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第22話

 社へと向かうと、夜遅くに来たオレにまずダンくんが驚き、次に遊羅くんに危ないだろうがと怒られた。  事情を説明したが二人に声を揃えて「明けてからで充分だわ」と吐き捨てられてしまった。  なので朧に逢いたかったからだとも言ったのだけどそれこそ「わかってるから言わんでいい」と冷たく返されてしまう。   「騒がしいと思ったら。珍しい時間に来てんね」 「ちょっと色々あって、朧にも逢いたかったから。お邪魔してます」    そこに朧がやってきた。  姿が見えないなと思っていたら、髪が濡れているから湯浴みしていたみたいだ。  オレがダンくんに手当されているのを見てなんとなく察したのか「ふうん」と零し、遊羅くんの隣に腰を下ろした。  ここに来る理由だったので蜃のことは説明したが軽くだったので、三人揃ったしとちゃんと事の顛末を告げておく。  結果的に蜃のことは愛司さんが連れて行ったことを伝えたらダンくんは至極不機嫌な声で「遊羅の上司だって言うならそれぐらいして当然だ」と吐き捨てていた。   「なんにせよあいつが連れてったんなら、もうここには来るまいよ」 「それって死んだりってこと?」 「いや、あいつの主に歯向かったわけじゃないから仕置きされて終わりだろ。あの感じだと初めてではなさそうだしな」    もう来ないという言葉に一瞬、死という言葉が浮かんだがそれはすぐに否定された。  社で自己紹介された時、偉大で高貴な鬼に仕えてるって言ってたけど逢ったことないな。でもあの愛司さんより上等な存在なんだろう。  この社の主がそう言うならと納得していると、遊羅くんは煙管をくわえた。   「蜃もなぁ。執着の仕方はどうかと思うが、執心するに値する好意だったのは確かなんだろうな」    そして火を点けてはふぅ、と煙を吐きながら呟く遊羅くんの言葉に気付かされる。  蜃にとってオレが寂しさを埋める為に求めた【誰か】だったとしても、たった一人や唯一ではなかったにしても。  彼がオレに向けてくれた好意自体に嘘などはなかったのだと。  オレは「誰か」という曖昧なものが嫌で、たった一人を求めてそれが朧だったから蜃からの想いを好意とは違うと思い込んでいたがそんなことはない。  彼なりにちゃんと想ってくれていたのだとハッキリと振った後に気付いてしまい、申し訳なくなる。  後悔って本当に後に立たない。   「妬かなぁい? 振った相手だってのにこんなに考えちゃってさぁ、可愛い可愛い朧が目の前にいるってのに」    ダンくんの手当てが終わったので空いた両手で頭を抱えていると、朧に囁きかける遊羅くんの声が届きハッと我に返る。  確かに不誠実だと顔を上げて否定しようとしたがオレがなにを言うよりも先に朧が「別に」と吐き捨てていて、それを聞いた遊羅くんが不満そうに表情を歪めた。   「その心はぁ?」 「だって結局しゆって、オレのことしか好きじゃないじゃん」 「はぁーっ! おっほほほ! こんなやつ招き入れるんじゃなかった!」 「嫉妬してんのお前じゃねえか」    なにをそんな、と言いたげに返した朧の言葉に爆撃を喰らったのはオレだけじゃない。  遊羅くんは声を荒げてはドタドタと床を殴り、ダンくんに醜いと呆れられていた。   「お前はなんか言え、しゆ」 「なにひとつ間違ってなくてなんにも言葉が浮かばない」    黙ってんなとダンくんに言われ、頭を抱えていた手で顔を覆って嬉しくてと返したら笑う声がして手を退けたらダンくんだけでなく朧も笑っていた。  嗚呼、さっき灯織くんに言ったこと朧に聞かなきゃなあ、聞いてくれるかなぁなんて考えているとふと灯織くんからの伝言を思い出す。  