40 / 104

第40話

新しい出会いと繋がり。 雑談をして、笑い合って、触れ合う機会も何回かあったけど、最後まで力は働かなかった。 ────誰も傷つけなかった。 文樹さん達と別れ、家に帰ってからも、それはそれは落ち着かなかった。 宗一さんが帰ってきてからは、矢継ぎ早に今日のことを話した。初めて同年代の方と連絡先を交換したと話すと、彼は自分のことのように喜んでくれた。 「さすが! 力を制御できたこともすごいのに、友達までできたんだね」 「あ、ありがとうございます」 友達……。 まだそこまでは言えないかもしれない。初対面だし、遊んだわけでもないから。 でも、そうなれたら良いな。嬉しそうな宗一さんを見て、より一層想いが強くなる。 「あ……! それともうひとつ。文樹さんから、結婚してるのか訊かれまして。宗一さんが仰っていた通り、指輪って目立つんですね」 隣りに寄り添う彼の左手に視線を移す。 とても小さなものだけど、強い力を秘めてるんだ。 「そうだね。気になる人がいたら、まず指輪をしてるか見るから。……それはさておき、白希は何て答えたの?」 「えぇ。その……婚約者がいます、と。性別までは答えられなかったんですが」 みるみる声が小さくなる。自信なく答えてしまったけど、膝の上で拳を握り締める。 「ずっとずっと好きだった人……ということは、言ってしまいました」 文樹さんがぐいぐい訊いてくるものだから、途中からはただの惚気けになってしまったけど。 「……自分のことは誇れなくても、俺にとっては宗一さんが誇りだから。ここは躊躇いなく答えられました」 手は膝に乗せたまま、顔だけ彼の方へ向けた。 誰かに言ったら呆れられてしまうけど、これまでは外出も一人でできなかった。けど今日無事に行ってこられたのは、宗一さんが背中を押してくれたおかげだ。 「白希は本当、無自覚で褒め尽くすんだからな。反則だよ」 「わっ」 頬を指で押され、思わずよろける。 「私は自分が誇れるような人間とは思わない。むしろその逆……でも君にそこまで言われたら、本気で自惚れてしまいそうだよ」 「自惚れなんかじゃないです。宗一さんは俺の理想で、世界そのものですよ」 目を逸らさずに答えると、彼は露骨に頬を赤らめた。 「最近、可愛い台詞に磨きがかかってるっていうか……とにかく今すぐ抱き締めたい感じなんだけど、いいかな?」 「何ですか、ソレ」 可笑しくって吹き出した。多分、宗一さんの方がずっとピュアだと思う。いつも超然としてるイメージだったけど、案外よく照れるし、表情も感情も豊かだ。 やっと“素”の彼を見せてくれてる気がして、正直すごく嬉しい。 もっと色んな宗一さんが見たい。 腰を少し浮かして、彼の柔らかい髪をそっと撫でる。 「白希は自分を過小評価してしまいがちだけど。君は自分が思ってるよりずっと大人だ」 彼の髪から手を離すと、今度は彼に抱き寄せられた。 「私は君に救われた。君の想いが込められた手紙がなかったら、本当に退屈な毎日を送ってたよ」 「……もしかして、私の手紙をまだ持ってるんですか?」 「もちろん。全部大事に保管してる」 宗一さんは立ち上がり、どこかへ行こうとしたけど、途中で引き返した。 「見せようと思ったけど……やっぱりやめよう。白希はすぐ恥ずかしがるから、捨ててほしいと言ってきそうだ」 「う……!」 図星だ。十年前に書いた手紙なんて、絶対正視に耐えない。目の前にあったら彼が止めてもビリビリに破こうとするだろう。 当時は宗一さんに飽きられないよう必死だったし、とにかく重い好意を書きなぐってた気がする。全然思い出せないけど、子どもの頃の病んだ自分を思うと目眩がしそう。 「そ、宗一さん? せめて、俺が求婚してきた、っていう手紙を見せてもらえませんか?」 「うーん。あれが一番宝物だからなぁ……可哀想だけど、朗読で我慢してくれ」 「朗読はしなくていいです!」 「遠慮しないで。何度も読み返したから、一字一句違えずに言えるよ」 「駄目駄目! その記憶は削除してください……!」 近くへ寄ってお願いするけど、彼はどうしよっかなーと言ってコーヒーを入れ始めた。絶対俺をからかって楽しんでる。変なところで意地悪なんだから……。 愛の手紙は爆弾と同じだ。あれのおかげで宗一さんと繋がれたけど、内容は本当に痛い。気分的には吐血できそうだ。 それに、冷静でいられない理由はもうひとつある。 「俺も宗一さんの手紙は大事に仕舞っていたのに……あの火事で全てなくなってしまいました。本当に申し訳ないです」 彼との手紙が一番の宝物だった。初めこそ母に言われて送ったものだったけど、彼の返事が唯一の楽しみになって、生きる意味に繋がったんだ。 左手を押さえながら零すと、目の前にホットミルクが入ったコップを差し出された。 「今はこうして、毎日顔を見ながら話せる。今の君に手紙は必要ないよ」 彼は悪戯っぽくはにかむ。 「内容は忘れても、その時抱いた感情は覚えてることが多い。君が私をすんなり受け入れてくれたのも、私との文通が楽しかったからじゃないか……って勝手に解釈してたんだけど、合ってるかな?」 眩し過ぎる笑顔に見惚れながら、慎重にコップを受け取った。 「ご想像通りです」 笑って返すと、彼も嬉しそうに微笑んだ。 彼とは文通友達。それだけの関係なんだけど、いつしか俺の方が耐えられなくなったんだ。 この狭い箱から飛び出して、外の世界を教えてくれた宗一さんに会いたい。その一心で手紙を書いていた。時が経ち、便箋が増えるほど、その想いは強くなった。 「実は……初めは母に言われて書いたんです。あの頃はまだ宗一さんは村にいたから、繋がりを得ようとしたんでしょうね」

ともだちにシェアしよう!