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第2話
すったもんだあって、西園寺家の上のご子息、総一郎さまと恋人関係になったのは二ヶ月前のことだ。
ありがたいことに、旦那さまも奥さまも交際自体は認めてくださった。だけど下のご子息の良太郎くんはまだ中学生で多感な時期のため、家の中での過剰な接触は禁じられている。
もちろんそのことについては異論はない。今までみたいに総一郎さまにちょっかいをかけられることもなくなり、仕事に集中出来るとホッとしたくらいだ。
しかし総一郎さまはそのことが不満で仕方ないらしい。西園寺家は城のように馬鹿でかく、家族の居室同士も遠い。そのうえ壁は厚いし部屋には鍵もついている。そして大きなふかふかのベッドも置いてある。ともなれば、若い総一郎さまが我慢できるわけもなく……。
ちょうどあれは二週間ほどまえのこと。
いつものように業務終了の報告に来た俺を、総一郎さまは自室に引き入れた。その日は土曜日で、俺も総一郎さまも休日前だった。そのうえ旦那様と奥様は外出中。だから俺は密かに思っていた。今夜だったら少しくらいいちゃいちゃできるかもしれないぞ、だなんて。
そしてそう思っていたのは俺だけではなかったらしい。
総一郎さまの部屋に入った瞬間、俺はたくましい胸の中に抱き込まれた。すぐに顎を引き上げられて、「和希」という甘い声とともに総一郎さまの唇が降ってきた。チュッ、チュッと可愛らしい音が響き、総一郎さまが俺の唇をついばむ。
「総一郎さま……」
俺はあまりの心地のよさに、うっとりと愛しい恋人の名前を呼んだ。
「和希……」
俺の名前を呼び返してくれる総一郎さまに、今度は俺から唇を重ねた。すぐにキスが深くなり、俺たちは息を乱しながら傍らの大きなベッドにもつれ込む。
「……っ、は」
激しくなった口付けの隙間から、どちらのものかわからない吐息が漏れた。舌を絡め、口内を舐め合い、唾液を交わし合う。唇を離すと、つうと二人の間を繋いだ銀糸が切れる。
キスだけで火が付いたように下腹が熱くなっていた。俺は溜まらず熱い息をはきだし、総一郎さまの首に両手を巻き付けてぐっと勢いよく身体を回転させた。ころんと総一郎さまの身体も一緒に半回転し、俺は総一郎さまの上に跨る形となる。
「か、和希?」
上から見下ろした総一郎さまが目をぱちぱちと瞬いている。俺はそんな総一郎さまにそっと微笑みかけた。
「大丈夫です、俺に任せてください」
ここは年上のテクニックの見せ所だ。ぜひ総一郎さまには気持ちよくなっていただかなくては。
唇にひとつ軽いキスを落とし、総一郎さまのシャツのボタンに手を掛けるがーー。
「あ、あれ!?」
その瞬間総一郎さまが勢いよく身体を回転させた。とうぜん俺の身体も回転に巻き込まれ、一瞬のうちに形成逆転。俺の上に総一郎さまが跨った。にっこり笑って総一郎さまが意気揚々と宣言する。
「何を言う! 俺が君をかならずや気持ちよくしてあげよう!」
「え? いや、でも……」
総一郎さまはご主人様で、俺はただの使用人に過ぎないのだ。どう考えてもやはり俺が頑張らなくてはいけないだろう。
俺は急いで首をぶんぶん振った。
「やっぱり総一郎さまにしていただくなんて恐れ多いです!」
そう言うが早いか、俺は総一郎さまの腰に両足を巻き付け、「ふん」と半身を回転させながら起き上がった。またまた総一郎さまの上に跨ると、彼はなぜか焦ったような顔をしている。そしてちょっと顔色も悪い。
どうしたんだろう? と首を傾げた瞬間、俺の腰を掴み総一郎さまが起き上がった。俺の身体はころんと転がされ、また総一郎さまが上になる。
「あ! ちょっと総一郎さま!」
「いいからいいから。遠慮するんじゃない」
総一郎さまがにっこり微笑んだが、俺は別に遠慮しているわけじゃない。余裕綽綽の様子に腹が立ち、キスをしようと顔を近づけきた総一郎さまを引っ張り、またころんと転がしてやった。
俺にのしかかられた総一郎さまが唇を尖らせる。
「なぜ君が上になる?」
「いやいや、総一郎さまこそ! 大人しくしてくださいよ」
再びシャツを脱がそうと俺は手を伸ばすが。
――ころん。
あっという間に転がされ、俺の腰の上に総一郎さまが乗り上げた。総一郎さまは俺よりもかなり体格がいいので、体重をかけられたらさすがに起き上がれない。歯噛みする俺に、総一郎さまがにこにこ笑う。
「さあいいから力を抜いて!」
悔しくなった俺は、苦肉の策で総一郎さまのわき腹を両手で掴んだ。無防備なわき腹にくすぐり攻撃をお見舞いする。
「わ、わはははは!」
身を捩って笑う総一郎さまを、俺はしめしめと押し倒した。
「君、ちょっとずるいぞ!」
「何言ってるんですか! こういうときはなんでもありなんですよ!」
「言ったな!」
当初の甘い雰囲気はいずこへ。ここまでくるともうほとんどつかみ合いの取っ組み合いだった。俺たちはごろごろと上になり下になり、ベッドを転がり続ける。いくら総一郎さまのベッドが大きいといっても所詮ベッドはベッド。
「ぎゃっ」
「うぐっ」
転がり続けた俺たちは、当然ベッドの端からドスン、とものすごい音を立てて仲良く床に落下した。
「い……痛い」
「すまない! 下敷きにしてしまった!」
慌てて俺のうえにのしかかった総一郎さまが身を起こすーーその前に、部屋のドアがけたたましい音を立てて叩かれた。
「兄さんっ! 和希さん⁉ 今ものすごい音がしましたが! もしや本棚でも倒れましたか⁉」
りょ、良太郎くんだ! 駆け付けるの早くないか⁉
驚きに固まった俺の顔を見て、総一郎さまが顔色を変えた。
「まずいぞ、またカギを掛けていない……」
――なんでこういうときに限って鍵掛けてないんだ!
