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第1話
一ノ瀬 陽介は、いつものように放課後校庭の花壇の芝生に座り、美術部の課題を書いていた。小さい頃からあまり人に興味がなかった事もあり、いつも一人で絵を書いていた。
校庭の向こうにはグラウンドが見え、放課後の部活動をする野球部とサッカー部が見える。
この高校はどちらかというと、スポーツに力を入れいており全国にも行くくらいの成績がある。
そんな中、陽介はサッカー部のエースである石川をいつも書いていた。誰よりも笑顔で動けて、輝いて見えた。
スケッチブックに目を下ろし、おれもあれくらい運動ができたらな。と、自分の運動神経のなさを呪いながらペンを動かしていると、
「危ない!」
バシッ
サッカーボールが陽介にぶつかりそうな瞬間、
彼の前に足を踏み入れボールをグラウンドへ蹴り返す石川だった。
「ギリギリセーフだったな」
そういって弾けるような笑顔をこちらにむける石川。
(少女漫画のヒーローかよ)
その笑顔に内心はときめきながら、
「気をつけろよ」
「悪い悪い」
毒つく陽介に石川が拝むように手を合わせる。
「まだ帰んないの?」
「・・・そろそろ帰る」
「おれももうすぐ終わるから、一緒に帰ろうぜ」
と、石川に誘われる。
誘われた事が嬉しかったがそれを表に出さないように、顔はムスッとして
「お前片付けとかあるだろ」
「30分くらい教室で待っててよ。コンビニでなんかおごるから」
なおも食い下がる石川に、
「・・・30分しか待たないぞ」
と、陽介が折れると、
「サンキュ陽介」
と、石川は陽介の肩に腕を回す。
さすがに陽介は焦って、
「早くいけ!」
と、慌てて彼を引っ剥がす。
「待っててな!」
そういってグラウンドに戻っていく石川を見つめ、
心臓のドキドキを必死で抑えながら、
「はあ・・・・好き」
スケッチブックで赤くなった顔を隠しながら、
一人つぶやいた。
そう、陽介は石川に片思いしている。
でもそれを本人に言うつもりはない。
自分のセクシュアリティを相手に押し付けたくない。
なのに、
「おまたせー」
と、教室で1人本を読みながら待っていた陽介の背後から彼を抱きしめる石川。
ドキッとしながらも、すぐに冷静を装い、
「暑苦しいって」
と、彼の腕から逃れる。
そのまま席から立って、ドアに向かう。
「行くぞ」
「おー」
そそくさと教室を出る陽介の後ろを早足で追いかける石川。
コンビニに寄り、アイスを食べながら2人で他愛もない話をする。
片思いでもいい。
今まで通り一緒にいられれば。
帰宅後、
「はあー・・・」
陽介は大きなため息を吐きながら、自室のベッドに倒れ込んだ。
枕に顔を埋めて、
今日の石川からのスキンシップを思い出し、一人赤くなる。
陽介が石川と出会ったのは高校入学式の時だった。
廊下をキョロキョロする石川に陽介は声をかけた。
「どうしたんだ?」
すると石川は困った顔をこちらに向けて、
「ちょっと・・・迷っちゃって」
「何組?」
「えっと、C組」
「付いてきて」
「え」
戸惑う石川に、陽介は無表情で、
「俺も同じクラス」
と、そそくさと歩く陽介。
「え、新入生?場所わかるの?」
石川は早足で陽介の隣に並びながら聞いてみた。
「兄ちゃんの学校行事の時に何度か来てるから。
あと、案内図見てだいたい覚えてる」
「へえ」
納得して石川は彼の後をついて行った。
