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第1話

 本当にある日の事だった。  「メッセージ…ボトルを、高校の夏休み最終日に流したい?」  「無理なら秋ごろ? 涼しくなった頃とか?」  内心。  スローライフ系ゲームで、砂浜に流れ着くメッセージボトルが、頭に思い浮かんだ。  永は、苦笑しながら振り返る。  当の永は、病院の薬臭いのが嫌いと言って俺が見舞いに行くと連絡を入れると、病院の敷地内の広場に連れ出せと車椅子に自ら乗り込んでくる。  俺が、必ず来られる日にちは、土日。  高校や中学からの付き合いのあるクラスメイト達も、大学生にもなると就活やらバイトやらで毎日しんどいと口にするが…  就職組の方が、毎日キツイっての…  それでも、男女関係なく。  永のお見舞いは、別だ! と言ってやってくる。  常に誰かしら病室に出入りしていると言う。  その永自身は、現在長期入退院のために2度目の留年をしていて高校には、1年半しか通ってない。  おばさんから聴いたけど、高校は休学扱い方だとか。  本人は、高校を自主退学して退院後に定時制高校や他の方法で、高卒認定を、取りたいと口にしているらしい。  永は、体が弱いだけで学力は高い体さえ何ともなければ、コイツは大学とか専門校にでも行けたんだろな…  「幾瀬は最近、仕事どうなの?」  「まぁ…まぁ?」  「えっ…何で、疑問系? 質問してるのコッチ!」  俺は、昔から勉強は苦手だったし大学や専門校まで行って、なりたいものはないと、手っ取り早く町中の飲食店でバイトを始めたが、性に合っていたのか…  入れ替り激しいバイトのホールスタッフの中でも、中堅と化して正式に社員として雇ってもらえる事になった…  「幾瀬は、見た目チャラいけど、根は真面目なヤツだから」  「チャラいは余計だ…」  夏に似た風が、吹き付ける。  その風に混じって永は、呟く。  「…手術…するんだ…」   永の手術は、これで3回目。  小学校から今までの間に長期の入退院を、3回繰り返していている。  「この手術が成功したら。まぁ…普段の生活に差し支えない程度になるって、無理をしなきゃ普通に生けていけるんだよね…」  生まれつき心臓の弁が、上手く動いてないせいで、心臓に負担が掛かる運動は禁物。  普段の移動手段は、車椅子。  「…で、手術…いつ?」  「来週?」  何で、それこそ疑問系?  「…来週だよ…」  聞いてない。  「平気か?」  「そりゃ…怖いよ。心臓の手術って、体は機械で生かされてて…心臓は、止まってる状態でするんだもの…」  おばさん達から、聞いたことがある。  「手術が、終わって…機械を通さなくても、ちゃんと心臓が動いて目が覚めるまでの事を考えると怖いよ」  「…だよな…」ぐらいな事しか言えない。  気の利いた言葉は、無い。  出てくるわけがない。  「…ねぇ…聴かないの?」  「何を?」俺は、はぐらかすように答えた。  「…手術が、終わって…目が覚めたら何が、見たいとか?」  物悲しい顔を見ると、ギュッと胸が締め付けられる。  「…何が、見たい?」  そんな問いに永は、ジッと俺を見上げてきた。  「皆の顔とか?」  「皆?」  「目が覚めた俺を、皆して泣きながら見下ろしてる感じ?」  「泣いてそうだな…おばさんと、おじさん。号泣してそう」  「あっ…やっぱりそう思うよねぇ〜…っで、退院したら。幾瀬のお母さん達とか、後…皆…友達に会いたい」  改まった顔して、ヤツは言った。  「皆、顔出ししてるってグループのメッセージに流れてきてるけど?」  「来てくれてるよ。だから。今度は、俺が会いに行きたい」  重みが加わった言葉は、行き場をなくしたように、その場に漂う。  「…退院したら。皆して、どっか行くか? それこそ海とか…」  「海には勿論。皆でも行きたい。でも、幾瀬とも一緒に行きたいなぁ…」  「なんじゃそら?」  真剣な目して、見上げてくるものだから。  俺は、慌てた。  「分かってるクセに…」  「…ハイ。ハイ。そうだよ!」  クシャクシャと、永の頭を撫でる。  別に…  好きだとか、言われたわけじゃなし。  俺からも、そう言った覚えはない。  ただお互いに、相手の言いたい事や考えてるいる事が、何となく分かってた。  