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3-6 面影とぬくもり
誰か教えて欲しい。
この状況、絶対におかしい····。
俺たちは今、王宮の中ではなく王都の市井 を歩いている。横にはいつもの上質な青い漢服ではなく、明らかに質を落とした白藍色の漢服を纏う、青藍 がいた。
着ているものを替えたところでその高貴な雰囲気は隠しきれておらず、どう見てもどこかの良い家の公子様にしか見えない。いつも頭の天辺で括っている薄茶色の長い髪の毛は、銀の筒状の髪留めで低くい位置で纏めて背中に垂らしていた。
腰には珍しく剣を佩いていて、これは本編ヒロインである華 雲英 と青藍がこっそり市井に出かける時の格好で、それを生で見られたことに対して密かに感動していた。
(髪型が変わるとまた違った印象なんだよね。ちょっと大人っぽいというか。普段ももちろん格好良いんだけど)
そして俺はといえば、あの花嫁探しの儀式の時に着ていた漢服を模したものを青藍が用意してくれたこともあり、結局女性用の漢服を纏うことになったのだ。
肌の露出はほとんどなく、金の糸で花の刺繍が描かれた薄い浅葱色の広袖の着物のような衣裳と、白いスカートのような下裳。
白髪を隠すためか、薄めの白い衣を頭の上から被せられていた。やっぱり悪目立ちしちゃうから、髪の毛と赤い瞳は隠しておいた方がいいのかも。
「今日は晴れてて太陽もギラギラしてるから、衣や笠を被って歩いているひとも多いみたい。私も一緒だから、あんまり気にしなくても良いと思うよ?」
「あ、はい。そうですね。それは特に気にしていないんですが····俺、男だって言ってるのに、なんでまた女装なんですか?」
まだ最初に貰った白い漢服の方がマシである。あれはどっちでもない感じのデザインで、そんなに気にならなかったが、こっちは明らかに女性用なのだ。華 雲英はというと、薄桃色の女性らしいひらひらした可愛い漢服を纏い、それよりも更に薄い桃色の衣を頭から被っていた。
「それは、男女二組という設定にするためさ」
青藍が俺の腰にそっと手を添えて、ふっと口元を緩めた。
うぅ····なんだか変な気持ちになるから、それ、止めて欲しい。
(デートイベントっていうのは昨日の夜にゼロに教えてもらって知ってるけど、そもそもどうしてこんな展開になるんだろう? 俺、あの時青藍に殺されかけたんだけど!?)
途中で意識を失ったせいで曖昧だけど、あの眼は明らかに殺 る気満々だった。
(俺の気持ちも、本当のこともぜんぶ話した。そしたら怖い顔で迫って来て、あの状況で俺の好きなひとのことなんか訊いてきて····それってそんなに重要なのかな? 俺、青藍に嫌われてる?)
けど、嫌いという感じではないのは確か。
雲英 さんが教えてくれたのだ。俺が眠っている間、ずっと傍についていてくれたこと。起きている時はまったく逢いに来なかったけど。
(でもそれも、俺が怖がってるかもしれないからって気を遣ってくれていたみたいだし。やっぱり基本は優しいんだよね、青藍って)
にしても。青藍の気持ちがいまいちわからない。そう思ってゼロに好感度を確認したら、俺の青藍に対する好感度は50だったけど、青藍の俺に対する好感度はMAXになっていた。
(いや、怖いって····情緒が)
俺のあの告白は、もしかして上手く伝わっていなかった?
身体はおそらく白煉 だけど、中身はまったくの別人だってこと。
実は暗殺者で、あなたの命を狙ってましたって、冗談で言ってると思ってる?
なんであれでこうなるの?
