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第10話
「白川? 白川おーい?」
「えっ? な、なにっ?」
「何ってなんだよ、突っ込んでくれよ」
「えっ、いやっ、楽しそうだから邪魔しちゃ悪いかなって……」
なんだよそれ、と洋は笑う。すると白川は少しだけれど笑ってくれた。それが嬉しくて、彼の背中を叩く。
「ぅわあ!」
「そーそーその調子っ。白川かっこいいんだから、やっぱ笑顔がいいよな!」
そう言うと、彼は笑いながら、困ったように視線を逸らした。合わない視線に若干不安はあるけれど、慣れていないだけかと思って気にしないことにする。
(もう少し、笑ってくれないかな……)
もちろん、見ていて気持ちがいい笑顔は、女の子の前でも有効だ。だから緊張で表情が固まってしまうのは、もったいないと思う。
(……ん? あれ?)
そう思ってあることに気付いた。
白川はモテる。ということは、近付きやすいということでもあるのだ。そしてそれは、白川とこんなふうに話す前の印象と変わらない。
(……んん?)
やっぱり洋たちといる時より、ほかの人といる時のほうが、笑っている気がする。遠くから見た時の白川を思い出し、洋は首を傾げた。
(直樹とも、普通に話してた……よな?)
それでは、白川が緊張してしまうのは、誰のせいだろう?
(……俺?)
洋は考える。何か白川に嫌なことをしただろうか? あえて考えないようにしていたけれど、自分だけ距離を置かれている気がして胸が痛んだ。
「洋、明日もバイトだろ?」
「え? うん、そうだけど?」
そんなことを考えていると、横から直樹に話しかけられる。すると、明日も来ていいかと聞かれたので、もちろん、と答えた。
「時間は今日と同じ? じゃあ、……あ」
多分スケジュールを確認しようとしたのだろう、直樹はスマホを見ると、三人のスマホが同時に鳴る。
「……哲也、明日もぜんちゃんと遊ぶって」
「なんだよリア充むかつくー」
メッセージを確認した直樹の言葉に、洋は口を尖らせた。彼の恋が成就することは願っているけれど、疲れた心身でそんな報告を聞くと、素直に喜べない。そんな自分が少し嫌だし、自分も女の子とデートしたいな、と羨んでしまうのだ。
「い、今は、……リア充じゃ、ないの?」
ふと、隣でそんな声がして白川を見た。彼はローテーブルの一点を見つめて、握った拳に力を込めている。
「お、俺は、……友達、と、こんなふうに過ごすのも、リア充だと思う……」
そう言う間にも、白川の耳がハッキリわかるほど赤くなっていった。緊張からか懸命に声を振り絞り、今の時間が大切だと伝えてくれる彼が、ただ奥手なだけじゃないと知って洋は嬉しくなる。
「……そうだよなっ。白川良いこと言うっ」
「うん。俺も今の時間楽しいよ」
洋が笑うと直樹も同意してくれた。異性と遊ぶことだけがリア充じゃない。それは本当にその通りだ。
「……ふふ、嬉しいなあ白川がそう言ってくれるなんて」
「そ、そうかな?」
しかし相変わらず、洋が見ても白川とは視線が合わない。こっちを見て欲しいなと思って顔を覗き込むと、彼は手で顔を隠してしまった。
「なんだよこっち見てくれよ〜」
「ご、ごめんっ。恥ずかしいこと言った自覚あるから……!」
「俺らとの時間が大事って思ってくれるんなら、もっと仲良くならなきゃだよなー?」
照れる白川が面白くて、洋はまたついついからかってしまう。直樹はそんな洋に呆れているらしく、ため息をついただけだった。
「白川は、なんでそんなに緊張してんの?」
直樹が何も言わないことをいいことに、洋は白川の顔をどうにか見ようと、さらに近付く。
「ち、近い……」
「見たところ俺に対してだけだよな? 俺のこと苦手?」
「……苦手と聞かれて、正直にうんって言う人いないと思うけど?」
直樹がつっこんでくる。そのあいだも、白川は「えっとその……」と顔を隠しているので、洋は一旦引いた。
「まあそうだよな。直樹は俺にハッキリ言ったけど」
「うん。ウザかった」
歯に衣着せぬ物言いに、洋は笑う。
「き、聞きたい……その頃の、こと……」
すると、白川は顔を隠していた手を外して、直樹を見ていた。直樹はちゃんと見るんだな、と思って、洋は視線を落とす。
「洋、話していい?」
直樹に聞かれて視線を上げると、優しい笑みを湛えた彼がいた。洋としては直樹との出会いは、恥ずかしいけれど、大切な思い出だ。
洋は頷く。
「洋、昔からこういう性格で、俺賑やかなの苦手だから、正直あまり好きじゃなかった」
「面と向かって言われると傷付くなー」
洋は茶化すと、直樹は笑った。今は違うよと言われて、わかってる、と洋も笑う。
「ほら、よっぽどのことがない限り、挨拶すれば返ってくるじゃん? 直樹はほんと、素っ気なくて」
「毎日毎日、めげずに声をかけてくれたよね。その元気はどこから来るんだって思ったくらい」
そんな洋だったが、その後すぐに祖父母との死別を経験する。かわいがってくれていた彼らがいなくなって、洋は大きなストレスを抱えていたことに気付いていなかった。
「やっと学校来たと思ったら、別人みたいに大人しいの。さすがに心配になって声をかけたら……」
直樹から話しかけられて、洋は嬉しくて笑った。笑ったあとにボロボロと涙が落ちてきて、直樹を困惑させてしまったのだ。
「とりあえず、保健室行こうって促したよね」
「あれはなー。助かった」
当時、洋は自分の身に何が起きていたのかわかっていなくて、保健室で泣きながら直樹に訴えた。
「けど、洋、声が出てなくて……。何言ってるかわかんなくてさすがに戸惑ったよ」
「自分では一生懸命訴えてるのに、なんで伝わらないんだってジレンマ? あれはもう味わいたくないね」
洋は笑いながらそう言う。すると、聞いていた白川が眉を下げたので、洋はさらに笑った。こんな話を聞いたら、何を言っていいのかわからなくなるのは当たり前だ。だから気持ちだけでも寄り添おうとしてくれるだけで嬉しいし、ありがたい。
「一週間くらいで声は戻ったけど。友達と話せないってのが一番堪えた」
だから洋の中では、人付き合いにおいて話すことが一番と考えている。祖父母との死別と、突然話すことができなくなる経験があったからこそ、洋は人と話したいのだ。
「言わなきゃ伝わらないことってあるから。だから俺は直樹と哲也と、……もちろん白川とももっと深い仲になりたい」
この言葉に嘘偽りはない。そう思って洋は白川を見ると、彼はまだ耳を赤く染めたまま、視線を合わせずこくんと頷いた。
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