その分。  居心地が、良かったんだ。  まぁ…周りからは、どっちなんだよって、よく言われたけど。  そんなんで…  俺と海に行きたいと言われたとき正直、何言ってんだ。コイツ? とは思わなかった。  「後は、そうだなぁ…退院祝いが欲しい」  「厳禁だなぁ」  「どん欲になろうと思って。早く退院してリハビリ頑張って、歩けるようになったら自分で海に行く。泳ぐのは無理だけど、それでも、海に行きたい。連れてって…くれるだけでいいから。お願い…」  断る気は、更々なくて…  うん。とだけ頷いた。  俺は、普段通りに立ち振る舞えているのか?  不安で仕方がないけど、その不安は、見せてはダメと自分に誓った。   「で? ドコからそのボトルが、出てくるんだ?」  永は、ゴソゴソと上着から手の平よりも大きめなコルク栓の付いた小瓶を取り出した。  透明な瓶の中には、既に便せんよりも小さな紙が何重にも折り込まれて状態で、入れられていた。   「流すの?」  小瓶を手の平に転がして、永は寂しげな目をした。  「…どうしようかなぁ…って、考えてるとこ…」  「そっか」  「ねぇ。幾瀬さぁ…コレ預かってて俺が退院するまで、それまでに海に流すか…どうするか、決めるから」  「うん…」  「それに、これから手術とかになると部屋の移動とかあるし…無くしたら嫌だし…」  押し付けられるようにボトルを、預かった。  約3ヶ月後、高校の夏休み最終日。  2人で海に行く。  そんな事が、勝手に決められた。  「俺の意見は、無視かよ?」  「だから。退院祝い。絶対頑張るから」  見るからに顔色悪くて、辛いのに何言ってんだか…  「あっ! 中身見ちゃダメだよ!」  「ハイハイ…って、中身が見えた場合は?」  一瞬、永は戸惑うように首を傾げた。  「考えてなかったのかよ?」  「………」  「永? どうした?」  「……ろいを、かけ…」  「何?」  「呪いをかける! 見たら責任取れ!」    呆然と立ち尽くす俺は、車椅子の動きを止めた。  「幾瀬?」  「えっ…あぁ…病室に戻るんだったよな…」  「ちょっと…しっかりしてよ幾瀬!」  「ごめん。呪いとか言うからビビったんだよ」  「幾瀬ってビビリだっけ? お化け屋敷でおばけを蹴散らす幾瀬が?」  「ビビリじゃねぇーし…蹴散らしてもいねーよ?」  「ムキになんないでよぉ〜ww」    なんって…今では、笑っているが、永が緊急入院したのは、今年の春先だ。  まだ吐く息が、白くなる頃だった。  高校を卒業してから実家を離れ一人暮らしをしながら。  飲食店で、ホールスタッフとして仕事をしていた俺は、実家や親友達からの連絡に昼休憩まで気付かなかった。  その後は、無理言って早退して病院に駆け付けた。  …が、  永本人は、意外にケッロッとしていて拍子抜け。  変な汗が出た。  元々、ガキの頃から入退院を繰り返していて今回は、体の事を考慮しての長期の入院となっている。  俺と永は、またま家が近くで、これまた同じクラスになる率が高い遊び友達だった。  高校こそ別になったが、同じ路線だったこともあり。  よく行き帰り一緒になった。  「…永が、幼馴染みで…良かった」  幼馴染み…  「そうだな」  「ねぇ。もう少し早く移動出来ない?」  ブーブー文句、言ってんじゃねぇーよ。  「看護師さん達から。あんまり振動させないようにって、言われてんだよ!」  「真面目か?…」  「もうそろそろ。病室戻る時間な!」  「えぇーっ」  そんな遣り取りは、いつもの事で当たり前って、言うか何って、言うか…  限り無く焦りを感じていて、不安がずっとあって、消えもしなくて…  常に。  いつかは、って…  言葉が浮かんでは、掻き消すのに必至だった。  本当は、知ってた。  思ったように、体力が回復せず。  1年以上手術が、延期になっている事…  例え手術をしても、長くは生きられない事。  「言えるわけ…ねぇーじゃん…な」  俺は、葬儀会場でアイツの遺影を見上げていた。  永の容態が急変したのは、あれから1週間後の真夜中だった。  俺や他に連絡を受けて急いで友人達と駆け付けた時、病室やその通路には中学まで、一緒だったクラス連中が居た。  全員ってまではいかないけど、駆け付けられる距離に居る大半が集まってた。  