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番外編 髪を結う幸せ
まだ太陽も昇らない、薄暗い時間。従者たちはすでに動き出していたが、まさか皇子が徘徊しているとは思っていなかったようで。何人かにわかりやすく驚かれてしまった。
こんな時間から向かう場所。
それはもちろん、白煉の所だ。
白煉はこの隠しルートの攻略対象で、ヒロイン。性別は男だが、見た目は長い白銀髪に赤い大きな瞳の可愛らしい少年。
色々あって主人公の青藍に転生した俺は、つい先日、この白煉が俺の幼馴染で現在進行形で片思いをしている白兎だと知った。
白兎は俺が青藍に転生してしまったように、ヒロイン(男)の白煉に転生していたのだ!
そう、隠しルートは中華風BLルート。本編は中華風乙女ゲームだが、この隠しルートではちょっと仕様が異なるのだ。
声をかけるでもなく、そっと扉を押す。朝が苦手な白兎は絶対に眠っている時間の····はずだった。
「青藍様? なにか用ですか?」
「は、白煉⁉ あ、ああ、ちょっと華 雲英 に用事があって、だな····」
「雲英さんなら、いないみたいですよ? あ、でもなぜか青藍様あての書置きが、」
ちなみに、白兎は俺が青藍に転生していることを知らないが、彼自身は転生者であることを暴露したばかり。
そのおかげで、俺は白煉=白兎ということを知り、前以上に優しくしなきゃという気持ちと、白煉に対する恋愛感情を示す好感度がおかしなことになっていた。
「はい、これです。ちなみに俺は読んでいないので、安心してください」
白煉は俺を見上げて自然に右手を取り、メモ紙をそっと手渡してきた。頭ひとつ分は背の低い白煉。
見上げられるとその可愛らしさに心臓が無駄にばくばくする。ただでさえ嘘を付いて部屋に入ったという罪悪感もあり、動揺して余計なことを口走ったらおしまいだ。
『青藍様。内医院でサブクエストをやってくるので、その間ハクちゃんを頼みます。もし起きていたら、着替えさせて髪の毛を結ってあげてください。よろしく~。追記。ハクちゃんの髪の毛触って、変な気を起こしてムラムラしないように(笑)』
キラさん····?
白煉の親友枠である雲英(乙女ゲーム本編ヒロイン)は、このゲームの絵師であるキラさんが転生している。
三人とも事故でおそらく亡くなり、なんの縁か同じこのゲーム内のキャラに転生しているのだ。
「雲英さん、青藍様になんの用だったんです?」
「あ····えっと、着替えの手伝いと君の髪の毛を結ってあげて欲しいと、書いてあった」
「は?」
白煉がものすごく疑問に満ちた眼差しで俺を見上げてくる。いや、わかる。わかるけど、本当に書いてあったんだからしょうがないだろう⁉
寝間着の白い単衣だけ纏っている白煉。寝台の横に用意されている衣裳は綺麗に畳まれていた。俺が最初に贈った白と赤の漢服と帯、それから赤い髪紐飾り。
「ほら、ここ。身体を拭いて、用意している衣裳を着せて欲しいと書いてある」
二枚重なっていたメモの二枚目にやって欲しいことが書いてあった。ちなみに余計なことが書いてある一枚目はくしゃりと潰して袖に隠した。
「そ、それは自分でできます! か、髪の毛だけ····お願いします」
「え? いいの? 嬉しい」
「あっち、向いててください」
俯いて"あっち"を指差した白煉に対して、俺はにやけそうな口元を隠して指示通りにくるりと後ろを向いた。
男同士なのに着替えを見られるのが恥ずかしいなんて、乙女か! と思ったが、逆に助かったかもしれない。
(やばい。衣が擦れる音だけでもなんかやらしいんだけどっ)
どきどき。
なんだこれ、新手の拷問? 想像しちゃうだろ。白煉が恥ずかしがりながら、いそいそと袖を通してる姿····。
俺はもんもんとしながらなんとかこれに耐え、「もう大丈夫です」という声が背中にかけられたことでようやく解放される。
振り向くと、不器用ながら着付け終えた白煉の姿があった。
すごく気になったので衣の合わせ部分を整えてやると、「あ、すみません」と白煉は衣を直す俺の手をじっと見つめていた。
「じゃあ、そこに座って? 簡単な結び方で良かったら私でもできるから」
「···それじゃあ、青藍様と同じのでいいです」
俺と同じ? ただのポニーテールだけど、それでいいのだろうか?
いつもはキラさんが時間をかけて結っているのを知っている。可愛らしくサイドを三つ編みにして後ろでハーフアップにしていたり、お団子を作ってあげたり。様々だ。
あのひと、どこであんな技術学んだんだ? 雲英が元々できていたことなら、納得だけど。
椅子に座らせ、その後ろに立つ。触れた白銀髪の髪の毛は柔らかく、綺麗だった。木の櫛で丁寧に梳く。撫でるように、優しく触れて纏めていく。
「今更ですが····こういうのって、皇子様がすることじゃないんじゃ」
「気にすることはないさ。なんなら私にはご褒美だよ?」
「え、ええっと? ····どういう、意味で?」
いや、そのままの意味なんだけど。
もうちょっと言葉にしてあげた方が自覚してくれるかな?
俺は白煉のうなじをじっと見つめ、その色ぽさに目を細めた。
「たとえば、こうやって無防備な君に触れられるのも役得だし。普段見られない場所を間近で見られるのも、私にとってはご褒美だよ」
耳元で囁くようにそう言って、結い終えた髪の毛から手を離した。表情は見えないけど、白煉の耳が真っ赤に染まっていて、その反応に満足する。赤い髪紐飾りを手に取り、ひとつに纏めた髪の毛に巻きつけるようにさらに飾る。
「これで完成だ。我ながら完璧。鏡で見てみる?」
はい、と丸い手鏡を手渡すと、鏡越しに白煉の表情が見えた。
「·······ありがとう、ございます」
めちゃくちゃ嬉しそう! はにかむような笑顔がまたたまらないんだがっ⁉
「おそろい、ですね」
鏡越しに映った白煉と俺の姿。
おそろい。
同じ髪形が嬉しいってこと?
やばい。
抱きしめたい。
(いや、だめだって! 絶対、白兎はそういう意味で言ってないからっ)
ここで理性を失って、先走ったら最後。ヒロインに引かれるか嫌われるに決まっている。俺はなんとか葛藤を抑え、ふっと口元を緩めた。
「お気に召しましたか、お嬢さま?」
恋愛イベントは明日。
少しは青藍 のこと、意識してくれてる?
鏡越しに見えているその表情は、いつもみたいに困ったような笑みを浮かべていたけど、ほんの少しだけ柔らかく見えた気がした。
番外編 髪を結う幸せ ~完~
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