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その飢えは許されない

 とうとうその年の秋口に勢い余って告ッちまった訳だけど、その場で俺はあっさりフラれた。大学に入学した季隼(きはや)に再会して、ヤツに惚れてるって気付いた頃から、俺はずっとあの手この手で口説き続けていた。最初は距離とられてたから、普通の先輩として慕ってもらえるまでマメに世話してやったり、何かといえば話しかけて、それは周囲の人間に揶揄われるくらいいつものことになってた。そしたら季隼も俺のこと好きって目でいっつもニコニコしてたし、俺は完全にいかれてたからそれが俺と同じ気持ち……つまり、季隼も俺のこと好きなんじゃないの? って気になって浮かれてたんだ。  それでとうとうその年の秋口に勢い余って告ッちまった訳だけど、その場で俺はあっさりフラれた。  マジ死にたいって思ったけど、 「付き合ってって言わないから、キス! キスだけさせてくれない!? いっかいだけでいいから!!」  情けなくも追いすがった俺に、季隼はキスを許してしまった。  多分それがヤツの間違いだったし、俺にとっても間違いだった。  俺はきっぱりと、 「そういう気持ちにはお応えできない」  とフラれたにも関わらず、季隼のこと潔く諦め切れなくなってしまったんだ。いや、この頃にはすっかり拗らせていた俺にフラれた程度で季隼を諦めるなんて、土台無理な話だった。  それから俺は、二人きりになる機会を狙っては季隼にキスをねだった。ねだると言っても、「キスして」ではなく、「キスさせて」なんだけど、俺としては季隼とキスできるなら何だって良かった。  季隼は押され弱くて流されやすいって気づいたのもその時で、前々から頼まれると嫌と言えないタイプではあるの気づいていたけれど、好きでもない奴にしかも男に、「キスさせて」と言われ、躊躇いながらも頷き目を閉じてキスされ終わるのをただ待ってる姿とか、どうにも危うすぎて可愛すぎた。 「他のやつが頼んでもキスさせるの?」  って聞いたら涙目で首を横に振って、確かにそれは頷くわけにはいかない言葉ではあったのだろうけど、俺からしてみれば俺だけが特別だって言われてるみたいで嬉しかったのだからどうしようもない。  俺のこと拒絶するならもっと強い力で押し退けないと。  それで、そのうち俺は季隼に、 「ベロチューしていい?」  って聞くようになった。当然のように首を横に振った季隼だったけど、何度も何度も頼み込むことを重ねたら、とうとうある日頷いてくれた。 「本当に?」 「いいの?」  なんて聞かずに、間髪を入れずベロを突っ込むキスで塞いだ。季隼は今まで誰ともキスをしたことが無かったって言ってたし、俺とキスをしてからも他のやつとそうい関係や雰囲気になったことも無いようだった。だからベロチューしたのも俺が初めての相手。当然のように、それからも何度かベロチューをさせてもらい、俺は完全に調子に乗っていた。再告白したら今度こそ受け入れてもらえるんじゃないか? って思ってた。  だけど季隼は俺がいくら、「好きだ」と言っても、口説いても、絶対に首を縦には振らなかった。  俺は何度も何度もヤツにフラれて、 「僕、女の人しか好きになれません」  そんなことまで言われたのに、それでも諦め切れなかった。  俺だって、女しか好きになったことなかった。彼女や好きな女は何回か変わったりしたけど、それでも次に好きになるヤツも女だった。大学で季隼に再会するまではそれが当たり前だと思っていたし、ずっとそうだと思ってた。  だから季隼に惚れてるって気づいた時、それも、「きっとずっと前から惚れてたんだ」という想いに気づいたとき、俺だってもの凄く戸惑ったし否定したかった。けれど俺のそれは誤魔化しようもなく断ち難い思いで、さらに誤魔化しようもない肉欲すら伴うものだった。中坊のガキみたいに激しく発情するのを、必死で押し隠してた。だけど季隼に近づくのやめられずに、罪悪感はありつつも先輩ヅラして接近した。  話しかけた。笑いかけた。触れた。そして、想いを告げて。キスをした。ベロ突っ込んで舐めた。  けれど何度もフラれ続けた。  季隼、俺のこと拒絶するならもっと強い力で押し退けないと。「イヤ」って言ったあとに、「ヤダ」って言ったあとに、強く言いすぎたんじゃ? 俺のこと傷つけたんじゃ? なんて躊躇うような目はやめないと。  だから季隼は、俺みたいな獣に喰われた。入学当初、俺と距離をとってたの、アレは正解だったな。  押し倒されて。引きずられて。のし掛かられて。  獣の交尾みたいに理性のかけらもなく。ケガまでさせられた。  だけど、 「愛してる」  って何度も言ったの聞こえてた?  俺は季隼のこと力尽くで押し倒し、ものにした。