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FALL DOWN⑤

 ──終わった、と思った。  すべてを出し切り、気を失うほど絶頂して、もう何も考えられないほど、身体も心も溶けていた。  しかし。 「……榊原さん、起きてますか?」  黒崎の低い声が、耳元に落ちる。  頬に触れる指が、熱を帯びていた。  ゆっくりと、目を開ける。  視界は霞んでいた。呼吸もまだ整わない。そんな状態の自分を、黒崎はじっと見つめている。あいかわらず、笑っていた。優しい声と、意地の悪い微笑。 「……気持ちよかったですか?」 「きも、ち……よか、……た……」  情けない返事しかできなかった。  反抗の意思も、もう残っていない。  ただ、余韻に揺れたまま、甘さに沈んでいく。  それはとても、心地よかった。 ────気持ちいい。  プライドを捨ててそう口にした時、何かから解放される感覚があった。  公安警察としての矜持を守るため、本音を隠して抗うことは────苦しかった。  もう、反抗せず、全てを受け入れたら。  ずっと楽になれるんじゃないか────? 「……じゃあ」  黒崎の手が、自分の顎を掴んだ。唇のすぐ前で、その言葉が囁かれる。 「次は、“僕のも”……ほしいですよね?」 「……ッ……」  心臓が跳ねた。  その意味が、すぐに理解できてしまった自分が、悔しかった。  黒崎の手が、自分の拘束を一つずつ外していく。  脚枷が解かれ、腕が自由になる。  でも、自由になったはずなのに──身体は動かない。  思考も、感覚も、すべてが黒崎に“預けられてしまって”いた。  立たされる。  膝が震えて、力が入らない。  黒崎は、そんな自分を支えるように抱き寄せ、今度は、自分のズボンのベルトを外し始めた。  目の前で、固く勃起したそれが、露わになる。 「僕、榊原さんをいじめながら、こんなに我慢してたんですよ」  冗談のように笑っていた。  けれど──その目は、獣のように熱かった。 「ね、榊原さん。僕のも、ほしいって……そう言って?」 「……っ、……や……」 「だって、自分だけ気持ち良くしてもらえて終わり、で許してもらえるわけないじゃないですか」  次は僕を気持ち良くしてくれますよね?と甘く囁かれ、もう、何も言い返せなかった。  羞恥で顔が焼ける。  けれど、身体は反応している。  欲しい。  欲しくて堪らない。  黒崎のそれが。 「……く、ろさきくん……の、……ほしい……! くださ、い……」  絞り出すような声でそう言った瞬間、  黒崎の瞳が、どこか満足げに細まった。 「よく言えました。じゃあ、舐めてください。全部──ね」  そうして榊原は、黒崎の前に膝をつく。  自らの意思で、ではなかった。  命じられたから、だ。  命じられたことを、こなすように。  けれどそこに、確かに“快感”が混じっていた。  彼のものに、唇を這わせる。熱く、硬く、脈打つそれを、喉の奥へと迎え入れる。  生温かい体温と、ほんのわずかな男の匂い。息を吐くたび、舌が触れるたび、黒崎の反応が伝わってくるのが、妙にうれしいと思ってしまった。 ────あぁ、もう、駄目だ。  じゅぽじゅぽ、と、それに唇を這わせ、舌先でゆっくりと先端をなぞる。  吐息混じりの声が、黒崎の喉から漏れる。  その音だけで、また疼いてしまう自分がいた。  まるで、褒められたみたいに。肯定されたみたいに。  黒崎の手が、髪に添えられる。  無理に押しつけるでもなく、ただ、そこにあるだけ。  逃げられるのに、逃げない。  やめられるのに、やめられない。  舌を這わせ、口腔いっぱいに咥え込むと、喉の奥が痺れる。えずきそうになっても、涙が滲んでも、やめようとは思えなかった。  この人に、気持ちよくなってほしかった。  この人のために奉仕をしたかった。 「……ん、ぅ……、……ッ! む……はぅ……」  黒崎が、頭を撫でる。 「うん……上手ですね……さすが、公安のエース」  その言葉すら、今の自分にはもう、皮肉に聞こえなかった。  ああ──  今、僕は。  本当に、この男の“モノ”になったんだ。  再び喉奥まで咥え込んだ瞬間、黒崎の手が、そっと頭を押さえるように添えられた。  「……そのまま、ね」  柔らかく囁かれた声に、思わずまつ毛が震える。押さえつけられているわけじゃないのに、やっぱり逃げられなかった。  黒崎の熱が、脈打つたびに舌に伝わってくる。口腔の中が満たされていくような感覚に、息が詰まりそうだった。  「……いくよ」  その一言の直後、ぐっと押し込まれた。  頭の中が真っ白になる。  舌の奥で、脈動が弾けるように弾み、粘つく熱が喉を叩いた。  「っ、……ん、ぐ……!」  何も考えることなく、榊原は出されたそれを飲み込んだ。こく、こく……と喉が動くたび、自分の意志とは裏腹に黒崎のものを受け入れていることを痛感した。  「……偉いですね。ちゃんと、飲めました」  髪を優しく撫でる手が、まるで褒美のようだった。  それがまた、悔しいほど心地よかった。  まるで、自分が“よくできたペット”にでもなったかのように感じてしまって、奥歯を噛み締めた。  ────ああ、もう、ほんとうに駄目だ。  何度も、そう思っているのに。  黒崎の手に触れられるたび、言葉をかけられるたび、身体の奥が反応してしまう。  きっと、また“あの声”が聞きたくて、媚びてしまうんだ。  ────ご褒美を求めるみたいに。  黒崎の体温が、指先を通して髪に伝わってくる。  ゆるやかに撫でられているだけなのに、身体の奥がぞくりと震えた。   喉を通っていった熱の余韻は、まだ残っていた。   恥ずかしさとか、惨めさとか……いろんな感情がぐしゃぐしゃに混ざって、何が正しいのかもうわからない。  「……榊原さん」  名前を呼ばれた。  それだけなのに、心臓が跳ねた。  黒崎の声は、いつもみたいに落ち着いていて、優しさすら感じるのに──どこか残酷だった。自分がもう、この人の掌から抜け出せないことを、わかってるみたいな声だった。  顎に添えられた手が、そっと顔を上に向けさせる。見下ろす黒崎の瞳が、まっすぐに、こちらを射抜いていた。  「次は……ナカに、欲しいんですよね?」  耳元で囁かれるように言われて、視界がぐらりと揺れる。  ────違う、なんて言えなかった。  もう欲しくない、と強がる気はなかった。さっき何度も寸止めされて、ようやく絶頂に届いたはずなのに、身体の奥は、まだ何かが足りないと騒いでる。  「……ベッドに、仰向けになってくれますか」  言われるままに身体を動かす。背中がシーツに沈みこみ、足が自然と開いていく。  羞恥がないわけじゃない。  でも、今はもう、その感情すら鈍くなっていた。  それよりも、黒崎に触れてほしい──その想いのほうが、ずっと強くなっていた。

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