「青藍様、白煉が戸惑っています。もう少しご自身の距離感を考えて行動してもらえませんか?」
いつもとあんまり変わらない黒い漢服を纏った海鳴 が、俺たちの後ろ、華 雲英の右横で注意を促す。側室の姚 妃の前で花嫁宣言をしたとはいえ、まだ皇帝陛下や皇后の許可を得ていない。そう簡単に一般人(元暗殺者)が会える相手でもないのだ。
「ホントに? 嫌だった? 嫌ならすぐ離れるけど」
横から覗き込むように見下ろして、青藍が悲しそうな表情を浮かべる。腰に添えられていた手が、温度が離れ、俺はほっとする気持ちと同時に、どこか残念な気持ちにもなった。
「えっと、嫌、ではないですけど。ちょっとびっくりしてしまって····その、急だったので」
「ごめんね、ハク。今度は触れる時に触れてもいい? って訊くことにするよ」
それはそれで恥ずかしいからやめて欲しい。
「海鳴さん、そういう風に周りの目を欺くのも、今回は必要だと思いません? それにこうやってくっついていれば、迷子になる心配もありませんしね」
言って、雲英さんは海鳴の腕に自分の腕を絡め、にっこりと微笑んだ。
それには海鳴が動揺し、耳がみるみる赤くなった。表情が変わらないのはさすがだが、その心はかなり揺さぶられているのがわかる。積極的な女性は苦手なのだろうか。
確かに迷子になったら大変だ。考えた末、俺は良いことを思い付いた。
「あ、じゃあ······その、手を繋いでもらっても、いいですか?」
さすがに腕を組むのは無理と思い、俺は青藍を見上げて提案してみる。腰に触れられると、なんだかぞくぞくしてしまって集中できなかった。
でも手なら何度か繋いでいるし、幾分かマシだと思ったのだ。
「え、いいの····?」
「え? はい、ひとも多いですし、逸れたら面倒なので····お願いします」
俺は青藍を守らなきゃと思っている。元暗殺者としてそのスキルを活かすとしたら、護衛という職業もいいかもしれない。彼の気持ちはありがたいが、やっぱり現実的に考えて花嫁にはなれないだろう。
一国の皇子が迷子になってはマズいと思い、俺はすっと手を差し出した。
「なんだか、昔を思い出すよ。幼い頃も、こうやっていつも手を繋いで歩いていた。君は、憶えていないかもしれないけど、」
白煉との思い出を話しているのだろう。青藍、海鳴、白煉は歳はバラバラだが、いつも一緒だったらしい。白煉の昔の記憶は、俺の中にはどこにもない。前に海鳴に手を引かれた時、頭の中にふと過ったあの映像がその時の光景だったのだろう。
「私たちは身分も歳も違うが同友で、君は三人の中で一番優秀だった」
「俺が、ですか? 青藍様や海鳴さんじゃなくて? まったく信じられません」
「そう? 座学も武術も剣術も、君は誰にも負けなかった。暗殺者が私を狙った時のあの時の身のこなし。一瞬の判断力。私は目の前でそれを見て、その瞳を見て、君だってすぐに気付いたよ。てっきり、私に恨みを晴らしに来たんだと思ったくらいだ」
本当のことは、正直わからないけど。
白煉は失くした記憶を取り戻そうとしていた?
命じられたから、その通りに動いただけ?
本当の隠しルートを知らない俺に、その真意は予想もできない。
今唯一わかることは、青藍に握られた手はあたたかく、とても優しかったということだけ。
「この視察を終わらせたら、余った時間で君が好きなものを見つけよう」
「俺が、好きなもの?」
今回、市井をお忍びで訪れた目的。それは青藍個人が定期的に行なっている、王都の視察だった。とはいえ、皇子自らが出向くなど本来あり得ないことなのだが。
これはあくまでも乙女ゲーム(今はBLゲーム)であり、あり得ないこともあり得てしまうという前提の下、物語は今日も通常運転なのである。
「そう。君が好きそうな甘いものを探して食べ歩くという、そういう計画だ」
「青藍様、甘いもの苦手なのに?」
ふたり、並んで歩きながら会話を交わす。なんだか自然にできている気がする。不思議に思って訊ねてみたら、青藍は柔らかい笑みで応えてくれた。
「私のことは気にしなくてもいい。君が好きなもの、ふたりでたくさんみつけよう?」
その眩しすぎる笑顔に、俺は思わず見惚れてしまう。まるで、海璃みたいだと思った。無邪気な少年のような笑み。
あの頃の俺が、救われていた笑み。
(こんなの。本当に、ずるいよ····)
嫌われたくない。
守りたい。
その笑顔が、曇ったりしないように。
(俺、ちゃんと青藍を好きになってる、よね)
今はまだ、大好きなひとを重ねてしまうけど。
目の前にいるひと。触れれば、あたたかい。生きていると、感じられる。俺はたぶん、青藍に恋をしているんだと思う。そうなら、いい。前に進めてるんだと、実感できるから。これで、いいんだ。
「ありがとう、ございます····嬉しいです」
素直な気持ち、ちゃんと言えた。
傍にいられるなら、これ以上は望まない。
だから、どうか。
もう二度と、目の前から消えてしまわないで。
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