季隼は最初ヤダって暴れてたけど、そのうち泣きながら抵抗しなくなってた。たぶん、俺のこと哀れんだんだろうな。ずっと季隼に求愛し続けたのに全然受け入れてもらえず、それでいて完全には拒絶されないまま許されてた俺のこと。餌を与えられてますます懐いて、離れられなくなって。  けれど結局甘いその手に噛み付いたのは、季隼が他のやつのところに行こうとしたからだった。修復不可能な関係を、それでも手のひらで必死に傷口塞ぐようにして離れなかった。  季隼は好きな女が出来たって俺に言って、 「だから――」  って言った。  だから――何? もう二度と触れるな? キスをするな? 「好きだ」と言うな?  それって俺に死ねって言ってる? なぁ、俺から全てをとりあげないでくれよ!  って、勝手な言い分。拗らせた妄執と、欲望と、自己愛。そんなの俺にだって分かってたし、分かってたからこそその一線は越えないと誓っていた。季隼に騙し騙しにじり寄り、縋り付き、お前がいないとどうにもならなくなるんだって脅すようにして、けれど傷つけたりしないようにしてた。  大事だったんだ。大事にしてた季隼を傷つけて、修復不可能な関係を、それでも手のひらで必死に傷口塞ぐようにして離れなかった。手を離したら、もう二度と触れられないって思った。だったらもっと深く抉ってでも、張り付いた傷口から離れたくなかった。 ■  結局季隼はその好きになった奴にアプローチするとか、告白するとかそういうことしないまま過ごした。そして気がついたらその女の隣には別の男が居たし、俺は季隼の側にいた。  欲望のタガを外した俺は、それからも何度も季隼を抱いた。  季隼は本当に辛そうな顔で、 「嫌です」  って言ったけど、二度目からは強くは抵抗しなかった。  抵抗する気力を無くしたからか、もしかしたら怯えもあったのかも知れない。気力を無くしたのは、男なのに男に抱かれて、そして快楽を得るようになった身体を自分で知っていたから。怯えは、何が何でも季隼のこと自分のものにしたかった俺が、そんな季隼の身体に興奮しつくし貪ったから。  ひでーもんだよ、ホント。普段は先輩ヅラしてンのに、後輩犯して腹満たしてる。 ■  だけどある日とうとう、季隼が彼女を作った。合コンで知り合った、他の大学の子。  俺に抱かれながらいつの間にコソコソとそんなことシてんの? ってイラついたけど、結局季隼のやることに強く言えないまま、そのことは知らないフリしてた。  季隼、あの子とはもうヤッたの? 俺とのセックスより気持ち良かった? ケツでイくのとチンポでイくの、どっちのセックスが好き?  心の中で尋ねながら知らないフリして、その頃の俺は殊更優しく季隼を抱いた。季隼は彼女いるのに、そんなこと何も言わずに俺に抱かれてた。 ■  それで二ヶ月くらいかな? そのくらいして、季隼とその女は別れた。  それからも何度か彼女作った季隼だったけど、だいたい二、三ヶ月ですぐに別れてた。いつも相手から別れたいって言われて、そいつらとはセックスだって数回ずつしかしてないはず。  だってそれ以外の時間は、全部俺としてた。俺とその女たちが。  季隼は自分の女があっさりと俺に寝取られてたの、恐らく知っていたのだと思う。はっきり知らなかったのしても、薄々感づいてた。自分と同じようにして、自分の女たちが俺に抱かれてたって。最悪だな。  俺が彼らの間に表立って割って入らなかったのは、季隼がアイツらを抱く方の立場だったからで。いつだってアイツらは、その歪な食物連鎖の一番下にいると思ってたから。俺は季隼を喰らう、季隼はアイツらを喰らう……って言うにはちょっと消極的過ぎたけど……食べて。だから俺はそれらを全部丸呑みにした。  女と別れた直後の季隼は、自分から求めるようにして俺に抱かれた。クソビッチになった女どもが季隼の穏やかなセックスで満足出来るわけもなくて、だからといって俺がいつまでも相手してやる訳もなくて、他に適当な男を見つけて離れていった。季隼は自分も俺とセックスしてるから元々引目があったのだろう、一度も止めたことはないようだ。  そんな程度の執着で、初めっから付き合ったりするなよってのが俺の本音だけど、それでも俺は季隼を勝ち取った悦びに、喉を鳴らしながらいちばんのご馳走を平らげる。女と別れた直後の季隼は、自分から求めるようにして俺に抱かれた。勿論、自分から欲しいとか求めるような言葉は口にしないし、どれだけメスイキさせられても気持ちイイって認めなかったけど、いつもならしないような腰の動きで快楽を求めた。  その間もずっと、俺は季隼に、 「愛してる」  って言い続けた。  「愛してる」なんてしゃらくせぇ言葉、口が裂けても言えないって思ってた俺が、季隼相手ならいくらでも言えたし、それはもうほとんど壊れたボイスレコーダーが延々リピートしているようなものだった。