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第22話

「なぁ白川。俺、お前といると、お前が憧れてるって言った自分になれない」 「……」  白川はまだだんまりだ。顔と視線を逸らし、気まずそうに下を見ている。  この際、全部ぶつけて玉砕したほうがいいのかな、なんて思った。このままもやもやしていたら、明るくて話しやすい自分とはかけ離れていくし、そんな状態が続けば愛想をつかされるのは時間の問題だ。  洋は、震える息を吐き出す。 「なぁ、白川が何を考えてるのかわからない。教えてくれよ、話してくれよ、俺はもっと白川のこと知りたい」  お前の恋だって――苦しいけれど――応援したい。洋はそう言うと、彼の反応を待った。  しかし白川は何か言いたげに口を開くものの、すぐに閉じる。何かあるのは確実なのに、ここまで促してもまだ話さないのか、とムカついた。 「……えと、……ごめん」  そう言われた瞬間、洋は机を叩いて立ち上がる。叩いた手が痛いけれど、そんなことはどうでも良かった。 「ごめんじゃなくて本当のことを言えよ! 人の気持ち掻き乱しておいて! こっちはどれだけ……!」  すると白川はそろそろと洋を見上げる。眉を下げてこちらを見る彼は、捨てられた子犬のような目をしていて、こんな時なのに胸が締め付けられた。けれど、洋はもう止まれない。 「俺ばっか気にしてるみたいでバカみてぇ! ……何か言えよ!」  洋がここまで言っても、白川は狼狽えたように視線を巡らせるだけだ。その様子にさらにムカついて、洋は白川のそばに行き胸ぐらを掴む。 「……っ」  強制的に洋を見上げさせられた白川は、まだ動揺しているようだった。こちらはすべて捨てるつもりでぶつかっているのに、同じように返してくれない彼に悔しくて涙が滲む。  所詮、洋の想いは一方通行だったということだ。こちらがどれだけ本音を明かしても、話してくれないなら仲良くする意味がない。  ――だったらいっそ、友情なんてないほうがマシだ。  洋は顔を近付けると、唇で白川の頬に触れた。そのあと掴んだ胸ぐらを乱暴に突き放し、勢いで研究室を飛び出す。次々に溢れる涙で視界が悪く、それを腕で雑に拭いながら走った。  自分でも、どうしてあんな行動に出たのかわからない。けれど、どう言葉にしていいのかわからず、結果的に好意が伝わったかもしれないと思ったら、あれで良かったのかもと思う。  後々のことなんて考えていなかった。戻ってきた哲也と直樹はなんて言うだろう? その前に白川はあんなことをされて驚いただろうし、気まずくなるのは確実だ。そんなことを考えながら屋外に出てキャンパス内を走り続ける。 「……っ、はあっ!」  しばらく思い切り走り、疲れて膝に手を当てて立ち止まると、自分がずぶ濡れなことに気が付いた。おまけに荷物もスマホも持っていないことを思い出し、とりあえず雨宿りできる所まで歩く。  雨が当たらない所に来ると、ホッとした。今更ながら靴の中もびしょびしょで、張り付いた髪と服と靴下が気持ち悪い。このまま屋内に入るのは躊躇われるので、その場にしゃがんだ。 「……どーすっかなぁ……」  全力で走って気持ちはスッキリしたものの、自分がやったことは取り返しがつかない。今後白川にどう接したらいいのか、とか、濡れネズミな上に荷物がないのでどうやって帰ろうか、とか考える。 「あ、いたいた。良かった、見つけた」  すると構内から、スマホで通話しながら直樹が走って出てきた。直樹は洋の様子にすぐに気付き、電話の相手に待って、と言っている。 「あー……場所はまた連絡する。哲也は白川をよろしく」  洋は直樹を見上げると、どっと安心感に包まれた。彼は通話を切り、洋を見下ろして苦笑すると、「なんて顔してんの」と隣にしゃがむ。 「おれ、……どんなかお……?」 「中学のあの時みたいな顔してる。今は泣いてないけど……いや、泣いたね?」  雨で髪も顔も濡れているのに、直樹にはなんでもお見通しのようだ。洋は笑おうとして、失敗した。ぐす、と鼻をすすると直樹は心配そうにこちらを見てくる。 「白川とちゃんと話しなよ」 「話したよ。お前の気持ち聞かせてくれって言ってもダメだった」  すると直樹はため息をついた。あのさ、と直樹は洋の顔を覗いてくる。 「白川は強く言うと引いちゃうの、知ってるでしょ?」 「……なんだよ、なんでも知ってるふうに……」  もちろん、洋も白川がそういう性格なのはわかっていた。なのに勢いに任せて大声を出し、無理やり言葉を引き出そうとしたのだ。それが悪手だったのは、今だったら理解できる。 「知ってるよ。俺は白川に相談受けてたからね。……おっと、これは内緒だったのに話しちゃったなー」  言葉の後半は、わざとらしく棒読みになる直樹。どういうことだと彼を見ると、直樹は土砂降りの雨を遠い目で見つめた。 「相談って……俺も友達なのに? なんで直樹? 白川は俺に憧れてるんじゃないのかよ?」 「……たぶん、口が堅そうって思われたんじゃないかな」  まあ、今話しちゃってるけどね、と直樹は真顔で言う。 「……相談ってなに?」 「白川の好きな人について。……というか、俺が気付いて聞いちゃった」  洋はひゅっと息をのむ。あれだけ洋に打ち明けることを拒否していたのに、どうして直樹には相談までしているのか。  そんなに自分が信用できなかったのだろうか。 「……なんだよそれ。……なんだよそれっ! なんで……!?」 「落ち着いて、洋」  白川には、ずっと自分を見て笑って欲しいと思っていた。なのにそれは叶わず、直樹がそれを叶えられているのはなぜなのか。

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