いつもの仲間達の姿があった。  呆然としたり。  肩を、振るわせていたり。  泣きじゃくっていたり。  ホント。  人懐こいヤツだったからなぁ…  永の親族達と、代わる代わる病室を覗いた。  思い思いに、耳元で話し掛けたり。  手を握った合った。  その手は、普通に温かくて…  にわかには信じられなかった。    「良かったね。皆、来てくれたのよ…」  微かに震えるおばさんの声が、病室に響く。  お前が、想像してた光景は、これだったのか?  違うだろ?  違うって、笑って言って…欲しい。  俺が、こんな所で…  どう足掻こうが、どう思おうが、何も変わらない。  多分。  限界なんだと思う。  心臓も、  永自身も…  知ってたのかなぁ…  こうなるって…  分かってて…  海に行きたいなんって、無理な願い事を言ってきたのか?  アイツが、居なくなった日の昼。  俺は、1人海にやって来た。  約束は、もう少し先で。  退院してからの話だったけど。  アイツが、病院から家に帰ってきたと近所に住んでる母親が、少し前に連絡をよこした。  何って言うか、  居ないんだって、言葉では分かってる。  ただ。寝てるだけじゃなくて…  ずっとこの先どうやっても、目は覚めないってのも、分かってる。  疲れ果てた心臓も、二度と動かない事も…  それなのにアイツが、いつもみたいに側に居る気がしているのは、多分。  信じたくないから。  もしかしたら幽霊みたいになって、近くにいるかもしれない。  いつもみたいに言葉を、交わしたい。  いつもみたいに照れ隠しで、触れるんじゃなくて…  その存在を、感じたい。  直後の俺は、呪文みたいにいつもみたいにを繰り返していた。  頭では理解している。  焼けたアスファルトの上を歩く。  ジリジリとした熱さ。  滲む汗を腕で拭う。  水面が揺れた波が、壁や岩を打ち付ける音。  今、手が届くのは、この防波堤の上ぐらいだと登った。  海は青く空は、異様に静かだった。  真っ白な入道雲が、モクモクと泡立っていくクリームのようにも見えてアイスクリームを2人で食べた小学生の夏休みを思い出す。  仲の良い仲間達と、海に出掛けた帰りだ。  帰りの方向が同じ俺は、永の体調を考えて早目に帰宅を促したが…  『もう帰っちゃうの?』と、目を潤ませて縋り付く永に根負けしてコンビニからアイスクリームを買ってやると…  『食べていいの? ボクお金持ってないよ?』  『いや…これ…おばちゃんから何かあった時用に持たされてたから…』  俺は、小さながま口の財布を取り出した。  『お母さんが?』  『うん。お前の体調が良ければ、帰りにアイスでも買って食えって持たせてくれた』    アイツは、ニコニコしながら防波堤によじ登って…  俺に向かって早く来るようにと急かして…  一緒にアイスクリーム食ったっけな…  沖には大型の船が停まっているぐらいなゆっくりと入っていくものだからアイツは、停まってるって聞かなくて…   『そう言う風に見えるだけだって…』  『違うもん! 停まってんの!』  『……………』こっちが、引かないと口聞いてくんねぇーしな…  俺の目にはどう見ても、動いているように見えている。    ブツブツって文句を言いながらソフトクリームをぱくつく永は、沖を見ながら何かに気付いたように目を真ん丸くさせている。  水平線の大型船と沖の手前に浮かぶオレンジのブイは等間隔に配置されている。  『あっ……』悔しそうな恥ずかしそうな顔を真っ赤にさせて…  『永。帰ろう。おばちゃん達が心配するよ』  『…あの…』  『帰って夕飯食ったら。俺んちでゲームしよ!』  素早く立ち上がり永に手を差し出す。  『うん』  今となっては、そんな風に言い合いをした時のアイツが、どう感じていたか何って、俺には分からない。ただ手を差し出すと、アイツは必ず俺の手を握り返してくれたのだから少しは、永を助けられたのだろう思う事にした。  ガキの頃から。いつも一緒になって、見てた光景をスマホに収めた。  1人取り残されたのは、俺か…  それともアイツの方か、海側に足を出して防波堤の上に座り込んだ。  俺の手の平には、預かったままになったメッセージボトル。  