慌てて寧緒さんのことを伝えたら、二人は盛大なため息を吐き捨てた。   「お前が来てからロクなことがない。白檀と朧夜を危険な目に遭わせるなっつったよなぁ」 「それは本当にごめんなさい」    遊羅くんに約束が違うんじゃないかと責められても、そればかりは否定できないので素直に謝るが納得いかないって顔で睨み付けられる。   「ったく。朧のことがなきゃ本来、一生出禁だからなぁ!? オレに感謝しながら毎回鳥居潜れよぉ!?」 「どこ行くんだよ」 「厠ぁ!」    身を乗り出した遊羅くんに指先で額を乱暴に小突かれたが、かなり痛い。  立ち上がってはこの場を去ろうとしたのを見てダンくんが声をかけたが、トイレだからと言ってドタバタと音を立てて部屋を出て行った。   「本当に申し訳ない。危険な目に遭わせたいわけじゃないのに」 「心配してくれんのはありがたいけどな、しゆ。オレたちは祓い屋如きの力で危険な目になんか遭わねえよ」 「でも呼び寄せたのはオレみたいなところあるし」 「それは否定できないけど、この社を気に入ったのが人の子だってんなら仕方がない。祓い屋はそういうものに目を付けて祓う仕事だからな」    ダンくんはそういうものだと言ってくれるけど、それに素直にハイって言うのは気が引ける。  だって、じゃあ社に来るのを止められるかって聞かれて出来ないわけだから。  ロクなことがないと言われてしまうのも当然だと反省していると、ダンくんが可笑しそうに笑った声が耳に届いた。   「遊羅のことなら尚更気にすんな」 「でも」 「朧のことがあるにしてもお前の存在が危険だと思えばあいつはとっくに追い出してる。それをしないどころか文句言いながらも面倒事請け負ってるのは遊羅自身がしゆのこと気に入ってるからだよ」    形だけだよ、と言われても俄には信じがたくて困惑の声が漏れてしまう。  社に入れてもらえてはいるからマイナスではないにしろ、面倒がられているだろうなくらいが精々で気に入られてるとはまったく思っていなかった。  だからってダンくんがそういう類の嘘を言うとは思えないと思案を巡らせているのを察したのか、彼はまた可笑しそうに肩を揺らす。  思い当たる節があるのか、朧もその反応に納得している様子だ。   「あいつも大概寂しがり屋だからな」    一人理解できず、疑問符を浮かべるオレにダンくんは内緒だからというように人差し指を立ててから小声でこっそりとオレに教えてくれた。   「迷惑かけついでに、今夜も泊まっていい?」 「まあ本来ならあんまり泊めたくねえんだけど。祓い屋の話聞いちゃ帰れとも言えねえから今夜は特別だからな」    ダメだって言われたら素直に帰るんだけど、欲張ってまだいていいかと聞いたらダンくんは渋々って感じで了承してくれた。  土産はないんだよなと聞かれたからない、と答えたら余ったおはぎ出すから待ってろと言われる。   「もしかしてオレが長時間ここにいるのって、よくない?」 「今更気付いたのか?」 「で、お土産があると緩和される?」 「人の子が持ってきた物の方がいいって感じかな。こっちが出したものを食い続けるのもよくない。でも腹が減らなくなるのはもっとまずい」    少し早い時間ではあったけど結構食べてきたからお腹は空いてないのにと思ったところではたと気付いたことを朧に確認すれば、案の定だった。  腹が減らないとまずいっていうのも聞けば、腹が空かなくなると人の子ではなく妖が混ざり始めてる状態だから戻れなくなるということらしい。だから腹を満たして「満腹にしているから空腹ではない」と誤魔化すんだそうだ。  つまり毎回、菓子や食事を出されるのはそういう意味だったらしい。  ここに通い始めた頃、ヨモツヘグイの話を朧とした気がするがあながち間違っていなかったんだな。   「もっと早く気にした方がよかったよな?」 