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第13話
「通行証、またくれてやるから仲直りにしゆと出かけておいでぇ。なんか美味しいもの奢ってもらいなぁ」
鶴の一声とはまさにこのこと。
遊羅くんの突飛な発言でオレと朧は再び闇市でデートすることになった。
じきに夜になってしまうからと日を改めることになり、それから数日後オレは朧と闇市に訪れている。
「今日も賑やかだな」
前回同様、社の勝手口から繋がる道を通って辿り着いた闇市の雰囲気は変わっていないように思う、江戸時代とかをイメージしたテーマパークや夏祭りでよく見る屋台のようなものがごちゃごちゃと法則性もなく並んでいる。
だが妙な違和感を覚え、何故かと考えていたがすぐに見えた【ドーナツ】【カフェ】という文字で理解した。
「すごく見覚えのあるものが増えてる」
前来た時は本当に和菓子を扱った茶屋とか取り扱ってるアクセサリーなんかも櫛とか簪とかがほとんどだったが、今やそういう店と同程度あるように見える。
一体どういうことなんだと隣にいる朧を見やれば、見覚えのない物たちが並んでいて疑問符を浮かべていた。
「なにごと……?」
「それはね、お前が妖と馴染み過ぎたせいだよ」
留めておけずにオレの口から勝手に零れ落ちた疑問を拾ってくれたのは朧ではなく、愛司さんだった。
背後から気配もなくぬるりと現れると、オレの顔を覗き込んでくる。
距離が近くて身を引きたかったが彼の方に体を向けると背を向けた朧にぶつかってしまうことになるので思い留め、背筋を伸ばすだけに留めた。
「こんにちは、愛司さん」
「どうも」
「やあやあ随分と仲睦まじい姿だね」
後が面倒そうなのでひとまず挨拶をすれば朧も彼に気付き、オレの背後に半分ほど身を隠しながらぺこ、と軽く頭を下げる。
この対応が合っていたのかは判断が付かないが、機嫌を損ねた様子はないのでハズレではなかったみたいだ。次も通用するかは知らない。
そんなオレたちを見て愛司さんは瞳を細めると、オレたちがここにいる理由を察したのかからかってきたけどどう聞いたって思ってもないことだとわかるのでそう無言で訴えるも彼はその悪意に心地よさそうに笑みを深めるだけだった。
「失礼と承知で話を戻しますけど、オレが妖と馴染んだことのなにが関係してるんですか?」
「はははっ! 本当にいい性格をしているなぁ」
「一生言われるのかな……」
「可能性はあるかもね」
オレと朧の関係がいうほど進展していないことなんて愛司さんならわかるだろうからそこの話を広げたところでとも思うし、大して広げようもないので話を戻すとパンパンッ! と豪快な音を立てながら手を叩いて笑われた。
この人からのこのセリフは聞き飽き始めたなと独り言のつもりだったが朧の耳に届いたらしく、彼ならあり得ると言われ返す言葉を失う。
「結果的に言えば、お前が見えているものがオボロくんや遊羅を通して見えるようになったということだよ」
「結果過ぎるでしょう」
説明するつもりがないのか、からかっているだけなのか結論だけ言う愛司さんに端折りすぎだと文句を垂れたら彼はご機嫌な様子で肩を竦めてから、一応説明をくれた。
オレは今、遊羅くんの力で妖を視ることができている状態にある。
それは一方的なように思えるが、決してそうではなく相互的なものであること。
遊羅くんを主として朧もダンくんも繋がっているので、その繋がりが濃くなれば彼らにも影響が出ること。
それらはオレたちの世界観の齟齬が少なくなるという影響を及ぼし、オレがデートと言って朧に通じなかった、みたいなのが減るようだ。
そしてそれは逆も叱りで、前回は朧が知る茶屋や食器、装飾品しか認識できなかったが齟齬が減ったせいでオレに馴染みのある店がオレと朧のどちらにも見えるようになった。
と、いうことらしい。
「今はまだ噛み合い始めた、程度だがな。オボロくんが物自体を理解できていないのが証拠だ」
「なるほど」
あくまで初期も初期、と言われその例えを出されたのがわかりやすくて納得する。
朧は文字を読めるわけではないから見慣れない物を扱う店が増えているという感覚なんだな。
「もしかして遊羅くんはそれを伝えたかったのかな」
「なんだ遊羅が唆したのか? なら違うだろうな」
「あ、そうなんですね」
そういう素振りはなかったけど遊羅くんの差し金だったのかと思ったがキッパリ違うと言い切られてしまった。
それを何故と聞いたら不敬だって言われそうだからやめておこう。
通じないことを大変だと思ったことはあまりないが、減って困ることはない。なにより、それが繋がりが濃くなったからだと言われたら悪い気はしない。
「喜んでいるようだけど、お前。馴染み過ぎるといづれ戻れなくなるからな」
「なにに、ですか?」
だがふと浮上した気持ちを冷たく制止する愛司さんの声に彼を見上げ問いかければ、愛司さんは薄い青色の目を僅かに見開いた。
「お前、頭おかしいんだな」
「えっ、はぁ!? 今の流れのどこでそうなるんですか!? 喜んだから!?」
だがすぐに目尻を吊り上げるようにして笑みへ変えると、何故か罵倒されたが意味がわからない。
妖に惚れてる時点で多くの目に【まともではなく】映るのは理解しているが、頭がおかしいってなんだ?
