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第21話 隠されているもの_揺れる光2
「これはすごいな……」
驚く光彰の隣を、次々と青白く光るものがすり抜けていく。暗い夜の帷の中に幻想的に飛び交うそれは、目を凝らしてみると蝶のように見えた。窓辺に光るぼんやりとした灯りの方へと吸い寄せられていき、気がつくと消えている。美しい様に名残惜しさを感じていると、再び光彰の近くでパッと新しく生まれた。
そして、その下方の暗闇の中には、さらにぼんやりと浮かび上がるものが見えている。それはいくつかのものが重なり合って発光し、光の塊となっているように見えた。好奇心に駆られた光彰は、そちらへと引き寄せられていく。目を凝らしてみると、そこには夥しい量のキラキラと輝く目がこちらをじっと覗き込んでいた。
「これはすごいな。圧巻だな、八木。確かに驚いたぞ。この蝶はまだしも、この子達はあまりにも意外過ぎる」
「……そうだよね、やっぱり。だから人には言いたく無いんだ」
照れくさそうに笑う八木の手元には、可愛らしいアニメのキャラクターがあった。それは、光彰のように世間の情報に疎いものであっても、一度は耳にしたことのある様な、有名なアニメのキャラクター達だった。
清水田学園の寮での生活は、全員個室をあてがわれる。そのため、皆が自室を好きに彩ることが出来るようになっていた。光彰は黎意外に友人がいないため、これまで誰かの部屋を訪れたことなどない。しかし、おそらくこれほど利用者のイメージとかけ離れた部屋は、他に無いだろう。それほど普段の八木からは想像もつかないような、ファンタジックな世界が眼前に広がっていた。
「僕ね、アニメオタクなんだ。基本的に学校に行ってる時と勉強してる時以外は、ずっと部屋でアニメ見てるか漫画読んでるか、ゲームをして過ごしてるんだよね。それがバレるだけなら別にいいんだけど、だからと言って部屋をこうするほど好きだっていうことまでは知られたく無かったんだ」
そう言って机をトンと叩くと、パッとピンク色の淡い光が舞い上がった。そこには、戦闘服に身を包んだ女戦士たちが、銃を構えて微笑んでいるホログラムが見える。アニメが好きでフィギュアやポスターなどのグッズを購入するということなら、よく聞く話だろう。しかし、わざわざホログラフィを用いてここまでのものを作り上げる者は、そういないはずだ。その入れ込み方に、光彰は感嘆した。
「いや、正直驚いたよ。よく見ると、可愛らしい姿が部屋いっぱいに見えるな。ゲームのキャラクターも多い。昼間に来ると、この部屋の中はかなりピンク色なんじゃないか? 確かに俺の中にあるお前のイメージとはかけ離れてるよ。でも別にいいじゃないか。お前は真面目過ぎるから、何か好きなことをしてバランスを取っていないと、おそらく潰れてしまうだろう。寧ろ安心したくらいだ。俺はそれよりも、このホログラフィに驚いてる。この動きは、LEDパネルを何枚も使ってるから可能なのか? ホログラフィだけじゃなくて、CGも併用してるのか? まるで本物の蝶を飛ばしてる様に見えるな」
光彰は、ドアを開けてから部屋の窓まで、自由に飛び交う蝶たちを見て驚いていた。その中にいると、まるで夜の森の中に迷い込んだような気分になる。
ホログラフィが技術的に素晴らしいことは知っていても、それがどの程度まで進化しているのかを光彰は知らない。それでも、部屋の天井を埋め尽くすような輝く蝶の群れには、素直に感激することが出来た。
「そうだよ。何枚かパターンの違う蝶のホログラフィを貼ってあって、それが動いて見えるように連続再生させてあるんだ。それでもカバー出来ない部分をCGで繋いでる。参照光は、あの天井の二箇所にセットしてあるライトだよ。そうすると、こうやって本当に飛び交ってるように見えるようになるんだ。自然に見えるよね」
嬉しそうにそう語る八木の横顔は、飛び交う蝶の輝きに似た光を纏っている。本当に好きなのだろうということが、そこから見てとれた。
「そりゃあ原理はそうだろうけれど、個人の、しかも寮の部屋でここまでやるのか。すごいな」
光彰は頭上を飛び交う蝶の動きに、僅かに見えるぎこちなさを見つけた。八木はそれに気がつくと、「そういうところが試作っぽいでしょ」と笑う。
