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第5話①
生まれ故郷の小さな村を出発してから十一日目の朝、リオンたちはようやくノルツブルクの王都へと到着した。
森沿いの道から王城へと続く大通りへと入ると、周囲が一気に騒がしくなった。
リオンは窓に掛けられた紅色の布の隙間から外を覗き、驚きの声を上げた。
「うわ……すごい人」
白灰色の石を敷き詰めた大通りの両側には、驚くほどにたくさんの人間が並んでいた。皆ノルツブルクの国旗の旗を掲げたり、懸命にこちらに向かって手を振ったりしている。すごい熱気だ。
「それはそうです。王に仕える第一騎士団は、民にとって誇りであり憧れなのです。それもこれも、すべては王が賢帝であられるからこそ」
隣に座っていたエルが得意げに言う。
まるで自分が褒められたかのように誇らしげだ。エルは国王陛下の侍従だった。陛下のことをとても敬愛しているのだろう。
微笑ましい気持ちでその横顔を眺めていると、エルがこちらを見て不愉快そうに眉を寄せた。
「これは騎士団の帰還に対する歓迎ですからね。決してあなたに対する歓迎ではありませんので、その点は勘違いなさらぬよう」
「それはもちろん。大丈夫、わかってるよ」
エルのきつい言葉に、リオンは苦笑いして頷いた。
あまりにあっけなくリオンが頷いたからか、自分の小言がなんとなく流されたからか、エルがなんとも言えない表情をした。
「そ、それと、あまり顔を窓から出さないでください。あなたの姿を見られると困りますので」
「うん。まあ、そうだよね」
もう一度リオンは頷いた。エルの顔が見てわかるくらいに渋くなる。
「……わかっているならいいのですが……」
エルはリオンから視線を逸らし黙り込んだ。
どうやら小言を言うのは終わりにしたらしい。
(もう一言くらい嫌味を言われるかと思ったけど)
リオンはそっとほほ笑み、自分の胸元に手をやった。服の中ではクレイドから借りた十字架の首飾りが揺れている。
(エルの毒舌を聞き流せるようになったのは、これのおかげだね)
今までだったらエルに小言を言われるたびに(自分は駄目だな)とか(疫病神のオメガだから当然だ)なんて思いが湧き上がってきたのに、今ではそんなふうに自分を卑下することは少なくなった。
それもこれも、全部クレイドのおかげだ。
数日前にクレイドに胸の内をすべて打ち明けてから、リオンは驚くほど心が軽くなったのを感じていた。
そのクレイドは今、隊列の一番先頭に立って、民衆からの熱狂的な歓迎を浴びているところだろう。朝少し会ったときには、隊服の中でも一番上等のものを身に着けていた。
(びっくりするほどに格好良かったなぁ)
クレイドの正装姿を思い出し、リオンはうっとりとため息をついた。
朝は慌ただしく別れてしまったけど、後でもう一度あの服装を見ることは出来るだろうか。『またあとで』と言っていたので、王都に着けばすぐに会えるだろうけど……。
(王都か……)
リオンは知らずに小さなため息をついていた。今度は不安から出るため息だった。
――王都に着いたら自分はどうなるのだろう?
何度かクレイドにもエルにも聞いてみたことがあったが、二人からの返答は、『王が決して悪いようにはしません』というものだった。
まったく要領を得ない返答だ。
その答えが本当なら、王の機嫌次第で王宮の外に追い出される可能性もあるということだ。
(せめて王宮の中の下働きとか、出来たらいいんだけど)
仕事はあるのか。住むところを借りることは出来るのか。
いままで小さな村で生きてきたリオンにとっては、全くの未知の世界だ。不安は尽きない。
だけどクレイドという味方がいる今、前よりはまともな生活が送れるだろうとは思っている。自分に出来る仕事を探して、なんとか暮らしていけたら万々歳だ。
しばらく走ると、馬車はがたがたと大きく左右に揺れ始めた。驚いて窓の外を覗こうとすると、エルが言う。
「王城への橋を渡っているのです。もうすぐ到着しますので、そのままで」
エルの言うとおり、馬車はそれからすぐに止まった。外から馬車の戸が開けられる。顔を出したのはクレイドだった。
「リオン様、王城に着きました」
差し出される手を掴み、馬車を降りる。
馬車は石畳の広場のようなところに止まっていた。周りには荷馬車や護衛兵たちの姿はない。おそらく王城の手前で別れたのだろう。
さらに周りの景色をよく見ようと顔を上げて、リオンはほうと感嘆の息を吐いた。
「綺麗……」
遠く青い山並みを背景にそびえたつ城は、白い鳥が長い首を伸ばしたような気高さだった。城も手前の門も細かく白い石を積み重ねて作られているようで、日の光で出来た陰影が複雑な模様を描いている。王城の周りは色とりどりの花や植栽が植えられていて、午前の柔らかい日差しの中で緑が輝く様子はこの世の光景とは思えないほどに美しい。
茫然と見とれていると、「リオン様」とクレイドに声を掛けられた。
「お疲れでしょう。まずはリオン様のお部屋に案内いたします」
「え? 僕の……部屋?」
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