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第98話

ポケットに手を突っ込み、道源は宗一の方に向いた。 「久しぶり。やっと会えたね、宗一」 「……あぁ。私から会いに行くつもりだったのに、悪いな」 宗一が皮肉を込めて睨めつけると、道源は嬉しそうに頷いた。 「宗一は天然だから仕方ないね。お姫様からすぐに目を離しちゃうし、ナイトには向いてないんじゃないかな」 地鳴りのような音が聞こえた後、男達が一斉に倒れ、跪いた。どうやら上から見えない重力をかけられている。 宗一はにこやかに、しかし低い声で答える。 「おっと……力をかける場所を間違えた」 踵を返し、獲物を狩るような鋭い視線を道源に向ける。 大我は底知れない威圧を感じ、後ろへ下がった。 こわ……。 ここにいたら道源のついでとして、一緒に巻き添えにされそうだ。さりげなく後ろへ下がって離れようとしたが、兄に呼び止められてしまう。 「大我。まだここにいなさい」 「え。は、はい……」 残念ながら逃がしてくれないらしい。大我はため息を飲み込んだ。 そもそも兄まで来るとは思わなかった。村人達の動向を教えてくれたのは彼だが、いつだって高みの見物を楽しんでいるから。 それほどまでに、白希が心配だったか……今度こそ宗一が出てくると確信していたのだろう。 兄は宗一を好いている。それは恋愛感情とは少し異なっていたが、お気に入りには間違いない。 村を出てまで追いかけるぐらいだから、尋常ではない執着心だ。なのに核心的なことは言わないし、しない。そんな兄が心底理解できない。 道源は少し仰け反り、それから宗一に抱えられてる白希に声を掛けた。 「白希、久しぶり。怪我大丈夫かい?」 「あ。はい……」 「良かった。どうする? 僕のところに帰ってくる?」 眼鏡を軽く持ち上げ、微笑む。同時に、宗一は厳しい表情を浮かべた。 「……」 白希は困ったように視線を泳がしていたが、やがて意を決したように答えた。 「……いいえ」 「そ。オーケー、分かった」 良いんだ……。 大我は心の中で突っ込んだが、兄の考えてる事は分からない。飄々としている彼が本当に恐ろしかった。 と言っても、宗一も恐ろしいが……。 未だ強い重圧を男達にかけている宗一は、少しでも機嫌を損ねれば彼らを押し潰しそうだ。 恐らく村で一番強大な力を持っているのは彼だ。村の男達は宗一のことをまるで気にしていなかったようだが、愚かにも程がある。 道源が所有しているのは硬度操作という、大我以上に地味な力だ。やはり大きさも派手さも、宗一の重力操作が一番だろう。 背筋が凍る思いで唾を呑み込む。すると、道源はなにか取り出し、宗一の胸ポケットに差し込んだ。 「これを返しに来たんだ。宗一ってば、いきなり白希をさらっちゃうんだから」 それは白希のスマホだった。 「ありがとう。……最初にさらったのはそっちだけど」 「あはは、だから誘拐じゃなくて保護だって」 可笑しそうに答え、道源は男達の手前に屈んだ。 「上からすみませんね。……皆さん、傷害で警察に引き渡されるより、地元で平和に暮らした方がずっと良いと思いません?」 「は……?」 「貴方達がしたことは、僕も別のビルから動画で撮影してました。これを使えば、貴方達は地元からも厄介者扱いされて、どこにも帰れなくなりますよ」 道源は自身のスマホを取り出し、動けない彼らに向けて、白希を無理やり拉致する動画を再生した。 「村の言い伝えなんて社会においては妄言でしかない。貴方達は無害な青年を暴行した、ただただ頭のおかしい人間としか見られないんだ」 「……っ!」 道源の言う通り、そんな言い伝えを本気で信じているのは村の者だけだ。ひとたび外に出れば、何を馬鹿なことを、と一笑されるだろう。 しかしそんな言い伝えを本気で信じてしまうほど、自分達の力は強大で、非現実的だ。宗一は密かに眉を寄せた。 「白希はほとんど力をコントロールできてると、この宗一が太鼓判を押してるんですから。安心して村にお帰りください。むしろここに留まる方が祟りがふりかかりますよ」 道源はおどけて言ったが、宗一はそれに乗じて重力を上げた。耐え兼ねた男のひとりが、とうとう音を上げた。 「わかった!もう白希には関わらない。約束するから頼む、助けてくれ!」 それを皮切りに、残された二人も宗一に降参の意思を示した。白希にした仕打ちを思えば生温いぐらいだが……不安そうにしている白希の手前、これ以上続けるのは悪影響でしかない。大袈裟にため息をつき、宗一は力を解いた。 「宗一が優しくて良かったですね。でも二度目はないでしょうから……皆さん、お気をつけて」

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