理解が追い付かず頭上に浮かんだ疑問符をぐるぐると巡らせていると愛司さんはとんっ、と軽く跳ね上がりオレから一歩離れた。
「お前らがいないのなら都合がいい。白檀に逢いに行くとしよう」
そしていいことを知ったので時間が惜しいと言わんばかりに社へ、否……オレから逃げようとするのでオレは慌てて離された距離を詰めるように一歩を踏み出す。
「まだなにかあるかな?」
「人に恨みのある妖は、唆して引き込むのが好きだと聞いた」
「お前に術をかけた祓い屋からでも聞いたか? だが私は【違う】と以前言わなかったか?」
本当は戻れないという言葉が持つ意味を聞こうとしたのだが、何故か口からは頭で考えていたのとは違うものが零れ落ちていた。
自分の行動に、事態を理解できなかったが愛司さんが平然とした表情でオレを見ているので妖からすれば当たり前に起こりうることなのかもしれない。ましてや彼は、偉大な妖なワケで。
なんにせよ口にしてしまったものを今更それをやっぱなしになんて彼の前で容易くできないことはわかるからそうはしなかったが、当然欲しい答えを得られるわけもなく。
寧ろ話を聞いていなかったのかと、出来の悪さに呆れたように肩を竦めて揶揄われてしまった。
「でも唆して引き込むのが好きだというのは否定しないんですね」
以前も、と彼は言ったのだから先程の言葉で否定されたのは【人の子に恨みがある妖】のところだろう。
どちらも違うのに愛司さんがそういった言い回しをするとは思えないとオレから逸れぬ目をじ、と見上げれば一瞬にしてその顔に「面倒くさいな」というのがわかりやすく浮かんだ。
「なら、もはや妖となったダンくんに執心する理由はないんじゃないですか?」
オレがこんなこと聞いたところで愛司さんの本心を探り切れるとは思わない。だが彼がなにを思ってダンくんに執心をしているのかオレにはまったく理解できないから。
無意味なのではと問えば、愛司さんは片足をゆらゆらと揺らしたかと思うとオレの足を払った。
「お゛ぁっ!?」
突然足払いされて、体が地面に崩れ落ちる。
朧も視界からオレが消えて驚いたようで慌てて腕を掴んで引っ張ってくれたが、完全に立ち上がる寸でで愛司さんの顔が近付いてきて息が詰まった。
「なら、私が心底惚れてるってだけのことだろう。惚れた者がいるクセに、他者の色恋には呆れ果てるほど鈍いのだな」
そしてそのまま顎を掴まれ、くだらないこと聞くなと言わんばかりにギリギリと目一杯の力で押さえられる。
痛みに耐えるのに目を伏せる間際に見えた愛司さんの顔には、酷く歪な笑みが浮かんでいた。
「あんまりしゆをいじめると遊羅に言いつけますよ」
「はははっ、逢瀬の途中だものな! 邪魔をされたのは私だがまあ義理の弟に免じて許してやろう!」
今になって気付いたが、さっきまで関心の薄かったはずの周りの視線がこちらを向いている。
それは事の中心が人の子であるオレと強い妖の愛司さんだからだろう。
それに助け舟を出してくれたのは朧で、愛司さんは遊羅くんの名前を聞くや否やオレからパッと手を離し、朧にだけ「またな」と告げて去って行った。
どれだけ妖がいようとぶつからないはずなのに、愛司さんの行く先はモーセの海割りのように道が出来ていくから改めて本来ならこうして人の子であるオレが会話するのが許されてるのが不思議なくらいすごい妖なんだなと思い知る。
「見事に弄ばれたな、しゆ」
「揶揄われて終わった……っ!」
端からそのつもりだったんだろうが、終始彼の掌の上で踊らされただけだった。
のらりくらりして本心がまったくわからない。
悔しさに痛む奥歯を噛み締めたが、オレも同じようなことをして朧を不快にさせたんだ。
