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出発
今回、宗教を侮辱するような表現を所々に使用しております。
特定の宗教を侮辱するような意図は決して持っておりませんが、苦手な方は飛ばして頂けると幸いです。
また、今回は血の表現も含まれておりますのでご注意ください。
***
ヴェルトとダーティの2人は落ち合い、事前に用意していた4人乗りの馬車に乗り込んだ。
キャビン内のカーテンを全て閉め、外から中の様子が窺えないようにする。
|帷《とばり》が降ろされた車内の温かな色合いのランプに包まれながら、2人は今から地獄の火クラブの会場へ向かう。
「よく似合ってるよ。その格好」
演奏家ダーティは、対角線上にある座席に足を組み腰掛けているヴェルトの服装を興味深そうに眺める。
白いシンプルなシャツにベスト。そのポケットから伸びる銀のアルバートチェーンがベストの第1ボタンにかけてゆったりとした弧を描いている。更にその上にテイルコートという後ろ部分が長いジャケットを羽織っている。
ダイア型の不思議な紋様がさりげなく入れられたズボンに皮のシューズが更に雰囲気を引き立てている。
「君には白が良く似合う。やや退廃的でありながら上品だ。君にも洒落た格好ができるんだな」
「ん~~……まぁ、ね」
気の抜けた返事をしたヴェルトは、そのまま下ろしている銀の髪を耳にかけた。
それと同時にゆっくりと馬車が走り出す。
車輪が石畳を踏む音と蹄 のリズムが相まって、なんとも心地良い。
「実はさ。誕生日プレゼントとして服好きな僕の友達から貰った物なんだよね」
「当てよう。そのジャケットにベスト。クリスアンドザバンデットだろ」
「……知らない。気にした事もないや」
「いつかその友人とも話したいものだ」
「そういえば……君も今日は燕尾服じゃないんだね?」
とヴェルトは強引に話を切り替えた。
ダーティは今、女性的な服装に身を包んでいる。
姫袖と呼ばれる袖口が大きく広がった、フリルたっぷりな白いブラウス。
黒い編み上げのショートコルセットに同色のフィッシュテールと呼ばれる後ろ部分が長いスカート。
そして膝下までの編み上げの、やけにヒールの高いブーツを履いている。
ちらりと見える筋肉質な太腿や出っ張った喉仏からすぐに男性だと分かるのに……何故だろう、全く違和感を感じない。
「実は今日、地獄の火クラブの開催者の好意で小さな演奏会を開かせてもらえる事になってね。その主役を引き立たせる為にこの格好をしているんだ」
「主役……って、ダーティじゃないのかい」
「あぁ。主役はコイツさ」
とダーティは自分の隣の座席に置かれた鳥籠を撫でる。
人目を憚るように布がかけられており中は見えないが……この中に入れる者で思い当たるのは1人だけ。
「まさか……ディック?」
「そうだ。飼うついでに楽器の弾き方と詩の書き方を教えてやったら想像以上に上手くてな。今日はそれを演奏させてやるつもりだ」
「楽しみだな、ラブ?」と鳥籠に呼びかけながら、ダーティは爽やかな笑みを浮かべた。
***
ヴェルトとダーティ、そしてディックを乗せた馬車はレザーの街を抜け、隣の村の離れにある建物の前で止まった。
馬車の中でダーティから渡された、マスケラと呼ばれる目元を覆う仮面を着けているヴェルトは、馬車から降りて建物を見上げる。
「ここは……教会?」
古そうだが立派な教会だ。あえてレザーのような大きな街から離れた所に造られたのだろう。
「廃れた教会だよ」
ヴェルトに続いて馬車から降りたダーティが微笑んだ。彼もマスケラを身につけている。
「教会に集まった好事家共が、神の意思に背く行いをする……なんとも素敵だろう? ヴェルト、まずは控え室に案内しようか」
内部の構造を事前に教えられていたらしいダーティは、高いヒールをものともせず、まるでモデルのようにカツカツと快い音を立てながら真っ直ぐ歩く。
ヴェルトは彼を追い廃教会の中へ。
廊下を曲がり進んだ先にある素朴な木の扉。その先には1人用の質素な寝室があった。
タンスの上に鳥籠を置き、布を外し扉を開けてやる。
「ラブ、出てこい」
ダーティの命令に反応し、1匹のコウモリがバッサバッサと頼りなく空を舞う。
そのコウモリは空で姿を変え、大男へと変化する。
奇しくも衣服はヴェルトと似ており、黒いベストやジャケットを身につけている。
色以外に違いを見つけるとすれば、ベルトとバックルが装飾過多なほど付けられているブーツを履いている。
他にはいつものメガネにチェーンアクセサリーを付けていたりと、やけに金属製の装飾が多い。
「重くないのかい」
「重てえ」
ヴェルトの問いかけにディックは正直に答える。
「でも似合っているだろう。攻撃的で近寄り難い感じがな。……さて、楽器の用意をしなくては」
「始まるまで時間あるよね? お手洗い行きたいんだけど」
「廊下出て真っ直ぐ進んで、その突き当たりにあるはずだ」
分かった。とだけ言い残し、ヴェルトは部屋を出て軋む扉を閉めた。
「ダーティ」
ディック呼びかけられたダーティは振り返り彼の顔を見た途端、抱き寄せられ口付けを受ける。
「おいおい、惚れさせる気か?」
ダーティの軽口を無視し、ディックは彼を更に強く抱き締める。
「俺はアンタの物だ。ダーティ」
それを聞いたダーティは口角を上げた。
「当然だろう。コレがある限りお前は私の者 だよ……嬉しいか?」
ズボン越しに貞操具を軽く握られたディックは少し嬉しそうに「ん」と返し眉をピクリと動かした。
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