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第1話 真夏のホラー
拓斗はホラー映画マニアだ。新旧のホラー映画を網羅すべくレンタルショップやネット動画漁りを日課としている。映画館にホラーがかかると開館前から並びに行く。行列なんかできないようなマイナーな作品でも必ず開館前に行く。きっと待ちかねてねむれないせいもあるだろう。
「数年前は和製ホラー天国だったのに、最近は下火なんだ……」
拓斗はそれはそれは悲しそうに呟いていた。
しかし俺は同情はしない。俺はホラーが大の苦手だというのに拓斗は俺を映画館に引っ張って行きたがる。ホラーが下火なおかげで、映画館に連れていかれそうになる時の激しい攻防戦を繰り広げなくてもいいというのは俺にとって僥倖なのだ。
「ねえ、ねえ、うちhulu入ったんだよ。遊びに来なよ」
「huluってなんだ?」
「動画見放題サービスだよ。スポーツもたくさんあるよ」
「行く!」
スポーツ観戦が何よりの趣味の俺は一も二もなくついていった。
拓斗の家にはテレビが一台しかない。しかも居間ではなく拓斗の母親、美夜子さんの部屋にある。拓斗がテレビに全く興味がないので、美夜子さんが刑事ドラマを見るためだけに置いてあるのだ。
母子家庭の家計を支える美夜子さんは看護師で、昼夜を問わず働いている。昼間に寝ていることもあるので拓斗の家に行くときは事前申告が必要だ。
今日は拓斗が誘ってきたのだから大丈夫なのだろうと思っていたら、美夜子さんが部屋で寝ていた。
(おまえ、美夜子さんいるじゃないか)
(うん、いるよ)
(寝てるじゃないか)
(うん、寝てるね)
(テレビ見れないだろ)
(音を小さくしてたら大丈夫だよ。美夜子さん、一度寝たら起きないもん)
(そうは言っても女性の部屋に忍び込むのは……)
(女性って。君にとっても母親みたいなものでしょ。オムツもかえてもらったし、おねしょの始末もしてもらったでしょ)
(言うなよ! おねしょはお互い様だろ!)
(ほらほら、声大きいよ)
もう俺のことは無視して拓斗はテレビをつけた。洗剤のコマーシャルがけっこうな音量でかかったが、美夜子さんはピクリとも動かず健やかな寝息をたてていた。
(ほら、大丈夫でしょ)
(そうだな)
拓斗はhuluとやらの画面を開いて、ずらっと並んだジャンルの中からホラーを選択した。
(はあ!?)
(声が大きいってば)
(お前、なに飄々とホラー見せようとしてるんだよ!)
(ちょっとタイトルを見るだけだって)
(タイトルだけって、画像もついてるじゃないか!)
(そりゃつくよ。あ、ほら、これ名作なんだよ。あ!リメイク版まである! ああ! 見逃した映画が!)
(やめろー! タイトルだけで恐いんだってば!)
(見たらもっと恐いよ~)
「再生ボタンを押すなー!」
「うるさい」
地の底から響くような迫力のある声に、そっとそちらを向くと美夜子さんが半身を起き上がらせて額を押さえていた。
「あんたたち、人の部屋で何をイチャイチャしてるのよ」
「い、イチャイチャしてません!」
「美夜子さん、うらやましいならそう言ったら?」
「おだまり、拓斗! リモコンを置いて出ていけ!」
「あーあ。残念だねえ、ホラー楽しみにしてたのにね」
「してねえよ!」
今回はなんとか美夜子さんに救われた。が、次回はどうなるかわからない。拓斗がhuluのホラーを見尽くすまで、拓斗の家には近づくまい。そう心に決めた俺は、その時まだしらなかったのだ。
huluは定期的にタイトルが入れ替わりどんどん新作がやって来るということを。
拓斗が「今日は美夜子さんいるよ」と俺をだましてホラーを見せようとすることを。
俺と拓斗の攻防戦は夏休みの間中続いたのだった。
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