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第四章 プライス・オブ・デザイア④

 今日も惨敗と真生は椅子に座り直して足をばたつかせる。  佳嘉が本当に誠実な〝良パパ〟であるということは出会ったときから分かっていたし、今の言葉で更に確信が深まった。  だけれど口でならいくらでも耳障りのいいことを言えるということも真生は知っていた。 「……他のパパだってみんな最初はそう言うけど、みーんな結局ヤリ目でしかなかったよ」 「……え?」  真生は自らの一言で佳嘉の顔色が一瞬にして変わったことに気付く。  以前佳嘉が自分以外とは会っていないということを聞いてはいたが、真生自身の交流状況を伝えていなかったことを思い出す。  聞かれなかったからといえばそれまでだったが、明らかに佳嘉は真生から他のパパの存在を明かされて動揺していた。 「ほら、ぼくカワイイでしょ?」 「うん」  真生からの問いかけに、佳嘉は力強く頷く。 「おまけに男だから妊娠の心配がないしね」  真生はテーブルに置かれたグラスに手を伸ばし、ストローに口を付ける。 「男同士だからあんまりパパ活って疑われることもないし、気軽にヤれる相手みたいに思われてるらしくて――」  他のパパからどう思われようが真生には興味がなかった。ただお手当てだけをしっかりくれればいい、真生にとってのパパ活とはその程度のものだった。  突然真生は両腕を佳嘉に掴まれる。それがあまりにも唐突だったので、真生は思わずグラスから手を離してしまう。真生の手から離れたグラスはテーブルの上にコーラの海を広げながら転がっていた。 「ど、したの佳嘉さん……」  こんなに焦っている佳嘉を見るのは初めてだった。佳嘉は真生の両腕を掴んだまま正面から真生を見据える。 「他の相手とも掛け持ちしてるのか?」 「え、いや……してない、けど」  正直なところ、佳嘉と会い始めてから他の相手に割く時間が勿体なくて仕方なかった。パパ活希望の相手からはそれでもダイレクトメッセージが来ることもあったが、適当に誤魔化してお茶を濁していた。佳嘉と過ごす時間だけを優先したかった。 「足りないなら、今まで以上に僕が援助する。だからっ」  佳嘉が自らを〝僕〟と称する様子をただぼんやりと眺めていた。  腕を掴む佳嘉の腕は震えていて、少し俯きがちになるとその表情に影が差す。 「他の、相手とは……」  どれほど理不尽なことを言っているのか、理解せずにそれを口にする佳嘉の姿を見ていた真生は、涙も流さずに泣いているのと同じような感情を抱いていた。  セックスはしない、金は払う、他の人とは会わないで欲しい。それが歪んだ独占欲以外の何であるというのか。 「……それって、ぼくのこと独占して囲いたいって言ってるの?」 「そう受け取ってもらっても構わない」  そんな申し出は今まで何回かあったがすべて断ってきた。  ここで佳嘉からの申し出を断った場合、二度と佳嘉と会えなくなるかもしれない。その恐怖が先行した。  本当に愚かなのは一体どちらか。  これまでと同じく、金を渡すだけで身体の関係を一切持たない佳嘉か。  ここまでの仕打ちをされて、それでも佳嘉と一緒にいたいと願ってしまう真生か。  それでも、惚れた弱みには抗えようがなかった。  徐々に力が弱まる佳嘉の手を下ろさせ、その悲壮感が漂う顔を見る。  必死さを隠せない佳嘉の姿はどこか実年齢よりも幼く見えた。  真生は片手を佳嘉の肩から胸元に滑らせ、そしてきっちりと締められたネクタイへ指を絡ませるとそれを掴んで引き寄せる。  それはまるで佳嘉という〝パパ〟を飼うための首輪にも思えた。  佳嘉の耳元へ唇を寄せて真生は囁く。 「それなら月五十万出してよ佳嘉さん。大人なしで毎月五十万。そしたら他の人とは会わないって約束してあげる」  人は金額に見合った価値を求める。  今は大人なしで佳嘉も納得しているかもしれないが、いつかは毎月五十万円を支払っている真生に対して、それに見合う価値を求めてくる可能性だって充分有り得る。  断られたら終わりだ。佳嘉との時間も、この関係も、すべて失う。それでも勝負を賭けるしかなかった。  真生の言葉に、佳嘉の眉がかすかに動いた。その一瞬の沈黙が、永遠のように感じられる。そして――。 「…………分かった。毎月五十万渡そう」  永遠かと思えるほどの長い沈黙のあと、佳嘉がゆっくりと口を開く。  そして佳嘉はネクタイを掴む真生を見上げ、その小さな手を包み込むようにして握り込む。 「毎月五十万渡すから、私だけの真生くんでいて欲しい」  まるで熱烈なプロポーズのようだった。しかしそれは真生が望む形とは違うものだった。 「契約、成立だね。パパ」  胸が痛くて、ただ苦しくて、真生は八重歯を見せて笑った。笑うことで誤魔化そうとした真生だったが、胸の奥では何かがぽっきりと折れる音がした。

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