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第34話
「動いていい?」
「……まっ、て……もう少しこのまま……」
うん、と恵士は頭を撫でてくれた。彼の頬も身体も熱いのに、洋はどこかホッとする。洋も恵士のうなじを撫でると、彼はその体勢のまま耳元にキスをした。それが少しくすぐったくて洋は肩を竦めると、後ろが勝手に動くのがわかって、いたたまれなくなる。
「……あったかいね」
「うん……」
洋はあったかいというより熱いだろう、とつっこみたかった。けれどすぐにそれは野暮だろうと思い直す。心も身体も繋がるこの行為は、文字通り温かくて熱くて、優しくて烈しい。
「そろそろいい? ゆっくりするから」
熱っぽく呟いた恵士は顔を上げた。洋は頷くと、宣言通りゆっくり楔が抜かれる。途端にゾワゾワと背筋に何かが走り、甘い吐息が口から出てきた。
「……っ、痛い……?」
「ううん……、違う……大丈夫……」
洋はそう言うものの、身体に異変を感じていた。
どう考えても本来その用途で使わない器官なのだ、だからこんな感覚になるのはおかしいと思う。
――もっと激しく動いて欲しいと思うなんて、どう考えてもおかしい。
しかし恵士は洋が苦しがっていると思っているのか、ゆるゆると動くだけだ。
「け、けーじ……」
「ん? やっぱり痛い?」
「い、いややめんなっ、良いから……っ」
案の定止まろうとした恵士に、洋は慌てて続けるように言う。恵士は少し不思議そうな顔をしていたけれど、洋が抱きつく腕に力を込めると再びゆっくり動き出した。
「ぅ……」
やはりゾクゾクする。洋は上がる息を抑え、出そうになる声を唇を噛み締めて止めた。その様子を見ていたらしい恵士が、洋の頬を撫でてくる。
「……もしかして、感じてる……?」
「……っ」
詰めた息は、恵士に肯定だと教えてしまったようだ。彼は目を見開き、それから微笑む。綺麗なその笑みは、洋の心と後ろをきゅう、と締め付けた。
「……良かった。いいよ、そのまま感じて……?」
「え、あ、……やだ……っ」
先程よりは少し早く、恵士は動く。こんな動き、AVでは見ないくらい優しいのに、必死で声を抑えないといけないほど感じている自分はおかしい、と洋は胸が熱くなる。
どうしてここでまた泣きそうになるんだ、と思った。恵士はどこまでも優しくて、触れる手も柔らかくて、全部受け止めてもらえているような気がする。それは本当は寂しがり屋で臆病な自分を、受け入れてくれたようで嬉しいからかな、なんて回らない頭で考える。
「うっ、ぅうう〜……」
またボロボロ泣きながら恵士にしがみつく洋。普段は洋のほうが積極的なのに、甘やかされている実感がさらに身体と胸を熱くさせた。
「かわいい……」
目尻に吸いつかれて、なぜかそれにも感じてしまう。感覚が色々バグってる、と思いつつも涙とゾクゾクは止まらない。熱い吐息が頬にかかるのも嬉しくて、後ろが熱くなったと思ったら腰がわずかに跳ねた。
「……っ」
すると恵士は息を詰める。うわ、と声を上げたかと思えば、小さく呻いて彼は動きを止めた。ふるりと肩を震わせるのを見た洋は、後ろが勝手に彼を締め付けてしまうのを感じて恥ずかしくなる。
「……あーごめんね、もういっちゃった」
でも気持ちよかったありがとう、と微笑む恵士はやっぱり綺麗だった。艶のいい髪を洋は撫でると、無意識にもっと、と呟いてしまう。
ハッとした洋は慌ててた。
「あ、いやっ、……なんかすげぇ安心して心地よかったから、これなら別にこっち側でもいいかなって……!」
けれどその言い訳も、恵士を喜ばせることになってしまったようだ、ずるん、と肉棒を抜いた彼はすぐに指を入れてくる。うあ! と声を上げた洋は彼が嬉しそうに笑っているのが少し怖かった。
「初めてなのにそんなに感じてくれるなんて……洋はエッチだね」
でもそれもかわいいな、と指を動かす男は誰だろう? と洋は再び恵士に縋る。
「ちょ、……やだやめろっ」
「もっとって言ったじゃない。……いいよ、洋の気が済むまでしてあげる」
口調はいつも通り優しいのに、中に入った指は容赦ない。グリグリと押され、その度に背中が浮きそうなほどの快感が走るので、洋は涙目で恵士を見る。
「う、――ふ……っ」
「……イメトレしたかいがあった……」
「……へ?」
