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第1話 仕出かしたあとは…
11月中旬の午後。
少し前から小雨が降っていのは、知っていた。
ぼやけるように薄暗くなるにつれ店内の灯りが、はっきりと濃くなっていく。
BGMをローカルのFMに切り替えると、夕暮れ時を告げる名物屋番組の軽快なオープニングだった。
“ 雨の夕暮れ…皆様は、いかがお過ごしでしょうか? ”
人気DJは、早速とばかりに明るい曲を掛け始める。
それは人気バンドグループの新曲で、これまた人気のアニメで起用された楽曲らしくここ最近では、一日に一度は、必ず聞くとまで言われた曲だった。
『テンポとノリがいいよね…』
セリも、そんな事を言いながら鼻歌で、曲のサビを歌っていた。
でも、これ…
明るい曲調だけど、浮気とか裏切りとかを歌に載せている事に気がついてるよなぁ……
自責の念って言うか…
申し訳なかったと言うか…
“ 裏切りは、自分の為か…
偽りのためにか…
恋は、誰かの為か…
偽りは、自分の為か… ”
まるで、呪文の様に俺の耳に響いた。
試したのは、俺。
本当に、とんでもないことを仕出かした…
“ …続きまして、メッセージの方を紹介します。ラジオネーム…… ”
セリの事を知っていた気になっていた俺が、セリを必要以上に傷付けた。
セリに嫌われて、当然なのに…
色々な事があって、取り敢えず今一緒に住んでいるけど…
無理してないだろうか?
負担とか…
不意に周りが、気になってキョドる俺…
今日、セリが店に居ないのは、夕食の買出しのためだけど…
いつもよりも、遅すぎないか?
まさか、出て……は、ないよな?
夕飯は、鍋にするからって…
足りない野菜を、買いに行っただけだし…
チゲ鍋にするって、キムチとニラとエノキを買いに行ってくるって……
窓の外は、相変わらず小雨まじりで…
って…アイツ。
傘持っててないよな?
カウンターで、デザイン案を思い付くまま描いては、消してを繰り返していたけど、思わずその場に立ち上がった。
いくら小雨でも、この季節柄、寒し迎えに行くか?
いや…行き違いになると不味いよな…
あっ…スマホに掛けよう。
レジカウンター置いたスマホに手を掛けた瞬間。
店のドアベルが、静かに鳴った。
耳で、人の気配を感じる取る。
「いらっしゃ…」と、振り返るとセリが、ニコニコしながら立てっていた。
「セリ! 雨大丈夫だったか?」
俺が慌てて近寄ると、セリは ? と小首を傾げてみせた。
「降り初めたばかりだから。濡れてないよ」
「そう…なのか?…」
「平気だよ」
薄い髪色には、水滴が付いている。
俺は、それを手で払った。
「…それにしても、なんか遅ずぎない?」
「あぁ…ゴメン。洗剤が切れていたからスーパーの近くにあるホームセンターにも、立ち寄っていたから」
それで…
2つ袋を、下げてるのか…
「それでね」
セリは嬉しそうに両方のレジ袋を、レジカウンターに置いた。
「コレ見て!」
出てきたのは、ツリーのオーナメントが、2個セットの袋売りで、売っていたものだ。
モダンな絵は、クリスマスらしくそれぞれサンタと天使が、油絵調の色彩でプリントされた作りだった。
「お店にツリーを、置かない?」
それは、セリからの提案だった…
「良いんじゃ…ないか? そう言う季節だし。どうせならウィンドウも、軽く飾るか?」
「うん。そうしよう」
セリは、嬉しそうにツリーをドコに置くかとか、ウィンドウにはあの飾りが…と、思案をし始めた。
ここは……
シルバーアクセサリーの工房兼自宅と店舗。
勿論、ここの店主は俺で…
従業員? とは少し違って同居人…
いや…
同棲してる恋人のセリとは、同じ大学に通っている同級生同士で…
少し前まで、破局寸前…
いやあれは、一度。
破局したんだよな。
「アサキどうしたの?」
セリは、休憩にとレモングラスとハーブのお茶を、ホットで出してくれた。
漂うレモングラスの香りと、飲む度に鼻を抜けるハーブのスーッのした感覚が、じんわりと染み込んでくる。
「お疲れ様」
「うん…」
「もう暫く掛かりそうだね」
店番や接客。
店の掃除等を、受け持ってくれているセリは、俺の仕事の流れも理解しているから。
今が、どの段階かを分かってくれている。
「僕、店の方で店番してるから。何かあったら声を掛けて…」
そう言うとセリは、レモングラスとハーブのお茶を淹れたカップと、講義で使う参考書を手に持って、店のカウンターに座った。
で、参考書を読むのかと思えば…
自然とその視線は、外へと向けられる。
セリのヤツ。
キラキラした街路樹のイルミネーションや、そのショップ独自の飾を、ワクワクした風な目で眺めてることに、気づいてんのかなぁ…
見に行きたそうな顔してる。
俺もまた、作業場からセリの目線に合わせるように顔を出し窓の外を眺める。
毎年思うけど、凄い人の数だなぁ…
「アサキ…仕事は?」
「休憩中。セリこそ何見てんの?」
カウンター座っていたセリが、こっちに向かって振り返る。
「いや…クリスマスは、明後日なのに…凄い人だなぁ~って…」
「そうだな…」
去年までは、考えもしなかった。
大切だって、思いながらも、大切にする意味を履き違えて…
セリも、何も言ってくれなくて…
こんな風にまた肩を並べてる事が出来るとか…
想像出来なかった。
今は…
こうやって、隣に居てくれるだけで良いとか…
内心で、思いながら照れ臭くなった。
「どうしたの?」
「いや…別に…」
「そう」
カウンターの椅子に座り直してセリは、またイルミネーションを眺め始めた。
「…行くか? イルミネーション見に?」
ピクッとした風に、肩を弾ませて俺に振り返ると同時にセリは…
「行きたい!」と、立ち上がった。
早々に店を閉めて、俺達は店の裏口から外に出る。
夕方から冷えるとは、聞いていたけど…
予想以上に寒くて、少し震えてしまった。
「お店の方は、暖房がきいていたから。余計に寒く感じるのかも…」
そう言って見合わせたお互いの鼻が、少し赤くて笑い合ってしまった。
裏通り道から表に出ると途端に昼間かってぐらいにイルミネーションの明りで眩しくなる。
店の表の通りは、多くの人が行き交って思い思いに明りを眺めては、笑顔になっていく。
写真を、撮っている人もいる。
「一緒に写真撮ろうか?」
「うん!」
セリの腕を引き寄せて、自分のスマホを傾ける。
「ねぇ。その写真送ってよ!」
「ちゃんと送るよ…」
キラキラ笑ってるセリの顔が、幸せそうで良かった。
今だからこそ、本当にそう思えてならない。
話は、このプロローグから数ヶ月前以上に戻ることになる…
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