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たかやしき総合病院

 東郷の部屋を訪れた翌日、門叶と錦戸は、たかやしき総合病院に足を運んでいた。  診療科と病床数が多いことで都内でも有名な病院の広報誌を、昨日門叶が散らかした書類の中で見かけたからだ。  目に付いたのは、ドックイヤーの目印をつけてあったページ。  そこには、院長の挨拶文や顔写真などが掲載されていた。  なぜ、東郷が湊の父親が経営する病院の広報誌を持っていたのか。  門叶はそこが引っかかった。  東郷と湊の接点は、ほとんどない。  講義も受けていなければ、講師は生徒の顔すら覚えていないだろう。  それなのに、病院の広報誌を手元に置き、湊の父親が載っているページに印をしていることが、ささくれが刺さったように気になる。  東郷が個人的に、湊の両親と親交があるのかもしれない。それを確認しようとやって来た。  それに、湊の幼馴染だった千歳の話も、もしかしたら両親から聞けるかもしれない。  門叶達は、外来が終わるまでの間、一階にあるフロアを一周したあと、中庭へ行くために渡り廊下を歩いていた。  前を行く錦戸の後ろを歩いていると、廊下手前にある非常階段の扉が突然開き、避けようとして門叶は尻餅をついてしまった。 「す、すいません! 大丈夫ですか!」  扉から出て来た看護師が、慌てて門叶に手を差し伸べてきた。 「だ、大丈夫です、俺もよそ見してましたから」  立ち上がりながら門叶は、看護師が手にしているものを見てギョッとし、思わず自身の体を確認した。 「何ともなくてよかったです。本当にすいませんでした」  門叶の動揺に気付かず、看護師は一つに束ねた髪を揺らしながら、中庭へと足早に駆けて行った。  廊下の先にいた錦戸が「大丈夫か」と、訝しげな顔で労ってくれる。 「あ、はい。でもびっくりしましたよ。彼女が持っていたじょうろが一瞬アレに見えたんですよ。ほら、あの尿を入れる……なんて言ったっけな」  モノの名前が出てこず、地団駄を踏んでいると「彼女か?」と、錦戸の指し示す女性に目を向けた。  視線の先には、じょうろで水を汲むさっきの看護師の姿があった。 「あ、あの人です。彼女の持っている──」 「尿瓶か」 「そう! それですっ。もう、浴びちゃったと思いましたよ」  必死で訴えると、錦戸の口がポカっと半開きになっている。門叶は、そんな顔しないでください、と苦笑しながら訴えた。  とにかく尿を浴びずにすんだとホッとした時、慌ただしく駆け寄る足音が後ろから聞こえ、門叶は身構えながら振り返った。 「あー、いたいた。|諸岡《もろおか》さん!」  甲高い声が門叶の耳元を通り過ぎると、少し年配の看護師が、水やりする看護師へ詰め寄っている。 「主任、どうしたんですか?」 「どうしたんですか、じゃないでしょ。師長がピッチ鳴らしても出ないって怒ってるよ」  諸岡と呼ばれた看護師が、胸ポケットからPHSを取り出し画面を見た途端、「すいません!」と、先輩看護師に謝っている。 「いいかげん水やりなんて、清掃の人に任せたら? 東郷さんに頼まれたわけじゃないんだし」  ほら、行くよ、と小走りになる主任の後を、諸岡と呼ばれた看護師が慌てて後を追って行く。  横を通り過ぎて行く看護師二人を横目に、門叶と錦戸は顔を見合わせていた。 「キドさん、今『トウゴウ』って……」  錦戸の頷く仕草を見るや否や、門叶は束ねた毛先を追いかけた。 「す、すいません! あの、ちょっと」  建物に入る手前で諸岡に追い付くと、息絶え絶えに声をかけた。  不審な顔で振り返った彼女が、急いでますと言わんばかりに足踏みしながら、「何か」と睨んでくる。 「急いでるとこ申し訳ありません、私、赤羽警察署の門叶と言います。少しお話をお伺いしたいのですが……」  荒い息遣いで警察手帳を提示し、繁々と見てくる諸岡の返事を待った。 「刑事さんが何の用ですか? 私、早く行かないといけないんです」 「お聞きしたいことがあるんです。今さっき、あなたが仰っていた『トウゴウ』と言う人のことで」  門叶の発した言葉に、一重で吊り上がった目を瞠目させ、諸岡が喉元を上下させている。  眉を歪ませながら、「東郷さん……ですか」と、聞かれたことの理由に、諸岡が心当たりのあるような顔をしていた。  門叶は頷き、ある事件のことで、と簡潔に説明した。 「……分かりました。あと一時間で勤務を終えます、ここで待っててもらえますか」  ありがとうございます、と門叶が頭を下げると、諸岡が睥睨だけを残し、建物の中へと消えて行った。

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