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第2話③

「あの、よかったらフードを外してくれませんか? お顔がよく見えないので……少し寂しいです」 「え……? 」  クレイドは虚を突かれたような表情をした。しばらく眉間にしわを寄せて迷うような表情をしていたが、リオンがじっと見つめ続けると、やがて「わかりました」と小さく頷いた。 「驚かれることと思いますが……」  そう言いながらクレイドは深くかぶっていたフードを脱いだ。  彼はこの辺りでは見かけない容姿をしていた。リオンよりはだいぶ年上――おそらく二十歳半ばほどだろうか。滑らかな褐色な肌に灰褐色の輝かしい髪の毛。端正な顔立ちの彫りは深く、薄い灰色の瞳は思慮深く澄んでいる。  そして何よりも驚くことに、クレイドの頭には、犬や猫のような灰色の毛に覆われた動物の耳が生えていた。背後のマントが揺れ、長くしなやかな尾がちらりと見える。リオンは驚きに目を見張った。 「尻尾と耳がついてる……?」  茫然と呟くと、クレイドはリオンの顔からさっと視線を逸らした。 「……私は獣人です。リオン様は……獣人に会うのは初めてでしょう」 「ええ」  リオンはこくこくと頷いた。  獣人を実際に見たことはないが、この国の王都や他国には獣人という存在がいることは知っていた。彼らは獣を祖先に持ち、身体の一部にその特徴が継承されているという。その個体によって外見は様々で、獣の耳と尾を持つだけで人間に限りなく近い姿の者から、頭から上が完全に獣の姿をした者、手足までみっしり毛が生えた者もいるとも聞いたこともあった。  でも本当に本当に耳が生えているなんて……と驚きでじっと見つめていると、クレイドは再びフードをかぶってしまった。 「あっ、どうして隠してしまうのです?」 「……あなたを怖がらせてしまうから……」  ポツリとクレイドは呟いた。  「リオン様のお身に危害を加えることは決して致しません。必要以上に近づかないようにしますので、どうか怖がらないでください」 「え? 怖くなんかないですよ? ただ、その耳がかわいいなって」  リオンの言葉に、クレイドが驚いたように顔を上げた。 「すごくふわふわで気持ちよさそうだから撫でてみたいなって思ってました。あ、ごめんなさい。僕失礼なこと言ってますよね」 「リオン様……」  驚愕したように目を見開いていたクレイドが、ゆっくりと目を細めた。それが今にも泣きだしそうな顔に見えて、リオンは驚いてしまった。 「クレイドさん……? あの僕、何か悪いことを言ってしまいましたか?」 「いえ、そうではありません。そうではないのですが――」  何か言葉を言い淀むようにしていたが、クレイドは結局何も言わず、首を振って苦笑した。 「なんでもありません。……撫でたいのであれば……どうぞ」  クレイドがベッドのすぐわきに来て、床に膝をついた。撫でやすいように配慮してくれたのか、頭をこちらに向けて下げてくれる。 「えっ、触っていいんですか?」 「ええ」  クレイドは穏やかな顔で頷く。  「それじゃあ……」とリオンはベッドの上を膝立ちで移動し、そっと手を彼の耳に伸ばした。  見た目どおり、犬や猫の耳のような触り心地だった。さらりとした毛並みの下に、温かい皮膚の感触がする。 「……ああ、あたたかい」  耳を撫でていると心がすうっと穏やかになるようだった。ときおりぴくりと耳が動くのがなんとも可愛らしい。温かさと毛並みの柔らかさに心のこわばりが溶けていく。  久しぶりに腹が満たされたからだろうか、瞼がだんだん重くなってきた。あくびが漏れ出て、しまいにはうつらうつらと身体が船を漕ぐように揺れてしまう。それに気が付いたクレイドが背中を支えてくれた。 「お疲れでしょう。もうそろそろお休みください。今後の話は明日しましょう」  こくん、とリオンは頷いた。  一度気を緩めてしまうともう駄目だった。強い眠気にとろとろと意識が溶けていく。  クレイドがゆっくりとベッドに寝かせてくれる。その優しい手つきに母親を思い出した。 「お眠りください、リオン様。家の外は私の仲間の護衛の兵が守っています。私もここにおりますので、心配なさらずに」 「……ずっとここにいてくれる?」  夢うつつでリオンは問い返した。はい、と生真面目な声が返事する。 (嬉しい……)  その言葉が声になったかどうかはわからなかった。リオンは見守ってくれるクレイドの気配を感じながら、温かな気持ちで眠りの世界へと入っていった。

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