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第32話「植え替え」
「宗一さん、珈琲か紅茶飲みます?」
「あぁ、お願いしようかな」
キッチンで彼のお気に入りのカップを取り出す。
宗一さんもやってきて、飲み物を選び出した。
「もう寝るだけだし、紅茶にするよ」
「わかりました」
せっかくだから茶葉から美味しく入れる方法を調べよう。香りを飛ばさない入れ方、というのも役に立ちそうだ。宗一に教えてもらった方法でブックマークし、画面を見ながら用意する。
耐熱のガラスポットにお湯を入れ、先に少し温める。
「……宗一さん、紅茶の種類は」
何にしますか。そう言おうとして振り返ったら、唇が重なった。
白希が振り返ることを想定していたように、彼は屈んでいた。
静かな時間が流れる。ばっちり目を合わせたまま、動けなかった。彼があまりにも落ち着いていたから……動揺してる自分がおかしいような気にさせられる。
多分、そんなことないのに。
「……っ」
彼があまりにも堂々としてるから、恥ずかしがってることが恥ずかしくなる。俺ばかり混乱するのもちょっと不公平だ。
「……キスはしないって言ったのに」
「うん? 今のは事故だろう。何なら君の方からしてきたんだ」
悪びれずに答える彼に、遅れて反発心が芽生える。
「宗一さんはズルいです」
「ふふ。逆に、そんな良い大人だと思ってた?」
宗一は首を傾げ、可笑しそうに笑った。
「実際に会ってみないと分からない。話してみないともっと分からない。人間はそういうものだ」
「……だから、もっと警戒した方がいいと?」
「察しがいいね。その通り」
棚に背を預ける白希を挟み込むように、宗一は両手をつく。
下に屈んで、彼の腕の中からすり抜ける。どんな時でも、冷静になれば突破口があるものだ。
「会ってみなきゃ分からないのは、その通りだと思います。でも俺の場合は、会ってみたら想像していた以上に優しい人だったんです。好きにならない、わけがない」
警戒なんてできない。
俯きながら、だけど笑いながら零した。
本人を前にして大胆過ぎる告白だと思ったけど、彼が普段仕掛けてくる甘い罠に比べれば大したことない。
口にすることで頭の中も整理できるし、自分の本心に気付くこともできる。
暗いことは隠しておきたい質だけど、明るいことは何度でも言いたいし、伝えたい。せっかく自由なんだから。
少々手持ち無沙汰で指を折ったり曲げたりしてると、宗一は棚から茶葉が入った袋をとった。
「強いて言うなら、そういう純粋なところが危なかっしいんだけどね。可愛いから、何かどうでもよくなっちゃった」
「そんな……女の人ならともかく、俺のどこか可愛いんですか」
「可愛いよ。昔の小さな君も、私に愛の手紙を書いていた君も、不安ばかり抱えてる君も。……少しの間に成長して、自分の意志を伝えられるようになった君も、本当に可愛くて愛しい」
可愛い、と言われるのはいつまで経っても慣れない。
けど、俺も今ならはっきり言える。
宗一さんが好き。大好き。
それならもう、彼に相応しい人間になるしかない。
「今は全然、駄目な人間だけど。……努力します。貴方の、つ、妻になれるように」
「へえ。その台詞は、もう結婚承諾として受け取っていいかな?」
「いえ! プロポーズ。の、予行練習。……です」
火照った顔を隠すように俯き、口ごもる。
「まだ普通の生活すらできない俺が、結婚生活に馴染めるとは思えないんです。だから先日お話したように、先ずは家事を完璧にこなしてみせます! それを見て、他にも色んなことを考慮した上で、ご判断ください」
「急に面接官みたいになったね」
ちょっと違うと思ったけど、宗一さんは納得したように手を叩いた。
「私は白希が家事をできなくても構わないんだけど」
「駄目です、甘やかしたら! もっと厳しくしてください!」
「うん。そう言うから、楽しみにしてるよ。でも私の為に努力しようとするなんて……それだけで幸せだけどね」
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