1年C組の教室に到着したところで、陽介はクラス名を指差す。
「ここ」
無表情の陽介の優しさに、石川は嬉しくなり、
彼の手をガシッと握りしめ、
「ありがとう!助かったよ。名前は?」
陽介は彼から視線をそらし、
「・・・一ノ瀬 陽介」
「オレ、石川 巧。よろしく!」
これが2人の出会いだった。
陽介にとってその出会いは忘れられないものになった。
陽介は自宅のベッドに寝転がりながら、
脳内で石川に抱きつかれた時の彼の体温や、
後ろから包み込むように腕を回された時の力強さなど、
思い出しながら自分の体を抱きしめるように腕を回す。
最初は多少距離は近い方だと感じていたが、
日に日にスキンシップが増えていった。
今までは多少のスキンシップでも平気なふりをしてきたが、
最近、ドキドキが止まらなくて、
時々ぎこちなくなってしまう。
この気持ちは隠すと決めたんだから。
本人に知られるわけにはいかない。
でも、ふいに触れられる度に、
あの腕であの手で、全身触れられたい。
抱かれたい。
最近はよこしまな妄想に一人ふけっていた。
それにしてもあんなに距離の近い石川が悪い。
そんなある日、
陽介は徹底的なミスを犯す。
ある日の放課後。
石川はいつものように部活動に勤しんでいた。
陽介はそんなサッカー部の風景をスケッチしていた。
せめて絵の中だけは、オレだけの石川だったから。
スケッチブックに描いていた石川をじっと見つめながら、
高校卒業したら、きっと石川はサッカーに強い大学に進学して、
会うことはなくなる。
今だけは彼の近くで、彼の息や体温を感じていたい。
「はあ・・・」
一人ため息を吐いていると、
「あぶない!」
「え」
陽介が顔を上げた瞬間、
眼の前が真っ暗になった。
『陽介、俺彼女が出来たんだ』
(そんな…)
『さよなら』
見知らぬ女と寄り添い、
闇の中へ消えていく。
「待って!石川…」
そう叫んで陽介は、はっと目を覚ました。
消毒液と薬の匂い。
自分はベッドの上に横たわっていた。
ふと気がつくと、
「大丈夫か?」
心配そうにこちらを覗き込む石川の姿。
陽介の額には赤いコブがてきていた。
話を聞くと石川の蹴ったボールが見事陽介の顔面にヒットして気絶した。
石川が陽介を保健室まで運んでくれたらしい。
「ほんっとごめん」
陽介はベッドに横になったまま、額のたんこぶをさする。
「いいよ。近くにいたオレも悪い」
(しばらくは教室でスケッチするか)
などと考えていると、
「お前っていつも書いてるのって、もしかして俺?」
という石川の声に、
陽介がハッと彼の方を見ると、
石川は陽介のスケッチブックをペラペラとめくっていたい。
見られた。
「ち、ちょっと!勝手に見るな・・・」
陽介が慌ててベッドから飛び起きて、
スケッチブックを奪い返そうとするが、
「あ」
一瞬めまいがして、ふらつく。
そのまま石川の胸の中に顔をうずめてしまう。
「・・・!」
石川は黙って彼の肩を受け止め、
そのまま彼の身体を抱きとめたまま、
石川は平然とスケッチブックを見続ける。
「やっぱり絵上手いなぁ。すげぇ」
「す、すごくなんかな・・・」
と、いつものように毒づきながら、
内心慌てて石川の身体から離れようと身体を動かそうとすると、
石川がそのまま陽介の身体をぐいっと自分の方へ抱き寄せ、離さない。
(へ・・・?)
陽介は驚いて、思考が停止する。
何で・・・?
何で離してくれないの?