「でも鈍いやつは鈍いし」    だとして、気付くの遅かったんじゃないかと朧に問えば気付かないやつは気付かないと平然と言われちょっと傷付いた。自業自得だが。   「でもしゆは気付かないフリしてただけだろ」 「流石に美化しすぎじゃない?」 「いや、気付かなかったのは本当なんだろうけど。気付くことを嫌がってたっていうか、食事のことだけじゃなくて」 「ああ、まあ……。フタはしてたかな」 「そう、それ」    うっすら気付いていたのではと言われ、そんなわけはないと否定したが知らん顔していたかったんだろうと指摘されてもう今更違うとは首を振れない。  それを気付かないフリだと言われてしまえば、それが正しい。  ここに来られなくなる理由が、一つでも増えるのが嫌だったからそこに触れそうなものには近付かないようにはしていたかもしれない。今だからそう思えるけれど。   「朧、今夜も少し話せない?」 「いいよ。じゃあ布団客間に運ぶ」 「いやっ、そこまでじゃなくてもっ」 「でもまだオレの部屋で寝かすわけにもいかないから」    意を決し、話す時間が欲しいと言ったら何故か一緒に寝る前提で話が進んでしまい首を振ったが朧の頭上には疑問符が浮かぶだけだ。  別の意味で緊張してしまうんだけどというのを情けなくも言い出せずにいたら、「とにかくそっち行くから」と言われ朧はさっさと布団を移動させようと立ち上がった。  その瞬間、居間の襖が開いてそこにいたのは遊羅くんだった。   「ならもうこれ客間持ってって食っちまえ、しゆ。白檀はもう寝たいんだと」 「ごめん遊羅くん、今夜もお世話になります」 「んー」    遊羅くんが持ってるお盆の上にはおはぎと、白湯と、それを飲む為の湯飲みだ。  自分たちに伝えておくことがもうないならさっさと客間へ行けという言葉に、ダンくんから話を聞いていたんだろうが主に挨拶もなしというのも悪いからと頭を下げたら遊羅くんは入れ替わりで出て行こうとした朧の肩を抱いて制止し、オレたちを交互に見やった。   「しゆ、お前を急かすわけじゃないけどな。こちとら半永久の命だがお前は違う。その辺のこともちゃんと早い内に朧と話し合っておけよ。朧もな、ちゃんと説明してやれ」    珍しく真面目な表情と口振りで告げられ、それだけ大事な話だと察しオレと朧は頷いて返す。  それを見て遊羅くんはオレにお盆を押し付けると、朧の髪をくしゃくしゃと撫でてはそこに唇を寄せて「オレも寝る」と言って去って行った。  居間の片付けは自分がしていくからと言われ、朧の言葉に甘えてオレは客間へと向かう。  座卓にお盆を置き、傍に畳まれて置いてある布団を敷いてからオレは白湯を湯飲みに注ぎ、手を合わせてからおはぎに噛り付く。  出されるこの食事に意味があることなら、ちゃんといただかなくては。   「しゆ、入るよ」 「どうぞ」    それから少しして朧が自分の布団を持って現れたので、どうぞと通す。  最後の一口を放って、ゆっくりと咀嚼し飲み込んでから汚れた手元と口元をちり紙で拭い振り向くと敷き終えた布団の上に座り込んでいる朧と目が合った。   「ははっ、なんか緊張する」 「そんな難しい話がしたいんだ?」 「それもあるけど。朧と二人きりだってのが、まだ少し……」 「さっさとまぐわおうって話でもないのに」 「そっ、そういうっ」    気を張りすぎて零れ落ちる笑みを聞いて朧は首を傾けたけど、どうにも伝わり切らない。  動揺してなんと返すべきかもわからなくて、ただ真っ赤になって狼狽えるオレを見て朧は肩を揺らすと自分の方へ来るように手招いた。  オレはうるさい心臓の音を静めるように軽く胸元を叩いてから自分の布団の上に朧と向き合うようにして腰を下ろす。   「朧、話をする前にキスをしてもいい?」 