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第19話

「いやー! やっぱライブっていいな!」  帰り道、洋たちは同じく帰る人たちの流れに沿って歩いていく。洋は今日を振り返った。  あれから、メインステージにも行ってパフォーマンスを見てみたのだ。さすがに大きなステージは有名どころのアーティストが目白押しで、盛り上がりも凄かった。 (しかも、珍しい白川が見れた)  洋は思い出して笑う。大人しいと思っていた白川だが、ライブ中は腕を振り上げノリノリだったのだ。同じくはしゃぐ哲也と一緒にジャンプしていて、ライブが終わる頃には、白川は哲也とも完全に打ち解けていたように思う。 「楽しかったか?」  洋は白川の顔を覗き込むと、彼はサッと身体を引いた。その行動に思うところがないわけではないけれど、洋は笑う。 「あんなにはしゃぐ白川と哲也、初めて見た」 「う、うん……。楽しかったよ、ありがとう……」  視線を逸らして呟くように言う白川。洋は頭の後ろで手を組んだ。 「そう? なら良かった。俺とももっと仲良くして欲しいんだけどな?」 「ご、ごめん……」  冗談めかして言ったのに、白川はさらに落ち着かなくなったようだ。謝って欲しいわけじゃないのに、言わせてしまったことに自己嫌悪する。 「あー、……いや、謝って欲しいとかじゃなくて……」 「そ、そうなの? でも、やっぱりあからさまな態度は良くないよなって、思う、から……」  自覚はあったんだ、と洋は笑った。 「い、いつも仲良くなりたいって思う人は、ずっと、遠くから見るだけだったし……」  洋は白川のその言葉に新鮮さを覚える。自分はその真逆で、仲良くなりたいと思う人には自分から近付いていく性格だ。ただ、表面上の当たり障りない話で盛り上がって、深い仲にはなれないわけだけれど。  広く浅く。それが洋の今までの付き合い方だった。もちろん、それも悪いわけじゃない。けれど直樹にも指摘されたように、このままじゃ確かに恋人はできないよな、と思う。いつか「チャラ崎」と言われたことを思い出し、あの時はムカついたけれど、人から見た自分の評価はそうなのかなと納得した。 「……そっか。変わろうと思ったんだ? なんかきっかけがあったのか?」  自然と、そんな質問が口から出ていた。いつもの自分なら、ここで相手の心情を聞く質問はしない。適当に「いいと思うよ」なんて軽く褒めて終わりだ。 「そ、それは……」 「それ聞く?」  躊躇った白川に代わって、洋につっこみを入れたのは直樹だ。少し考えたらわかるでしょと言われ、洋はきょとんとする。どうやら、直樹は何かを知っているらしい。 「……き、去年の新歓。とある人を見ていて……」  はっきりしない白川の返答に、洋は直樹の言う通り少し考えた。確か白川は、新歓で洋を知ったと言っていなかったか。 「……っ」  それなら、自惚れでなければきっかけは洋ではないか。彼は洋みたいになれたらと言っているし、直樹が呆れたようにつっこんだことが答えだろう。 「え、いやっ。……ビックリした。白川、ひょっとして思った以上に俺のこと好き?」 「ぅぇあっ!? す、すすすす好きっていうか、尊敬してるというか!」  洋が驚いて声をひっくり返すと、それ以上に白川も声をひっくり返す。思った以上に真面目に好かれていたことに、洋の心臓は忙しく動き始めた。 (い、いやいやいやいや、好きって言っても恋愛感情じゃないし、白川は本命いるんだから)  心の中でそう言い聞かせ、言葉のチョイスがまずかったなと思う。日本語の「好き」にはライクとラブの、二つの意味があるんだぞ、と脳内で叫んで心に刻んだ。 「だから、お付き合い、できるように……が、頑張ってみよう、かなって……」  しかし続いた白川の言葉に、洋は崖から突き落とされた気分になる。やはり彼には本命がいて、洋をお手本にその子に近付きたいと思っていることを、本人の口から突きつけられたのだ。  洋の心臓は、今度は嫌な音を立てて早くなる。先程自覚したばかりの恋は、どう転んでも絶望しかないのだと。視線を落とすと小さい笑いが漏れた。 (まあ、男同士だからそもそも望みなんてないよな……)  まさか自分が同性にこんな感情を抱くなんて、思ってもみなかったのだ。それでも、こうして前向きに頑張ろうとする白川を、応援しないなんて友人として失格だろう。  洋はめいっぱい気持ちを込めて、笑う。 「……そっか。それなら応援するぞー? ってか、いい加減その好きな子のこと教えてくれよ」 「そっ! それは……っ!」  努めて明るく言うと、いつも通り白川は慌てた。本当は苦しいけれど、白川のためだ、と掠れそうな声をお腹に力を込めて平静を装う。  相手の情報がない状態では、協力したくてもできない。洋はそう言ってまた白川の顔を覗き込むと、あからさまに顔を逸らされた。この、ちょっとしたことで照れる彼がかわいいと思ってしまうから、彼をからかうことが止められない。しかし今回は今までと少し違った。楽しいだけじゃなく、ほんの少しだけ口の中が苦くなったのだ。  決してこちらに向くことがない白川の気持ちを、自分は友人として白川を応援するんだろ、と心の中で言い聞かせる。 (両想いになれないならせめて、白川の笑ってる顔が見たい)  それくらいは願っても良いだろう、と洋は彼を見つめる。すでに真っ赤になった白川の耳を摘みたい衝動を抑えつつ、返答を待った。  しかし、彼から返ってきたのはつれない返事だ。 「ご、…………ごめん……。それは、まだ……」  茹でタコのように真っ赤になってしまった白川は、両手で顔を覆う。やっぱりそのまま歩くので危なっかしい、と洋は笑った。 「あー。急にすごく甘いケーキが食べたくなってきたー」  そこで唐突に声を上げたのは直樹だ。しかもなぜか感情がこもっていなくて、どうした、と三人は彼を見る。 「うん。砂糖吐くほどケーキ食べたい」  直樹が甘いものなんて珍しい、と思っていると、彼は哲也に奢ってよと言っていた。何で、と騒ぐ哲也の腕をグイグイ引っ張り、スタスタと先に行ってしまう。置いていかれた二人は一瞬目を合わせたものの、お互いにサッと顔を逸らした。 (やば、目が合ったけど逸らしちゃった……)  白川にこちらを見て欲しいと思っているにも関わらず、自分から目を逸らすのは良くないだろう。洋はそう思い直し、そろそろと白川を見る。すると向こうも同じようにこちらを見たので、苦笑した。 「直樹があんなことを言うなんて珍しいな」  そう言うと、白川は少し何かを考えて、彼も苦笑する。 「そうだね」  眉は下がっていたものの、力が抜けた笑みはやはり綺麗だった。洋は彼のこの微苦笑を、忘れないようにしよう、と誓う。想いが伝えられないならせめて、これくらいは、と。  やっと、彼とまともに視線が合ったことに気付いたのは、彼らと別れ、しばらく経ったあとだった。

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