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1-1 乙女ゲームが好きって変ですか?

 東雲(しののめ)白兎(はくと)、十六歳。  眼鏡は俺の必須アイテム。  素顔を隠せるこの眼鏡が、コンタクトレンズよりも俺には合っているようだ。  そんな俺の唯一の趣味と言えば、あらゆるジャンルの乙女ゲームを攻略すること。  きっかけは、ゲーム実況で男性の配信者さんが実況プレイをしていたのをたまたま目にし、回を重ねるごとにどんどん乙女になっていく面白さに、自分もやってみたいと思ったのがきっかけだった。  もちろん、攻略サイトなんかもたくさんあるわけだが、それを活用せずに初見で楽しむのが好きで、最終的にスチルイラストを回収するために参考にすることもあるが、基本は試行錯誤しながら攻略するのが好きだった。    乙女ゲームの主人公になり、個性的なイケメンたちを攻略する面白さ、時に感動、時に「そうはならないだろう!」という突っ込みどころ満載なストーリーが魅力なのだ。  主人公はもちろん女の子で、これが男の子だとBLゲームになるらしいが、こちらの方はあまり免疫がなく、やったことはなかった。時々、乙女ゲームにおいても攻略対象たちのそういう要素がないわけではない。公式で仲が良すぎる関係、というか、二次創作とかされてそうな雰囲気というか。  自分が女の子になりたいという願望があるわけではない。ただ、こんな風に好きな相手から一途に想いを寄せられる世界観が、なんだかドキドキしてしまう。もちろん、乙女ゲームは様々なジャンルが用意されており、所謂、学園もの、異世界転生や転移、ファンタジー、サスペンス、中華風など、好みはそれぞれだろう。  ある日、同じ趣味のひとたちが集まるSNSで意気投合した、『渚』というハンドルネームの創作者さんと仲良くなり、そのひとが原案者として関わったという、フリーゲームを公開前に遊ばせてもらえることになった。  さっそく添付されていたファイルをダウンロードし、画面を開く。中華風なBGMが流れ、『白戀華(はくれんか)~運命の恋~』というタイトルが表示される。主人公の少女は可愛らしい桃色の漢服を纏っていて、正規ルートの攻略対象だろう青年と見つめ合っているイラストが描かれていた。  画面を進めていくと登場人物たちの立ち絵も好みだし、攻略対象も魅力的。物語もしっかりしていて、一枚絵と呼ばれる重要シーンのスチルイラストも完璧。これをフリーゲームで楽しめるなんて勿体ないというほどの完成度だった。  乙女ゲームではキャラクターの声も人気作では必須の要素だが、この作品はフリーゲームなので予算的にボイスはなしで、どちらかと言えばマルチエンディングのノベルゲームに似ているかもしれない。  中華風の乙女ゲームは自分の好きなジャンルで、攻略対象も皇帝候補の三人の皇子たち(攻略対象によって皇帝となる皇子が変わる)、護衛(主人公を常に気にかけてくれる兄のような存在)、敵側の頭領(なぜか放っておけない悪役イケメン)など、個性豊かなキャラクターばかり。  通常の乙女ゲームの半分くらいの時間で攻略でき、それぞれ三つのエンディングが用意されていた。そのすべてを回収し、ゲームの余韻もそのままに、俺はこの感動を言葉にしなければ! という気持ちからすぐに感想メールを送った。  数日後、何も考えずに送ってしまったあの長文に対して、ゲームの原案者である『渚』さんから返信メールが届く。 『しろうさぎさん、私が関わったフリーゲームを遊んでくれてありがとうございました。感想、全部読ませていただきました。こんな風に楽しんでもらえて、安心したのと同時に、公開する決心がつきました。添付したファイルは、本来この作品を作るにあたって、私がどうしても入れたかったルートなのですが、色々と考えた末、ボツにしたルートです。つまり、隠しルート編ということになります。しろうさぎさんはこういう作風をあまり好まないかもしれませんが、もし良かったらやってみてください』  そこには渚さんからの御礼の言葉と共に、ひとつのファイルが添付されていた。もちろん遊んで感想を書きたいと思った俺は、そのファイルをクリックする。そこにはあのタイトルと、その下に『隠しルート編』という文字が!  あの物語の『隠しルート』だなんて、楽しみしかない!  画面に並ぶ選択肢から、『はじめから』を選ぼうとしたその時、スマホの画面が明るくなり、着信音と共にある名前が表示される。俺はノートパソコンの横に置いていたスマホを慌てて手に取り、ひと呼吸おいてボタンを押す。 『白兎? 今、平気?』  明るく優しい声音が耳に心地好い。それは、同級生で幼馴染の七瀬(ななせ)海璃(かいり)だった。俺はどきどきしながら「だ、だいじょうぶ!」と答える。うぅ····普通に話すのって難しい。 『ちょっと白兎に相談したいことがあって。今から駅前のいつもの店で会えないか? 無理なら別の日でもいいんだけど、』  今は夏休みだが、インドアな俺は基本的に外には出ない。海璃はいつも友達に囲まれていて、クラスの人気者。  格好良くて、女子にも男子にも慕われているような自慢の幼馴染。俺は彼の幼馴染ってだけで、昔みたいに一緒に遊んだりはしなくなっていたが、時々こうして呼び出される。それに対して、断るという選択肢はなかった。  なぜなら俺は、この幼馴染に幼稚園の頃からずっと片思いをしており、叶わぬ恋というやつを現在進行形なのだ。 「うん、行く。十五分くらいかかると思うけど、大丈夫かな?」 『全然いいよ。慌てなくていいから』  要件だけの電話を切り、俺は画面に流れる幻想的なBGMを止める。楽しみは夜に取っておこう、とファイルを閉じ、パソコンの電源を落とした。  少し大きめの丈の長い紺色のTシャツと、黒いハーフパンツという地味な格好に、黒い縁の眼鏡。財布とスマホだけを入れたシンプルな白いトートバッグを肩に掛け、俺は家を出た。

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