洋は今なんて言った、と恋人を見るけれど、一瞬で快楽に襲われてしまった。本当にこれは恵士なのか、と思うほど積極的な彼に、心の中で「むっつりだ!」と叫ぶ。
「あっ、……あーッ! だっ……めだって……!」
「……ん、気持ちいいね」
人の話を聞け、と洋は思うけれど、出てくるのは恥ずかしい程の甘い声ばかり。それが恵士を喜ばせているとは思わず、洋は悶える。
「あ、さっき出したの、出てきてる……」
「言うなよ恥ずかしい!」
そういえばそうだった、と洋は照れで涙目になった顔を手で隠した。泣き顔もしっかり見られたから今更なのに、訳がわからなくなって逃げたいのに逃げられない。
「恵士……っ、キャラ違うっ!」
「洋こそ、陽キャに見えるのにすぐ泣くの、かわいい」
ああ言えばこう言う。その間も奥に入った指は動いているから、洋はグズグズと溶かされていくばかりだ。そしてそれが、嫌じゃないからムカついてしまう。
「中でいけるまでやってみよっか?」
「んんんーっ!」
洋は悶えながら、思いつく限りの悪態を心の中で叫んだ。
◇◇
部屋の向こうで、シャワーの音と鼻歌が聞こえる。
洋は部屋で膝を抱えて、小さくなっていた。
あれから本当に、足腰が立たなくなるまでいかされた。もうだめと洋は恵士に泣きつき、上機嫌になった恵士は洋の身体を丁寧にホットタオルで清め、シャワーに向かってしまう。ムカついた洋は彼の服をこっそり自分が着て、彼がパンツ一枚で出てきたところを笑ってやろうと思った。
しかしそれでも洋の溜飲は下がらない。なのでスマホを取り出しある人物にメッセージを送る。
『恵士はケダモノだ。あいつマジで油断ならねぇ』
実は恵士がむっつりだったと伝えたつもりで、洋は満足して一息ついた。するとすぐに着信があり、応答する。
「もしも……」
『人の情事を聞く趣味はないからもう送ってこないでくれる?』
ため息混じりでそう言ったのは直樹だ。なんでだよ、と洋は口を尖らせた。
「あいつ人畜無害な顔して……容赦ないんだぞ?」
『……人の話聞いてた?』
本当に迷惑そうにため息をつく直樹。浮かれた奴の浮かれた話は恥ずかしいから聞きたくない、とまで言われ、浮かれてない、と洋は反論する。
『ああそう。洋の一言で俺色々察しちゃったけどそれ全部答え合わせでもする?』
「な、なんだよ……?」
どう考えても恵士への文句だろう、と洋は思う。直樹は一体何を察したというのか。
『まず、お前らセックスしたんだなってこと。そして白川が思いのほか積極的で洋も満更でもないってこと』
「だ、だからこれは文句だって!」
『文句に見せかけた惚気でしょそんなの。本気で困ってたらそんなテンションで話さない』
うぐ、と洋は言葉に詰まった。それに細かいことまで話していないのに、セックスをしたことまでバレてるのはさすが直樹だなと思う。
しかし洋が何も言い返せないでいると、直樹はため息をついた。本気で呆れられたのかな、と洋はヒヤリとする。
『……嬉しかった?』
「……」
直樹の優しい声が聞こえて、洋は胸が熱くなった。
他人から大事にされることが、こんなに嬉しいと思ったのは祖母が生きていた時以来だ。うん、と小さく返事をすると、「それを本人に伝えな」と言われて通話は切れる。
――恥ずかしい。今更になって自分が直樹の言う通り、浮かれていたことに気付いた。それでも、話を聞いてくれた直樹に感謝する。
「……洋、何してるの?」
ふと声がしてそちらを見ると、下着一枚でこちらにやってくる恵士がいた。出てきたら笑ってやろうと思っていたのに、洋は上手く視線を合わせられなくてそっぽを向いてしまう。
「もしかしてまた煽ってる? 俺の服着ちゃって……」
「違うっ、お前がパンイチで出てくるのを笑おうとしてだな……!」
「……そう?」
そーだよ! と洋はベッドに乗ってタオルケットに包まった。頭までかぶるけれど恵士は何も言わない。なので先程直樹に言われたことを伝えようと思った。
「恵士」
「ん?」
「大事に抱いてくれてありがと」
くす、と笑う声がした。洋は顔は熱いしただでさえタオルケットの中も暑い。それなのにそこから出られない。
「……うん。こちらこそありがとう」
心底嬉しそうな恵士の声がする。
恋人のそんな声が聞けるなら、これからはちゃんと自分の気持ちを伝えよう、と洋は思った。
【完】
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