俺の胸の奥に、腹の底に、身体の隅々まで「愛してる」って言葉が染みついて、離れなくなってて、快楽の中でだけそれが溢れ出る。どれだけ言っても届かないのに、口にし続けるとそのうち多幸感に浸ることができるようになる。  それでもヤッた後、いつも朝まで居続けず自分のアパートに帰ってく季隼。なんとか朝まで添い寝させて欲しいと頼み込んでもダメだった。むしろ押し倒された時よりも強く固辞されて悲しくなった。 ■  そうして、あと少しで俺も卒業するって頃に、季隼は懲りもせずにまた女を作った。今度はいつもより年上の、社会人らしい。  だけどこの女もダメだ。ちょっと俺が近づいていって話しかけただけで、ものすごく俺のこと意識してるの分かり易過ぎたし、連絡先聞いたら今までの最速で教えてきた。可哀想な季隼。  彼氏(季隼)とはどんなセックスしてんのか?そんなこと聞きながら責めたらめちゃくちゃ悦ぶ股のゆるいドM女で、俺はなんだか悲しくなってきて女の首に手をかけゆっくりと絞めた。ハメられながらジワジワと首を絞められる圧迫に、女は怯えを見せながらもやっぱり悦んでた。絞めたりゆるめたり、そんなことしながら膣の締め付け楽しんで、だけどこんなのオナホと変わンねーなって思い素直に零したら、そんなことにも悦ぶ変態だった。俺はもう嫌になって、興奮しまくってる女を置いてきぼりにその部屋を出た。  そしてそのまま季隼のアパートに行くと、シャワーを借りて肌に残る女の体液を全部洗い流した。だから俺は季隼が雄だって証明を黙って見守り、けれどそれを全部丸ごとかっ喰らった。 「之瀬(のせ)先輩?」  黙ったまま部屋に上がり込み、服を脱ぎ散らかしながら勝手にバスルームに入った俺にドアの向こうから声が掛かり、俺はその声だけで再び欲情した。だだ呼びかけられただけなのに、萎えていたはずのペニスがガチガチになって、ため息しか出なかった口がハァハァと乱れた息を漏らした。 「季隼、入ってきて」  言ったら季隼は黙り込んでたけど、しばらくして服を脱いだ彼がドアを開けた。俺がガン勃ちしてるのにすぐに気付いて、だけど逃げもしなかった。  だだ、 「ローションとゴム……とって来ますね」  シャワーの音に負けそうなくらい小さな声で言い、そんなことすら待てないでがっついた俺に、脱衣所を兼ねた狭い洗面所の床に押し倒された。  季隼が最後まで抵抗していたもの。それは何か……って俺には分かっていた。季隼は、自分がゲイだって認めたくなかった。実際は女も抱けない訳じゃないからバイなんだろうけれど、それでも男に抱かれる快楽に狂うような自分を認められなかった。  俺が何度も何度もその身体に教えてやっても、それでも認めようとしなかった。アナルを性器にしてやっても、その中に白濁した欲望を注ぎ込んでは種塗れにしてやっても、それでも折れなかった。何度ヤッてもチンポに負けてグズグスになっちゃうのに、あんなメス声俺にだけ聞かせて、ヤラれる度に腹ン中絡みつかせ吸い付いてイキ続けるのに、俺のメスだって認めなかった。だから俺は季隼が雄だって証明を黙って見守り、けれどそれを全部丸ごとかっ喰らった。 ■ 「之瀬……さん」  俺に注がれた白濁を溢しながら、季隼が寝返りを打ち呼んだ。そんなこと珍しかったから慌てて見下ろした俺は、腿から腰のラインがフゥフゥとまだ荒い呼吸と共に上下するのに、色気を感じていた。だからそこに手を伸ばして、振り払われないのに腹の上まで撫でる。  季隼は大きな目を薄っすらと細めて、 「僕のこと好きですか?」  って聞いた。 「好きだよ、愛してる」  そんな言葉が、自動的に飛び出すのに、 「やだなぁ、重いです」  季隼は珍しくおどけるように言って、ため息をついた。  そしてもう一度うつ伏せるようにして目を閉じると、そのままウトウトと眠り込む。可哀想だけどそのまま寝かせるわけにはいかないから、俺は季隼を揺り起こす。肩を揺すりこちらを向かせて、開かない目蓋にキスをする。 「季隼」  そして呼びかけたら、季隼はクスクスと笑いながら俺の手を掴んだ。そのまま握られた手に、俺は季隼の顔を覗き込んだけど、何となく待たれているような気になってキスをした。季隼の腕が俺の背中に巻きついて、そのままベロを突っ込んだら舐め返された。そんなこと初めてで、いつも人形のように俺にされるままの彼の反応に俺は夢中になった。 ■  けれどそれが季隼からの別れのキスだと、俺は気付くことが出来なかった。  季隼はそれきり、もう二度と俺にその身体を抱かせてはくれなかった。泣いても怒っても脅してもなだめても、何を言っても無駄だった。  それから二年後の東京で俺と季隼が再会するまで、季隼は決して俺を許してはくれなかったんだ。

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