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第3話

放課後、生徒たちが教室を出て帰路に着く。 俺は駐車場で相澤先生を見かけて後ろから追いかけた。車に乗り込んだところで、コンコン、と窓を叩く。 窓が開けられて、おずおずと相澤先生が顔を覗かせる。 「……どうした?」 「家まで送って」 「俺このあと用事あるんだけど……」 「へえ、口答えするんだ。あの写真ばら蒔いてもいいのかなあ」 少し声を大きくしてそう言ってのけると、相澤先生は慌てて車のドアを開けた。 思い通りになるって気分がいい。すぐに車に乗り込んだ。 「こんな所、ほかの先生に見られたら不味いんだからな」 確かにそうだろな。特定の生徒と距離を縮め過ぎるのは良くない。他の生徒への信頼関係にも関わってくる事だし、今のご時世的に親しくしすぎるのもよろしくない。それこそ、この間のニュースみたいな事を誤解される事だってあるだろう。 「早く出して」 「……頭下げてろ」 そう言われて車で校門を出るまで頭を下げて隠れる。校門を出たところで、もう一度座り直してシートベルトをつけた。 「家は、東通りの方だよな?」 「大通り真っ直ぐいってパチンコ屋を右に入ったところの川沿い」 「東條の家、豪邸だしな。目立つから大体わかる」 「……そう」 少し話して沈黙が流れる。車の走る音とラジオから流れる音楽が聞こえていた。 「東條は……俺といて、嫌じゃないのか?その、怖いとか、気持ち悪いとか、思わないのか?」 沈黙を破ったと思えば、そんな事を聞いてくる相澤先生に俺はおかしくて笑ってしまう。 「別に、嫌じゃない。まあ気持ち悪いとは思ってるけど。俺に嫌われてると思ってるの?」 そう聞くと、相澤先生は目を丸くする。 「え、違うのか?」 「そう簡単に、嫌ったりしないよ」 そう言った俺に相澤先生は黙って考え込んでしまう。 本当は、小テストのことを褒められた時すごく嬉しかった。そんな細かいことを褒めてくれる先生は居なかったのに、相澤先生だけは違った。 他の生徒達が少しいい点を摂るだけで褒められているのを横目に、俺はひたすら一番を取り続けていた。その事を最初こそ持て囃されたけれど、今となっては至極当然のようにスルーされる。 人一倍頑張っているのに、誰にも認められない。 そんな辛い感情を、相澤先生は救ってくれた。 だから。 裏切られたことにこんなにも腹が立つ。 信じていたからこそ、憎悪する。 手前の道沿いにドライブスルーのあるカフェが見えた。 「先生、コーヒー飲みたい。あとここのクロワッサン美味しいんだよね」 指さして相澤先生を見る。相澤先生は少し迷ったあと、「分かった」と車をカフェのドライブスルーに乗り入れた。 注文して、ホットコーヒーと焼きたてのクロワッサンを窓から受け取る。先生もコーヒーを頼んでいた。二人で車内でコーヒーを飲む。 クロワッサンを1口食べると、焼きたての甘いバターの香りが口に広がる。食べた拍子にクロワッサンのくずがぽろぽろと車内に落ちた。 「んっ、落ちちゃった」 「ふ、いいよ別に」 気にする俺に、相澤先生が口元を緩ませる。 「何笑ってんの」 「や、なんか東條も子供だなって思ってさ」 そんな事を言い出す東條先生を訝しげに見た。 「俺のこと、どう思ってたの?」 「努力家で大人びてて、隙の無い生徒。でも、今は少し違うかな」 「どこが?」 「隙がありそうだ」 横目でちら、と見られて目が合う。 「……俺の事狙うのやめてよね、それこそ通報するからな」 「そういう意味じゃないから、勘弁して」 眉を下げて困ったように笑う相澤先生に、呑気なやつだな、と思う。 俺の一挙手一投足で人生がかかっていると言うのに、意外とあっけらかんとした態度にこっちが困惑してしまう。それとも自暴自棄になっているのか?とも思ったが、そんな雰囲気は感じ取れない。 「なあ、それそんなに美味い?」 クロワッサンをちらりと見てそんなことを聞かれる。 「食べる?」 何となく、手をを伸ばして口元にクロワッサンを持っていってやる。 少し迷ったあと、東條先生は目を伏せて口を開ける。一口かぶりついてからぺろ、と舌でパンくずのついた唇を舐めとった。 「ん、うま。これめっちゃうまい」 このクロワッサンが美味しいのは昔から知っていた。あのカフェのメインのパンはクリームパンだけど、俺は昔から密かにクロワッサンを押していた。それを誰かに教えたことなんて今まで一度もなかったけど、他人とクロワッサンの美味しさを初めて共有できて、少しの優越感と嬉しさで満たされる感覚がする。 なんだ、こういう楽しさもあるのか。そんな風に思った。 クロワッサンを食べ終わった頃に、車は川沿いを走っていた。大きな門のある家の前で車は停る。 「ここだっけ?」 「うん、合ってる。じゃ」 そういってまだ中身の残ったコーヒーを手に取って車を降りる。 車は俺が降りた後すぐに走っていった。 東條先生の車を少し目で追ったあと、門に入る。 数字を入れて、電子錠の重たい玄関を開けると家には誰もいない。いつもの事だ。 お手伝いさんは朝ご飯を作って少しの家事が終わったら帰ってしまう。夜ご飯はいつも作り置きしてあって、「温めて食べてください」と一言メモ書きを残してくれている。 母親が帰ってくるのはいつも11時を過ぎた頃で、さっさと風呂に入ってしまうし、俺も部屋に居るので顔を合わせることは殆どない。 シンとした部屋に階段を上がる音が響く。 部屋に入ってベッドに横になると、目を閉じる。 思い出すのは東條先生のこと。 クロワッサンを俺の手から食べる東條先生。一口食べたあとぺろ、と舌で唇を舐めた仕草を思い返して、目を開ける。 「何考えてんだ、俺」 心臓の鼓動が少し早いのがわかる。身体が少し熱を持っていることに嫌気がして熱を振り払うように寝返りを打った。

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