ならば人にしたことが返ってきただけであって、オレが愛司さんに強く腹を立てることは出来まい。
「そんな落ち込むほどだった?」
「オレ、朧をこんな気持ちにさせたんだなぁと思って。反省している」
「まあしゆは彼ほど出来ちゃいないから比べるの烏滸がましくない?」
「ううっ、反省してます。抉らないでっ」
ため息を吐き、両手で顔を覆って猛省しているとそんなに? と聞かれたが自分のしでかしたことを省みているのだと首を振ったらそれこそなにを言ってんのと呆れられてしまった。
話を振り返したのもあって機嫌を損ねたんだろうなというのは低くなった声で伝わってきたから素直に謝ったら、「もういいって言ったでしょ」とささやかに怒られる。
それにもう一度「ごめん」と告げてからデートを再開することにした。
店を探す道中、知らぬものばかりの朧から「あれはなに」「あっちはどういうもの」と質問攻めに遭う。
日常に溶け込んでるものを説明するのってものすごく難しいんだということを知った。
最終的に立ち寄ったのは古民家風のカフェで、そこで朧はシンプルなハムのホットサンドとココアを注文した。
大きな窓際の席に腰を下ろすとオレが頼んだ温かな紅茶を興味深そうに見ていたので口をつける前に一口あげたら、全身の毛を立てたように身震いをして数秒固まり「舌がびりびりする」と言って首を振る。お気に召さなかったらしい。
「これどうやって食べるんだ?」
「そのままかじればいいよ。もしかしたら熱いから気を付けて」
「ん」
皿に乗るホットサンドを眺める朧に、掴んで噛り付く動作をして見せると納得したのか食べやすいように三角に切られたそれを両手で持ってがぶり、と噛り付いた。
噛んだ瞬間にサク、と鳴った食感に驚いていたが咀嚼する内に慣れたのか表情が和らいでいく。
「気に入った?」
「初めて食ったぁ、これおいしい。この外のやつ」
「ならよかった。外のはパンって言うんだよ」
明らかに紅茶を飲んだ時とは反応が違うが、一応口に合ったか聞いたら珍しく興奮気味に頷いていた。
サンドイッチそのものというより、パンがお気に召したらしい。確かに朧にとっては馴染みのない食べ物か。
チョコは知っているのでココアも気に入ったようだ。
今度チョコのパンを買って行ったら喜びそうだな、なんて頭の片隅で考える。
「しゆ、半分やる」
「ええ? いいよ、朧が食べなよ」
「別の食べたいから」
「じゃあ、遠慮なく」
食事の邪魔をしないように時折妖たちの流れを眺めていたら残った半分をやる、と言われ一度は断るも今日は朧の食べたい物を奢る約束なので遠慮なくもらうことにした。
妖が作ってるんだとは思えないくらい本当に普通のサンドイッチだ。ポイントカードを珍しがっていた妖がこういうのどこで知るんだろうと思うが、前回来た時は知らぬ妖としか繋がれなかったということなんだろうな。
同じ時間、場所にいるのに、空間だけ異なる場所にいるようだ。
嗚呼、だからこれだけ多くの妖が視えているのにぶつかったりしないのか。
もぐもぐと咀嚼する内に見える世界が鮮明になっていく感覚に瞬きをすると「しゆ」とオレを呼ぶ声に我に返り、慌てて粉々になったサンドイッチをごくりと嚥下する。
「え、ごめん。ぼーっとしてた。なに?」
「これとこれは甘いやつ?」
呼び戻すような声に話を聞いてなくて機嫌を損ねたのだろうかと思ったが、朧は呆れた様子ではあったがテーブルに置かれたメニュー表に描かれたプリンとパフェを指差しそれらがどういうものかと聞いた。
「うん。こっちのパフェは果物とかアイスが乗ってて少し冷たいかも。あと量があるのもパフェかな」
「ぷりんは温かい?」
