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第79話

「大我っ!」 「いたっ! 何すんだよ、文樹」 早朝、大学に着いたと同時に、後ろから何かのファイルで頭を叩かれた。 大我が振り返ると、そこにはいつもと違い、険しい顔つきの文樹がいた。 「何度も連絡したのに無視しやがって……ちょっと来い!」 「わわっ」 襟を掴まれ、危うく転びそうになる。だが文樹は人の目も気にせず、大我を引っ張って中庭へ向かった。 こんなに怒っている彼を見たのは久しぶりだ。内心苦笑しながら、襟を握る手が離れていくのを眺める。 「未だに白希と連絡がとれない。お前、絶対何か知ってるだろ。何したんだよ!」 文樹の台詞は、予想通りのものだった。 白希は彼の友人で、バイトも一緒だ。突如連絡がとれなくなったら、それは心配するだろう。 けど自分に向けている怒りは、それとは別物だ。 「三日前、お前の言う通りの道で白希と帰ったら、黒い服を着た変な奴らに襲われた。あいつらとグルなのか? 白希は変なもん嗅がされて、連れ去られそうになったんだぞ! 全部正直に言わなきゃ、今すぐ警察に通報して、お前が絡んでたことも話す」 「文樹ちゃーん、落ち着いて。……本気で、俺を売るっての?」 両手を前に、冗談めかして尋ねる。すると彼は、辛そうに顔を歪めた。 「だから……そうさせる前に話せっての……!」 風がやんで、嫌に静寂が広がる。 何にも触れてない指先に痛みが走る。爽やかな陽気だというのに、息苦しい。 「白希は無事だよ」 どんなに白希を大事に想ってようと、正義感があろうと、文樹が裏切るとは思えない。そう思えるほどには時間を重ねてきた。 でも彼が一番欲しい回答を真っ先に取り出してしまうところは、俺も彼に甘い。 「今のところ元気に過ごしてる」 「本当に……? じゃ、何で連絡とれないんだよ。白希の旦那さんも、白希と連絡とれなくて心配してんだぞ」 水崎宗一か。 白希と親しいんだから当然だが、文樹の口からあの青年の存在を聞くのは少々複雑だ。 何せ兄は、彼がいたことであれほど変わってしまったのだから。 「詳しいことはまだ言えない。でもそのうち絶対会えるから、それだけ宗一さんに伝えといてよ」 「何だそりゃ……お前ら、本当に何が目的なんだよ……」 文樹は唇を噛み、それまで躊躇っていたであろう言葉を口にした。 「お前がいた村が関わってるのか」 「……文樹には関係ないよ」 実際問題、彼をこれ以上関わらせてはいけない。これはあくまで兄が始めたことだ。そして、村の奴らが始めたこと。 「……宗一さんも、警察に言う気はなさそうだし。二人揃って何なんだって思ってたよ。でもやっぱり、お前も含めてだ」 指をさされた為、その手を掴んで引き寄せてやった。腰を支え、息が当たりそうな距離で答える。 「警察に解決できることじゃないからな」 ため息混じりに目を眇めると、文樹は心底分からない、という目で見返してきた。 分かってほしいとは思わないし、もし分かったら重症だ。自分を許さず安全圏で生きてほしい、と大我は密かに願った。 「でも、俺はお前が好きだ。それは本当」 「……っ」 額をつけて、文樹に囁く。 彼は否定も肯定もしなかった。 講義が始まる寸前、彼から手を離した。 「馬鹿野郎……っ」 ひとり取り残された文樹は、張り裂けそうな声で額を押さえた。

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