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第23話 隠されているもの_揺れる光4

「それは……。そういうことが可能な関係性の誰かが、千夜さんの体の中にメスカリンを放置したということか? でも、それこそ自分でやったかもしれないじゃないか。そんなの誰がやったかなんて証明することは不可能だろう?」  八木が光彰を嗜めるようにいうと、彼は僅かに被りを振った。そして、深く息を吸い込むと「出来ればこんなことは話したく無いんだが」と前置きをした上で、千夜がメスカリンを摂取したのは第三者によるものだとする根拠を述べ始めた。 「まず、直腸の奥の方までは自分の指では届かない。しかし、千夜の体のその部分に、あのカプセルのようなものの残骸があったそうだ。それと、少し無理をして入れたような傷もあったらしい。そして他にも、足とスカートに乾燥して粉状になったものが付着していたと言われている。お前は父さんからその話は聞いてないのか?」 「そうだな、それは聞いてない。メスカリンが体内から検出されたと聞いてるから、違法薬物に手を出してたのかと思っただけだ。から検出されたのなら、確かに自分からでは無いかもしれないな」  八木は困ったようにそう答えた。それに対して光彰は「そうだろう?」と言うと、黎の髪を手で梳いていく。サラサラとこぼれ落ちていく黒髪は、蝶の放つ青い光を受けて煌めいている。眠りが浅くなって来たのか、瞼がピクリと揺れた。 「学校がクスリの使用を隠蔽しようとしているのなら、千夜がそうされたことも調べられたくは無いだろう。だからこの二年間、お前が潜入していてもその情報は入ってこなかったんだ。関わっている生徒はもちろん知られたくは無いだろうし、そうでない生徒はそもそも真面目だ。噂に加担することがあっても、直接関わりたくは無いだろう。ただ、父さんがお前にこのことを言わなかったのは、千夜のためだろうな。あまり広めたい話じゃ無い。そもそも全件が、いじめや悩みを苦にした自殺として片付けられてる。千夜にメスカリンが付着していたことを知っているのは、最上の人間だけだ」  八木はその言葉を聞いて、はっとした。並木千夜を始め、飛び降りた生徒たちは、いじめを苦に自殺をしたと見られている。つまり、当該生徒らは誰かに薬物を投与されていて、その影響で落ちたのだという事は、ほとんどの者が知らないということだ。 「そうか、疑いなく自殺として片付けられている以上、全員解剖はされてないんだよな。じゃあ、どこの家庭も、我が子が薬物依存だったということは知らないってことになるのか?」 「そうかもしれないな。もしくは、必要以上に知ろうとしなければ、職場での待遇をよくするなどの措置を施すと言われている可能性すらある。ここはそういうところだ。そうやってずっと不都合を隠し続けてきている」 「でも、よくわかんねえな。役職についているからと言って、そこまで必死になってまで学校の名誉ってものは守りたいものなのか? 言っちゃ悪いが、ただの学校だろう? あまりに代償が大きい気がするんだが」  光彰は目の前にいる人物の呆れた顔をじっと見つめた。この学園に入学して以来、黎以外の人物とこんなにまともに話をしたのは初めてかもしれない。そう思うと、途端に胸に詰まるものを感じていた。おかしいことをおかしいと思わなくなっている、傀儡のような生徒に囲まれている日々は、彼らに言いようのない孤独を与えていたのだ。 「そうだな、それは俺も思っている。ただ、この学校の教師たちは、何を考えているのかが全く分からない。何か他に理由があるのかもしれないな。でもそれは、間違っても教育者の矜持とかそういう類のものが理由では無い。そんな綺麗な心を持ったものは、この学園の教師にはいない」 「他の理由ねえ。真実を隠蔽してまで学校を守る理由……」  二人はそこで黙り込んだ。その理由については全く思い当たることがないのだ。そもそも、生徒が亡くなっている事件に薬物が関わっているのに、それを追求しようとしない人間の考えることなど、二人にはわかるはずも無かった。地位や名誉にこだわって、金のためには必死に動く職員たち。彼らの考えることを理解してしまうと、自らも汚れてしまいそうで怖いのだ。  黙り込んでコーヒーを飲む二人の間で、黎が身じろぎをする。「んー」と小さく唸りながら、何度も体勢を変え始めた。その度に長いまつ毛が揺れる。ふっと瞼が僅かに開き、その奥の瞳が蝶の青を映した。その僅かな変化に光彰はすぐに気がつき、黎の顔にかかった髪を掬い上げて耳へとそっとかけていく。 