「あったくはないかな…。あ、でもプリンはお土産で持っていけるけどパフェは難しい」
「じゃあぱふぇにする」
「うん」
プリンなら別の機会に食べられるかもと告げれば朧は納得したように頷いてパフェを選んだので、オレが追加オーダーする。
暫くして運ばれてきたパフェを見ては、驚きに目を丸くしてた。
「食べ物か?」
「スプーン……その匙で、少しずつ崩しながら食べるんだよ。その渦巻き状になってるのはアイスだから冷たい」
「これは?」
「それはイチゴ。桃とか梨みたいな……そう、水菓子」
「ふうん」
質問をくり返しつつ戦々恐々といった様子で、朧はスプーンを手に取りまずイチゴを乗せて口へ運んだ。
噛んだ瞬間、食感に驚き酸味に一瞬顔を顰めたがその手は止めず、次はソフトクリームに挑戦し、冷たさに驚いて甘味に目の奥をキラリ、と光らせた。
「美味しい?」
「しゆ、こんなもんばっか食ってんのか?」
「流石に違うけど、そういうものがあるのが当たり前ではあるかな」
紅茶を飲んだ時とは明らかに反応が違うので、これもお気に召したようだ。見ていればわかるが一応問いかけたら羨望の眼差しを向けられる。いや、恨めしさもだいぶ含まれてそうだ。
日常的にあるものだと返せば朧は複雑な感情に表情を歪めたが、パフェに視線を落とすとまた一口アイスをかじり小さく息を吐いた。
「オレが知る人の世は水菓子を食えるのは多少銭を持ってるやつらだったから、随分と豊かなものになったんだな。ダンくんに聞いた話よりもずっと進化してる」
「食文化は確かに豊かになったかも。それ以外にも便利なものも増えたしね。ダンくんがいた時代よりも、もっとずっと」
確かに彼らが知る時代よりはずっと便利になり、豊かになり、進化はしている。だがその進化の過程で失ったものも多くあるのだが彼らに言うべきことではないな。
朧や遊羅くんなんかは退治される側だったんだろうから人が安寧の為に犠牲を出す生き物だというのはオレに言われずとも知ったことだろうし。
「人の道理を外れる、とか。戻れなくなる、とか。最近よく言われるんだけどどういうことなのか……朧は知ってる?」
なんとなく口数が減って、朧がパフェを食べている間つい二人とも無言になってしまっていたけどパフェグラスが空になったのを見て意を決して朧にどういうことなのかと問えば、彼は悪戯に瞳を吊り上げるようにして笑みを浮かべた。
「怖気づいた?」
挑発的な笑みと、口振り。それは諦めるのかという問いかけと同義だ。
今更そんなことあるわけないってわかってるからこその態度だよな。オレは勝手に自分にいいように、信用されていると取るけど。
「まさか。ただ知ろうともしないことの方が上っ面に思える」
首を振って返し、もうなにも見ないフリをして無知のフリをしているのが不誠実になると告げる。
逃げ出そうなんて思ったことはない、でもオレはもう引き返せないところにいる。今まではいまいちピンときてなかったが、関係が変化しているのが自分の目で見て明らかになったから自覚せずにはいられない。
もうオレの気持ちは、オレが朧を好きでいるだけでは足りないのだ。オレ自身がいくらそれで満足しようと。結ばれた縁は不変を許さない。
結果がどうであれ、本心から朧に好いてもらいたいと望み、行動へ移し、その答えを得なければならない。
その為に、祓い屋や妖たちが知り嫌悪する【道理】の本当の意味を知らなければ。
知っているのなら他の誰でもなく朧の口から聞きたいんだと、真っ直ぐに見つめて訴えると朧は「そういうところある」と呆れた口振りで吐き捨て、肩を竦めた。
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