ドアが開くと同時に俺は総一郎さまを力いっぱい突き飛ばしたのだった。
「――――というわけで、それからも何度かそういう雰囲気になるんだけど、総一郎さまが全然身を任せてくれないんだ。きっと俺、テクなしだってと思われてるんじゃないかなあ。確かに俺は男と付き合ったことないけど、同じ男だし、それなりには気持ちよくしてあげられると思うんだけど。なあ、貴史はどう思う?」
「ちょ、ちょ、ちょ~っと待ってねぇ⁉ 今頭の中整理してるからぁっ!」
そう言うなり貴史は頭を両手で抱えた。
俺はなんだか申し訳なくなってきた。当事者の俺だって、感情が追いついていないのだ。突然聞かされてさぞ驚いたことだろう。びっくりさせてしまってごめんな、と謝ると、貴史は犬みたいにプルプル首を振った。
「ええっと、和希の恋人は、男で、勤めてる西園寺家の息子さん、ってこと!?」
「ああ、そうだよ」
俺が頷くと、貴史は目を何度も瞬いた。
「でもさあ、和希って今まで普通に女の子と付き合ってたじゃない? えっと、そのさ、ゲ……ゲイだってってわけ? あ、この場合バイっていうんだっけ?」
「いや、それは違うと思う。今まで総一郎さま以外の男を好きになったことはないし、今だって男に性的な魅力は感じない」
そっか……と言って貴史は納得したように頷いて、はっと目を見開いた。
「……もしかしたらその相手の息子さんは、『タチ』がご希望なんじゃないの?」
「タチ?」
首を傾けた俺に、貴史はなぜか驚愕した顔を向ける。
「え、え、え? 嘘でしょ⁉ もしかして和希って、タチとかウケとかってわかんないの?」
「わからない」
俺がそう言うと、貴史はこれ見よがしに大きなため息をついて、自分のスマホを操作しはじめた。しばらくすると、「はい、これ見て」といってスマホを手渡してきた。
なんだろう、と画面を見た俺は危うくスマホを取り落としそうになった。
「こっ、こっ、こっ、これっ!」
なんと貴史が検索していた画面は、男同士のセックスの方法について書かれた記事だった。驚きつつも、画面から視線を剥がすことが出来ない。薄目になりながらもなんとか読み進めていく。
『ゲイ同士のプレイにはいろいろな種類があります。お互いにフェラをしあう、手コキする、兜合わせ、シックスナインなどです』
……ここまではなんとなく知っていた。問題は次からだった。
『やはり一番の花形はアナルセックス(AF)です。男性同士では膣への挿入はできません。そのかわりにアナル(肛門)に挿入するのがこの方法です。これには事前の準備が必要で、難易度が高い行為です。ゲイ用語では、挿入する側をタチ、挿入される側をウケと言います』
……な、なるほど?
俺は貴史にスマホを返し、目を閉じてふーっと大きく息を吐いた。衝撃が大きくて言葉が出ない。
だけどようやく総一郎さまのあの頑なな態度の理由がわかった。おそらく総一郎さまは、主導権を取られたら自分が『ウケ』とやらの役目をすることになるのではないかと危惧していたのだ。……ということは、貴史の言うようにやはり総一郎さまは『タチ』の役目を希望しているということだろうか。
同時にはっとする。
――それじゃ俺が『ウケ』をするということか? あ、あそこに、アレを入れる?
考えただけで気が遠くなってしまう。
黙り込んだ俺を気遣うように、おずおずと貴史が声を出した。
「とにかくさあ、その……総一郎さん? とよく話した方がいいよ。何をどこまでするのかは知らないけど、認識合わせたほうが絶対いいって。人間、きちんと言葉にしないと人には全然伝わないんだからさ」
「……うん、そうだな」
俺は頷き、とりあえず残りのビールを飲み干した。
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