「黎。目が覚めたのか?」  目は開いたもののまだ夢現の状態の黎は、目の前の光彰に気がつき「んー。眠い」と呟いた。彼が身を起こそうとすると、光彰がそれを助けようと手を伸ばす。その手を握りしめながらヘッドボードに身を預けて座ると、ふと光彰の奥に座る人影を見つけて動きを止めた。 「ん? 光彰、それ誰だ?」  黎は暗闇にぼうっと浮かぶ大きな影に怯えて、光彰の腕にしがみついた。彼は、黎が何を恐れているのかを一瞬理解出来ずにいた。後ろを振り返り、それが何を示しているのかに気がつくと、ふっと息を吐いて笑った。 「ああ、そうか。いつもと印象が全然違うもんな。これは八木だよ、八木。実はな……」  そうして、八木の正体を明かし始めた。 「えっ、探偵? 嘘だろ……。八木くん、めちゃくちゃ普通の学生じゃないか。成績も中の上くらいだし、顔も運動能力も普通だしさ」  寝起きに驚かせたからか、黎はさらっと八木へ残酷な評価を下していた。一般的に言うと八木の見た目もそれなりに男前なのだが、黎は光彰を見慣れているためか、彼が普通の顔に見えていたようだ。 「あー、うん。もちろん成績とか行動とかは演技だけどな。顔はちょっと……。なかなか傷つくぞ、柳野」  八木はそう言って苦笑すると、光彰に見せた身分証明書を黎にも確認させることにした。それを見た黎は目を輝かせ、 「すごい! 本当に探偵だ! 見習いだけど」  と興奮気味に呟く。しかし、最後の余計な一言に八木は方を落とした。 「キミ、結構残酷な子なんだな」  そう言って落ち込む八木の背中を、光彰がポンと叩いて労った。その顔は、この状況を楽しんでいるようで、小さく震えながら笑いを噛み殺そうとしている。 「え? 光彰、笑ってるのか? お前、本当に最近どうしたの? そんなに俺以外の人に心を開くようになるなんてなあ。あ、それよりここどこなんだ? わ! 蝶が飛んでるぞ!」  黎は自分が置かれている状況がわからなくなったのか、軽いパニック状態に陥った。次々に思いついたことを並べ立て、いつもよりもずっと騒がしい。光彰と幽霊を見に行っていたはずの場から、目を覚ました途端に飛び込んできた情報の量の多さについていけていないようだ。  今いる場所もわからなければ、光彰が顔をぐしゃぐしゃにして笑うというレアな場面にも遭遇し、目の前にはいつもと違う八木がいる。何からどう理解していけばいいものかがわからず、ただひたすらに狼狽えていた。 「ああそうだ、悪かったな、黎。説明してないと混乱するよな。ここは八木の部屋だ。第二寮寮長室。八木と一緒なのは……」  光彰は黎が眠ってからの経緯を説明した。すると、黎は目を丸くする。 「え? あれは幽霊じゃないのか? 俺の目には幽霊にしか見えなかったぞ」  すると光彰は、ベッドの端に腰掛けながら腕を組み、 「おそらくそう思わせるのが狙いで、お前を選んだんだろうな」  と呟いた。八木はその言葉に何か違和感を感じたらしく、 「それはどういう意味だ?」  と光彰に尋ねる。眼光が鋭く光ったことで、二人は八木が見習いとはいえ探偵なのだと理解した。 「八木、お前は田岡が俺を狙ってると言っていただろう? それが事実だとしたら、あいつは誰かの指示で俺にあのホログラフィを本物だと信じさせるように言われてるんじゃないかと思ってる。でも、俺には本物の霊が見えるから、俺自身にそう思い込ませることは不可能に等しい。それで、俺に最も近い人間で俺が信用してしまうであろう人物、つまり黎、お前にまずは信じさせようとした。黎を動かすために、小野や田岡に黎への接触を命じたんだろう。そしてついでに、俺を学園から追い出す手筈も整えようとしている。あの噂の浸透の仕方は異常だからな。誰かが糸を引いているとしか思えない」  光彰がそう言って黎の背中をぽんと叩くと、八木は「なるほど」と言いながら頷いた。 「そうなると、今日の狙いは最上を夜に外出させることだったんだろうな。そして、その日に事件を起こす。その上での停学狙いってことか?」  八木の問いに光彰も頷いた。黎はその隣で、ただ驚くばかりだ。 「恐らくそうだろう。恵那も一味なんだろうな。噂に対する向き合い方がおよそ校長とは思えないものだったからな。でもこれはお前が俺に情報をくれたからそう思えたことだ。ありがとう、八木。俺を一連の噂の通りの転落事件の犯人として断定するために、今夜のことは仕組まれている。そう気がつけたのは、お前のおかげだ」

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