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第1話

 暑い。暑すぎる。  空に浮かぶ真っ赤な太陽を見て、佳賀里(かがり)は顔をしかめた。  夏日にもほどがある。 六月なのに東京は三十度で、本当に嫌になるくらい暑い。  額から流れ出る汗を、佳賀里は服の袖で拭う。  後何度こういうことをしていたら、父親は家に入れてくれるのだろう。 心が助けてと悲鳴を上げていて、それにリンクするように涙がこぼれてしまった。 「父さん」  ノブを回して家のドアを開けると、ジャラっとドアにひっかかっていたチェーンが音を立てた。  玄関のすぐそばの床に座り込んで、煙草を吸っていた父親が、佳賀里を見る。 「あ?」 「中に入れて」 「お前がさっきの言葉を嘘だって言うなら、そうしてやってもいい」  嘘だって言えるなら、嘘だって言いたい。 「早く言えよ。やっぱ違った。俺は女を好きになれるって」 「男が好きでも生きていける」 「他の家ならそうだな。でも、俺の家じゃそうはいかねえんだよ。お前もわかっているだろ? 俺の会社を継ぐなら、女と結婚して、そこから生まれる息子に、また会社を継がせるべきだって」  わかっている。知っている。嫌というほど。  けれど、性癖はどうしようもない。  佳賀里がゲイなのを自認したのは十五歳の時だ。父親がつけてくれた家庭教師の男に、恋をして気が付いた。  志望校に受かったから家庭教師と会わなくなっても、佳賀里はその恋を忘れられなかった。そのせいでぼうっとしていて、授業に身が入っていないことが多々あって、その結果、佳賀里は高校の初めてのテストで赤点を取った。そして、その理由として父に性癖のことを話したら、外に放り出された。 「ゲイはいらねえ。性癖がなおるまで、家に帰ってくるな」と言われて。  そもそも直すものじゃないハズなのに。 「仕方ない、好きなものは好きなのだから」  今は多様性の時代だ。  だからその言葉で、許してくれる親もいるのかもしれない。  佳賀里の親は違ったけれど。

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