「いいよ」 「話している間、手を握っていてもいい?」 「いいよ」    キス、と言ってそれをなにかと朧が問わないことに不思議な気分にはなるがもう疑問に感じることもない。  それこそがオレがここに馴染んできてしまっているということなのだろうが、今はそれはいい。  オレの問いになんということはないと頷いてくれる朧に、また彼への好きを積み重ねる。  伸ばした手で朧の手を握り締め、距離を詰めて唇を重ねた。   「しゆ」 「朧、好きだよ」 「知ってる。オレもしゆが好きだよ」    触れるだけの口付けをして、すぐに離れたオレの名を呼ぶ朧に好きだと告げると自分もだと返される。  こんな日が来るだなんて想像もしなかった。元々それを望んでいたわけではないのだから当然だけど。  本当に欲しいと気付いてから応えてもらうまでがあっという間で、未だに夢心地だ。  でもこれは夢ではない。  オレはもう一度朧の唇にキスをしてから、昼間灯織くんに相談したこと、不安に思っていることを朧にも告げた。  カッとなりやすい本性故に、朧からの好意に甘えて感情を縛り付けてしまわないかと不安なのに本当はどうしようもなく望んでいること。  今までずっとそれを拒絶していたのに、望む自分がいること。  大事にしたい気持ちは確かにあるのに、自分がわからなくて不安で怖いのだと零すオレの声を朧は静かに聞いてくれた。   「オレの本性ってきっと本当はこっちだから、朧が信じられるって言ってくれたのと全然違うところばかりで」 「まあ、矛盾してるのはそうだよなぁ」 「そうだよね」 「でもそれが矛盾なのか、変化なのかはまだわからないだろ。でもなにを不安に思っていたって、しゆが好き好んで自分の勝手でオレを傷付けるようなやつじゃないと知ってる」    避けられない不変があったのだからそれは致し方ないだろうと冷静に言ってくれる朧に、嬉しくなると同時に矢張り申し訳なくなる。  頷いてはいるものの浮かない顔のオレを見て朧はため息を吐き、オレの手を握り返す。   「好き勝手にしたくてオレを望むのと、好きだからオレを独占したいっていうのじゃ意味が違ってくる。オレはオレ以外の不安とか、不幸とかにしゆの心が囚われるのが嫌だから。オレを独占したいんだって言ってくれることは、どうしようもなく嬉しいよ。オレと同じなんだって思えるから」 「朧……」 「嘘なら言わなくていい。でも嘘ではないのなら言ってよ。オレを独り占めしたいって、自分だけのものにしたいって。そしていくらでも望んでくれ」    朧の言葉に、昼間灯織くんに相談した時に彼に「相手は妖なのだから、人の子の物差しで測ったところでだよ」と言われたのを思い出した。  まさしくその通りだ。そして朧はいつだって、オレの言葉を聞いて自分の気持ちを伝えてくれる。  不安ばかりの自分を、そんな不安に囚われているのが嫌だと言う。こんなカッコイイ人、心惹かれないわけがない。  なにより、想い人がそれが嫌だと言っているのにいつまでもグズグズ不安や不幸に寄り添おうとしているのは不誠実だ。  朧の言葉に彼がいてくれるなら不安も不幸も怖くはないと思えるし、なによりそんなもの不要だと笑い飛ばすオレ自身がそう遠くない未来にいるのだと思える。  へら、と笑って繋いだ手を引き寄せて朧の指先へと口付ける。   「朧のこと、オレだけのものにしたい。この心を奪うのは、貴方だけだから」 「はははっ、簡単すぎて心配になる。本当にオレ以外に惹かれないでね?」 「それは誓える。同じことを誰かに言われたって、惹かれるのは朧だけだ」    望まれるまま囁けばチョロい、と笑われて否定できないけどその心配は無用だと証明し続けていくことは出来ると返せば、朧は肩を竦め「オレも同じか」と呟いた。  