ナゼか、何が書かれているのか、読んでもないのに分かってて…  「……開けるぞ…」  そうアイツに断りボトルの栓を開けた。  手紙が瓶の底に落ちていた為に何度か振って取り出した紙には、同じ想いが、アイツなりの言葉で綴られていた。  直接、伝えなきゃならなかった言葉。  直接、聞かなきゃならなかった声が、いつの間にかに涙に変わってた。  溢れ落ちる涙に潮風が、吹き流れる。  わざわざ言わなくてもじゃなくて…  もっと早く声に出していればと、後悔したところで何も変わらない。  ずっと近くに居たはずなのに、近くに居すぎて気持ちが、後回しになっていた。    だから俺の想いは、残された側の勝手な解釈と後付で、そうやって今を生きていくしか出来ないと沖合いに浮かぶ船を見ながら悟ることにした。  これからだって、今までの事や今日の出来事を、何度でも思い出すだろう。  アイツの声は、こう言う声で…  こんな風に喋っていて…  背は、俺よりも低かったけど…  並ぶと丁度いい。  目線は、俺よりも低い。  いつも、見上げられていたなぁ…  あの視線が、たまらなく愛おしい。    この先…  いつかアイツに出会えるかは、分からない。  それでも、もう一度…  何って言葉が、本当にあるのかアイツと違って現実主義の俺には、分からなかったから。  葬儀の日。  最後の別れ際。  棺の蓋が、閉じられる少し前。  切り花を添える時に俺は、小さな花と小さく折り込んだ手紙を胸の中央に組まれた手に軽く握らせて別れた。  斎場からの帰り道、友人達に囲まれた俺は、あれは何だと? 訪ねられまくった。  「寄せ書きは、したじゃない?」  「あっ! 寄せ書きには書けない事とかじゃねぇだろう?w」  何とでも、言えよ。  「…もしかして…ラブレター的な? なんちゃって♪」  言った本人も、周りも固まった。  「えっと…」  「鋭いな」  「えっ…マジに?」  ヤバい。  場が、混乱してる。  「それより。アイツ…皆と海に行きたがってたから。これから行かね?」  「海か…」  「ちょっとまて…喪服でか?」  「引かれない?」  「あぁ…でも、永くんの事だから笑ってくれるかもよ?」  「永以外は、引くよ。ドン引きだろ?」  「確かに…」  「でも…こう言うシュンとした感じ嫌いなヤツだし…」  「あぁ…昔、永ってば、湿っぽいを染みっぽいって言わなかった?」  「…………………」  プッ。クスクスッと喪服で葬式帰りの連中が爆笑するのは、はばかれると気を遣った笑いは街ゆく人が見れば、罰当たりな連中に見えたかも知れない。    「相変わらずオレら…笑いの沸点低いな…」  「良いんだよコレで、永はこうやって送ってくれる事…望んでんだろ?」  そうかも、知れない。  例え不謹慎に見えても、俺達なりのコレが、別れなのかもしれない。  悲しむ気持ちは、皆同じだ。  捉え方が、少しずつ違うだけ。  まだ多くの元クラスメイト達が、現実を受け入れきれていない。  おそらく家路についた瞬間、  1人になった瞬間、  家族を見た瞬間、  現実が、静かに押し寄せてくる。  それを分かっているから…  このノリの雰囲気も、笑いも…  寂しさを、誤魔化すためだ。  俺だってそうだ…  淋しい。  ドコに気持ちを持っていけばいいのか、分からない。  皆の前だから立っていられるし普通に話せてもいる。  軽い冗談にも、付き合えて笑えてる。  俺はコレから1人、部屋に帰るのが怖い。  誰も居ない静まり返った部屋は、そのまま現実だからだ。  どう足掻いたってアイツは、もうここには居ない。  苦しいけど、現実は現実だ。    黒いネクタイを緩めて外しズボンの後ろポケットに電源を切ったまま入れてあったスマホを取り出すと、同時にネクタイを後ろのポケットに畳んで入れる。  待ち受けは、あの日の海の画像だ。  『幾瀬へ、  好きだよ。  だからちゃんと返事ちょうだいね。  いつになるか分からないけど、俺は待ってるよ』    永は、自分が居なくなった時の事を考えて居たのだろうか?  意味深なメッセージボトルは、そのためだ。  気になりたがりの俺が、コルク栓を開けて見ると見越して、断れない言葉を書いて瓶に閉じ込めた。  ただ俺は、その言葉は、ずるいだろ? と思いながらも…  ドコかで、ホッとしている。  