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第104話

長く短い、息を止める時間。 顔を離して確認すると、宗一さんの頬は熱があるように赤く染まっていた。 「私は相当なんだろうけど、白希も自覚がなさそうだ。君も充分、私を甘やかしているよ」 「あはは。そっか。それは確かに知りませんでした」 要は、お互いにベタ惚れのようだ。他所様に見られたらそれなりに恥ずかしい。 二人で顔を見合せ、笑い合う。 こんなささいな日常がどうしようもなく大切で、愛おしい。 もう失いたくない。守りたいのはこの人の笑顔と、この時間だ。 「白希、ちょっとだけ目を瞑って。プレゼントがあるんだ」 「え!? 宗一さんまた……嬉しいけどプレゼント買い過ぎですよ……!!」 「まぁまぁ、今回は見逃してほしいな。私達にとって必要なものだから」 ほら、と急かされ、諦めて瞼を伏せる。 大人しく座って待っていると、左手を取られた。指になにか、ひんやりしたものがはめられる。 「よし、ぴったり。もう目を開けていいよ」 光が戻ってくる。 徐々に開けた視界にうつる、自身の左手。その薬指には、銀色の輝きを放つ指輪がはめられていた。 「宗一さん。これ……」 「うん。待たせてごめん。今度は本当の本当に、結婚指輪だよ」 以前のペアリングは、白希の力によって熱でとけてしまった。それは彼に謝罪し、身につけられないことも受け入れていたのだけど。 新しい……夫婦の証を、再びもらってしまった。 思わず二度見し、宗一の左手にも同じリングがはめられているとこを確認する。 「ううっ……いつもいつもごめんなさい、宗一さん、……ありがとうございます……!」 「あはは、喜んでくれて良かった。だから泣かないで、ね?」 「無理です……嬉し泣きだから……」 乱暴に袖で涙をぬぐうと、宗一さんは苦笑しながらタオルを持ってきてくれた。 以前自分が溶かしてしまったリングも、彼が大切に仕舞っておいてくれてることは知っている。それだってずっと申し訳ないと思っていたのに。彼はどんな時も、願いすらしなかったことを先回りして叶えてくれる。 これだから、やっぱり何が起きたって幸せなのだと思える。 「本当に、ありがとうございます。宗一さん」 左手の手のひらを合わせて、もう一度唇を重ねた。 まだ消えない傷も、すぐに高まる熱も、当分は変わらないけど……全然怖くない。 俺は誰に対しても、胸を張って言えるだろう。 この人が好きだ。愛してる。 記憶の中で生きる“彼女”と、心の中で生きる“彼”。二人の為にも、一日一日を大切に過ごしていく。 「“君”は覚えてないかもしれないけど……どんな白希でも、私の妻だ。永遠に愛することを誓うよ」 宗一さんは目を眇めて、俺の手をとった。 いつかの夜と同じく、シーツが軽く宙に浮かぶ。 この小さな空間が、俺にとっての居場所。彼がつくってくれる、優しいせかい。 白希はシャツを来て床に足を下ろし、紅の羽織りを持ってきた。 大切な人の意志は、自分の中に受け継がれている。失うことはないし、俺も誰かに伝えていきたい。 だから今は、大好きな人に笑ってほしい。 「お。嬉しいね、白希からお披露目してくれるなんて」 「ええ。宗一さんが、俺の舞が好きだと言ってくれたので」 もちろん最高に恥ずかしいけど、彼の喜ぶ顔が見たいんだ。 こんな自分を一から百まで愛してくれた彼の為に。 「白希」 何度交わしたか分からない視線。 言葉。 飽くことなく、褪せることなく、俺の中に馴染んでいく。 たった一人の観客は、俺の世界を象る人。 「これからも、私の最愛の妻として。よろしく」 舞い落ちる木の葉のように手のひらを返し、入れ込みをして構える。 今は嬉しさの方が勝ってるから、ちょっと浮ついた舞になってしまうかもしれないけど。 「はい。精一杯やりますので……これからも、宜しくお願いします!」 彼に向かって手を翳し、羽織をとる。重力なんて感じさせない最高の舞台で、鮮やかな紅が靡いた。

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