こんなにも容易く、そして自分の目の前で朧の感情が揺れ動いているのを見ることは幸福でしかなく、握っている手を震わせて感動していたら「どういうこと?」と引かれた。   「しゆ、オレからも……話しておくことある」 「遊羅くんが言ってたこと?」 「そう」    オレの行動に呆れてた朧が小さく息を吐いては、今度は自分がと零すので先程のことかと問えば頷いたから大事な話だと背筋を正したら、何故か膝元を指差される。   「ん?」 「膝、乗っても?」 「せ、せ、積極的だよね」    最初にキスをしたのもオレからではなく朧からだったし、好き合っているとわかってから朧は本当にぐいぐいと距離を縮めようとしてくる。  段階を踏んでなんてことを言うつもりはないが、あまりにも以前と違うので戸惑ってしまう。   「しゆが怖気づいてるだけ。乗られるの嫌ならオレの膝来る?」    ドキドキと逸る心臓を抑えていると、別の提案をされてオレの腰は砕けた。  そのまま布団の上に上体を崩せば冷静な声で「どっち」と聞かれ、オレは大急ぎで起き上がって胡坐を掻き自分の太腿を叩く。   「どっちも捨てがたいけど、ひとまずこっちで」 「そんな真っ赤で大丈夫か? 狢の姿で乗るんでもいいんだけど」 「それも捨てがたいけど、ひとまずその姿でっ!」 「しゆのそういうとこだけはわかんないや」    カッコつかないからせめてもと思うのだが、まったくもって敵わない。  朧はオレの片膝に乗ってはそのまま体をオレに凭れかけた。崩れ落ちることはないんだろうが、些か不安定さを感じるので両腕を回して支える。   「遊羅くんが言ってたのって、前に聞かせてもらった道理を外れるとかそういう類のこと?」 「そう。しゆはオレの為に人の子なんて簡単にやめるだろうけど、話し合いもせずってのはよくないだろ」 「朧といる為ならいくらだってやめるし、オレは朧と共に不幸になる覚悟もある」 「しゆならそう言うと思った」    合意がいるからと言うが、それがあることは朧だけでなく遊羅くんもダンくんも理解しているだろう。  話し合うっていうのがその程度のものでないのは流石にわかるよと訴えれば朧はわかってるよと言いたげに小さく頷いた。   「しゆは少し特殊なんだ。ここにいた時間もそうだし、そもそも蜃に術をかけられていた時間があるから。だから妖側に馴染むのが早くて」    朧いわく、ダンくんのように祓い屋で耐性がある者なら話は変わってくるが、オレのようななんの特別な力も持たない者にしては妖に触れていた時間が長く、つまりはオレが人の子を捨てるかどうかを選択するまでの猶予があまりないということらしい。  遅かれ早かれ、オレは気持ちが成就するか、もしくは澱に身を落とすかのどちらかでしかなく。ほんの少し前までは澱に身を落とすまでのカウントダウンでしかなく。  成就しないならどちらにせよオレは社の三人にとってその程度だったのだから今更それにどうこう言うつもりはないが、そうではなくなったからこその問題に直面しているようだ。   「しゆは時間がないなら今すぐにって言うってわかってる。でも今はまだしゆは人の子として過ごした時間の方が圧倒的に長い。容易く他者と縁を切れたとしても、培ってきたものが皆無なわけではないだろ? 人の子でしか出来ないことはたくさんあるんだ」    まるで進路相談をしているようだが、学校を選ぶのとはわけが違う。選択するのは今後の人生についてなのだから。  それでも朧の言う通り、オレは時間がないなら今すぐにでも人の子など止めると答えられる。  そこに迷うことは決してない。  だからって大学だって通い始めたばかりだというのもあるし、せめてじいちゃんや灯織くんにくらいは話しておきたいというのはある。  そうこう悩んで、人の子として過ごしていいる内に迷いが生じるということを彼らは懸念しているのだろうな。なんて。