「まあ、実はほぼ貰い物なんだけどね。僕、大学でこの研究をしている先生のところに行きたくて、親に無理を言ってこの学校に入らせてもらってるんだ。このパネルとシートをくれたのは僕の姉なんだけど、これのを開発している会社で働いてたんだよね。いろんなパターンを作ろうとしてたらしくて、最終的に不要になったものを分けて欲しいと強請ったんだよ。結構大きなシートだから、実は数はそんなに使ってないんだ」
自由に飛び交う蝶を見ているうちに、そのうちの一匹がベッドに横たわった黎の近くで静かに消えた。その消え方を見ていると、先ほどの温田見の様子が光彰の脳裏に浮かんだ。壁を貫通していったように見えた温田見は、実はそこに投影されたものだったのかも知れない。ふとそう考えた。
「もしかして、八木は温田見の霊はホログラフィじゃないかと考えてるのか?」
黎の頬を指で摩りながら光彰がそう尋ねると、八木は「うん。そうだね」と答えた。
「あの幽霊を科学的に可能にしようと思うと、それが一番説明しやすいのかなと思ったんだ」
「俺はその辺りは詳しく無いからわからないけれど、あのガラス壁にそういう媒体を仕込んでおけば可能かも知れないな。満月のよるに現れたってことは、参照光は月明かりってことか?」
八木は光彰の問いにしっかりと頷き、
「僕はそう思ってる」
と答えた。そして、部屋に備え付けのミニ冷蔵庫を開き、中からカフェで買ったアイスコーヒーを二つ取り出した。それをベッドサイドの小さなテーブルに置くと「どうぞ」と声をかける。
「念の為に言っておくけど、僕は何も入れてないからね」
そう言って、ニヤリと笑った。光彰は八木のその顔を見て驚いた。
——知ってるよ。
まるでそう言わんばかりの表情をしていた。その上で口の端を持ち上げている。何もかもを見透かしたような笑顔を浮かべている彼は、まるで別人のように見えた。
「飲まされたでしょう? 『牡丹の朝露』。そして、その名前を田岡くんの口から聞いたよね?」
八木はそういうと、今度は後ろ暗いことなど何もないと言わんばかりの笑顔を光彰へと向けてきた。
「八木、お前結構性格悪いんじゃないか? 黎の様子がおかしいのはわかってるんだろう? その上でそんな風に話を振ってくるなんて、腹の黒さが伺えるな」
そういうと、笑いを噛み殺した。夜の深い時間であるため一応声を殺してはいるが、とても楽しそうにしている。その様子に、八木は安堵を滲ませた。
「……何かの薬物が流行ってるよね、この学園」
八木は三人だけの深夜の部屋にも関わらず、誰かに聞かれてはいけないとばかりに、声を顰めてそう言った。光彰はそれに無言で頷き、同意する。
「おそらく、それを服用した状態であのホログラフィを見れば、その動きに誘引されるんじゃ無いかと俺は思ってる。さっきの黎がそうだったように。それに、『時計塔の千夜』に屋上から突き落とされるっていうのも、そういうからくりなんじゃないだろうかとも思っている。つまり、薬をばら撒いている人物とホログラフィで幽霊を操っている人物は、どこかで繋がっている。それは間違いないと思ってる」
「それはつまり、小野さんが幽霊を操っている人と繋がってるって事だよね?」
八木がそう問うと、光彰は「そういうことになるだろうな」と答えた。
「小野が意図してそうしたのか、あいつもいいように騙されているのか、それはわからない。ただ、その先にそいつがいることは間違いない。そして、そいつは霊が見えないタイプの人間で、自分がしていることで完璧に人を騙せると思ってる、視野の狭い馬鹿なやつだ」
抑えようとはしているものの、微かな怒りを滲ませた光彰に、八木は珍しいものを見るように目を見張った。そして、一つ気になることがあったようで、それを素直に問いかけた。
「霊が見えないタイプ? どうしてそう思うんだい?」
そう問われた光彰は、ゆっくりと口の端を持ち上げた。つい先ほど八木が見せたものと同じ表情で、彼に問いを返す。
「『時計塔の千夜』は本物の千夜の霊とは全く違う。俺はそれを知っている。俺には霊が見えるからだ。いくら想像を巡らせても、素晴らしい技術を使っていても、本物と違うものを作っていたら意味がない。そのことに気がつけないということは、ニセ千夜を使っている人物は、霊が見えないということだ」
「それはつまり……、最上くんは霊が見えるっていうこと?」
驚いたような表情で八木はそう答えた。そして、それを受けた光彰は、突然肩を揺らし、大声で笑い始めた。
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