇者の手に落ちる未来が、そう遠くないものに思えて。
はあ、と熱い息を漏らした。
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