悩んでいるオレを見て笑う朧を見て思った。   「それにしゆが澱に堕ちずに妖になるということは、オレと婚姻関係を結ぶってことになるからね」 「いっ、そくとびだね。知ってはいたはずだけど改めて言われるとすごく急だ」 「別に奴隷として結ぶんでも契約上大した違いはないけどな」    恋仲を通り越してというのもあるからと言うのと同じ口で奴隷でも可って言われてすごく複雑な気分になる。  そりゃあそれしか方法がないならオレは奴隷で結ぶんでも構わないけどと返したら朧は「言うと思った」と笑った。  一足飛びの関係になることも、時間がないこともオレにとってはそこまで重要ではない。   「年を重ねたくらいで大人になれるものとは思わないけど、可能であるなら世間一般で大人と認められてからがいいかな。自分が子供のままってどこかで思っている内は、どう頑張っても朧に勝てる気がしない」 「勝ち負けか? そもそもオレからしたらしゆなんて砂利だけど」    人の子の物差しで申し訳ないが、未熟なままは嫌だと零せば朧はいつまで経っても自分からすればオレなんてガキだろうけどって表情を浮かべた。  そりゃあ既にオレの何倍もを生きてる朧からすればそうなんだろうが。   「それに、親の力で生かしてもらっている自分を自分のすべてとは思いたくない。オレは、オレの中から彼らを捨てたい」    勝ち負け、というかそれとはまた少し別で親との縁をすべて切っておきたいのだと告げると、朧にはイマイチそこにどういう違いがあるのか判断は付かなそうだったが大凡の言いたいことは伝わったと思う。  オレが彼らにいい感情を抱いていないのを知っているからだ。   「それが可能かっていうのは、心変わりしないことと、これまでのような頻度で逢えないことをしゆが誓えるならって話になる」 「心変わりは絶対にありえない。それは今言ったって信用してもらえるものでもないから改めて妖になる時に証明する。逢える時間が減ってしまうことも、自信がないけど今後一生朧といられることを思えばなんとか耐える」    不可能ではないが条件はあると呟く朧に、前者は当然誓えること、後者は自分も寂しいので耐えるしかないけどと答えれば朧は少しだけオレから離れて、じっとオレを見つめた。   「なら、オレを待たせるんだから改めて、遊羅とダンくんを前にしてそれを誓ってもらおうか」 「もちろん、二人の前でしっかりと誓うよ」    両親への挨拶みたいだと思ったが、朧にとって二人は家族も同然なのだからそれこそ筋を通すべき相手だろう。  元よりそのつもりではあったのでもちろん、と頷けば朧は口元ににやりと笑みを浮かべ顔を近付けてはちぅ、と吸い付くようにしてオレの唇に口付けた。  そのままするり、とオレのうなじをなぞる指に全身が粟立つ。   「約束して、しゆ」 「なにを?」 「オレの元へ輿入れしたら、夫婦としてまぐわうって」    至近距離から真っ直ぐに向けられる強い愛と嫉妬を含んだ生存本能から、目を逸らすことが出来ない。  同時にその内に秘める戸惑いが伝わってくる。こんな自分知らないと向けられる眼差しをオレも知っている。  自分だからと望んでもらえることを、どうやったら拒絶できるだろう。オレには無理だ。    嗚呼、心臓がどうしようもなく痛んで、どうしようもなくうるさくて、どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく熱い。    両腕で朧の体を強く強く抱き締めながら「オレが抱くのでいいのなら」と返したら、朧はそれこそ可笑しそうに笑って。  子どもを甘やかすみたいな穏やかで優しい声で「しゆがそうしたいなら」と囁いた。

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