今の姿を思い出として閉じ込めておきたいと思ったのは、俺も同じだから。  「…んじゃ…行きますか?」    誰かが、そう言い終わると皆はそれぞれに海の方に歩き出した。     「今日も、暑いわね…」  「高校生は、もう時期夏休みか?」  「一番、楽しかったなぁ…」  目や鼻を、赤くしている元クラスメイトの中にいると自然とあの頃を思い出す。  自然と、笑いが起こる。  永もこの雰囲気が、好きだと言っていた。  喪服で大人数がゾロゾロとは、はたから見たら褒められたものじゃない。  けれどこれが、俺達なりの弔いなんだろう。  それから毎年のように。  アイツの命日には、皆が集まり墓参りに行き海に行くが、恒例となった。  あれから10年も経つと、中には結婚したって言うヤツや、子供連れでとか…  仲間内で付き合い始めたと言うヤツらが居たりと、随分と賑やかになってきた。  俺は、相変わらずで…  ホールスタッフのチーフにまで、なってしまった。  10年は、決して短くはない。  長くもない。  でもやっと、10年前を振り返られるようになってきた…  永の葬儀後、皆で海を眺めに来てから約3ヶ月後の夕方。  俺は、改めて1人で海に来ていた。  木枯らしにはまだ早いが、少し肌寒くなりつつある海の防波堤を、1人テクテクと歩いていく。  託されたメッセージボトルを携えて。  ボトルの中には、今日の日付だけを書いた紙だけを入れ開かないようにと、コルク栓を奥まで押し込める。  ふーうっ…と、一呼吸。  普段の俺は、投げるよりも取ったり打つ方が得意だけれど、あの世でもどこでも、アイツがいる場所に届けと…  そのボトルを、海に向かって投げ入れた。  アイツの書いた手紙は、俺が持っていて…  その返事は、アイツがとっくに持って行ってくれたら。  ポチャンッ…  何となく遠くでそんな音が、したように思えたけど…  ボトルは、無事に波に乗れただろうか?  『乗れたんじゃない?』  永の少し怒っているような声が、耳に響いた。  やっぱり。  ボトルの手紙を勝手に読んだのは、怒ってる?    『黙って見るな! 勝手に見るな!』  空耳だし。  そんな声真似のようなアイツの声を想像しては、この先ずっとボトルを開けた事に後悔すんだろうか…  それでも構わない。    枯れ葉が、風に吹かれて足元や海面に舞い落ちる。  俺も、アイツの病気の事を全てを知った上で、何もできなかったから。  アイツの両親から長くはない。そう告げられた時、俺はまだ大丈夫だと自分と現実に言い聞かせた。  最後に会ったあの日にだって、言おうと思えば、言えたはずなのに…  何か誤魔化した風に終わった。  だから後悔は、自分から気持ちを伝えなかった罰と思っている。  『そんな事ないよ。俺だって幾瀬に伝えなかったのに…』  振り返っても、そこに永の姿はない。  『お互い様だね?』  姿はなくても、俺の想像でしかなくても、俺は頷く。    「…そうだな…」  海の色は、青く透きとおり心の内をさらされているような気さえしてくる。  これは、現実なんだ。  居ないことが、俺の現実でいくら後悔しても泣き喚いても、残された側の現実。    アイツは、少しでも後悔せずに逝けただろうか?  今は、そんな言葉しか思い浮かばない。  『幾瀬!』真上から声がした。    キョロキョロと辺りを見回す。  海と同じように青く広がる空の先を見つめると、水平線に交わった。  この視線の先まで生きていれば、いつかアイツの言葉を聞けるんじゃないか…    それも、俺の想像だ。    簡単にあの世なんって言うけど、そんなものはないのかもしれない。  けれど、アイツの声が聴きたすぎて…  その日が来るまで俺は、お前のの声を想像しては、よりお前を強く感じられるこの海辺を、眺めに来ようかと思っている。  おそらくお前は、俺らしくないって言うだろうし独り言は、キモいってからかうかも知れない。  それでも俺は、お前に声を掛けずにはいられないから。  暇潰しに付き合って欲しい。  「…いつも、一方的でゴメンな…」    『こっちらこそ…』  そんな声が、また頭上から聞こえた。     終わり。

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