まるで石川に抱きしめられているみたいだろ。
「い、石川」
「ん?」
「は、離せよ」
きっと今の自分の顔は赤い。
けして石川に見られてはいけない。
必死で顔を彼から背ける陽介。
そんな陽介の首元に、
石川は顔を埋めた。
その態度に、
陽介は心臓は更に跳ね上がる。
ようやく石川の手が緩み、
陽介はガバっと保健室のベッドにくるまる。
「俺、まだ目眩するから、寝てるわ」
その陽介の動きを見て、
ふうっと息を吐き石川がスケッチブックをサイドテーブルに置き、
「じゃあ、放課後荷物もってくるから、寝てな」
と、布団から少しだけ出ている陽介の頭を撫でて、
石川は仕切りのカーテンをしめる。
離れていく彼の足音を耳にしながら、
「・・・っと、好き」
ごく自然に、
何も考えず、
無意識に、
陽介は小さく漏らしていた。
その途端、
石川の足音がピタッと止まる。
陽介はハッとして、
慌てて自分の口を塞ぐが、
もう、遅い。
小声だったが、
シンとした保健室で、
聞こえないはずがない。
そう考えていた、
瞬間、
シャッ、と仕切りカーテンが勢いよく開いた。
「・・・今、『好き』って言った?」
「・・・」
陽介は彼の背中を向けたまま、
寝た振りを決めかねて沈黙した。
その彼の態度に、
石川は黙って再びカーテンを閉じて、
保健室のドアまで歩いていき、
「陽介」
石川の呼びかけに、
陽介は沈黙したまま、
「それ聞いたの、今が初めてじゃないから」
ガラッ、ピシャ
保健室から石川が出て行って、
陽介は石川から発していた、その言葉の意味を理解できないでいた。
それとは、おそらく陽介の「好き」といったつぶやきのことだろう。
確かに今までも石川が離れたなと思ってから、
その都度溢れる思いが、その一言に出ていた。
本人にはけしていうつもりはなかったから。
でも、
さっきの言葉は、
今までも聞かれていたってことか?
「え・・・!?」
陽介は一人、大きな声を出した。
石川はどちらかといえば、誰とでも仲良くできた。
表面上は。
今までそこそこモテて来たと思う。
表面上は。
女の子から告白を受けても、
興味はなかった。
誰もが、石川の見た目しか好きじゃないと、
見抜いていたし、
自分からも好きになれなかった。
でも、陽介は違った。
陽介は石川にも他の人と同じように、損得なしに声をかけたり親切にしてくれた。
移動教室の時など、すぐ校舎内で迷子になる石川にさりげなく付き合ってくれたり、
帰り遅くなっても待っててくれたり、
食の好みも知り尽くしていた。
そんなさりげない優しさにいつしか気になる存在になっていて、
ある日、
放課後いつものように待っててくれた陽介と帰ろうとすると、
石川ははっと思い出す。
「やべ、サッカー部の顧問に呼ばれてたんだ」
「え」
「先に帰ってて!」
「え、ちょ」
と、走っていく石川。その後姿に声かけようとする陽介。
30分後、
石川が教室に戻ってくると、外は暗くなり雨が降っていた。
教室にはもう、陽介の姿はなかった。
少しだけ、寂しさを感じながら、
石川が靴箱に行くと、
「おせーよ」
そこに傘を持って待ってた陽介がいた。
「え、何でいんの・・・?」
陽介の姿を見て、驚いて駆け寄る石川。
「何でって、お前どうせ傘持ってないじゃん」
確かに傘は持ってない。
「駅までな」
と、傘を石川の方に傾ける。
その優しさに、
石川は本気で嬉しかった。
「陽介〜!」
と、石川は彼に抱きついた。
「ばっ、大げさだって」
「だって〜」
「傘くらいでなんだよ、ほら帰るぞ」
「おう!」
こいつだけは、きっとずっと友だちだ。
石川はそう思っていた。
でも、その帰り、
最寄りの駅まで石川を送り、
「じゃあな」
「おう、ありがとな!」
本当に嬉しそうな石川の笑顔を見て、陽介は少しだけ照れた顔をして、
振り返って帰っていった。
それを見送り、石川も振り返り、改札へ向かおうとした、
その瞬間、
「好き…」
雑踏の中、
一瞬だけ聞こえた、陽介の声を、
石川は耳にして、バッと振り返った。
でも、陽介はもう見えなくなっていた。
空耳かと思ったが、
妙に耳に残ったあの言葉。
それから、石川が陽介から離れ、
間が空いた瞬間、
時々、『好き』と
聞こえるようになった。
多分幻聴じゃないけど
確証がなかった。
でも、さっき
はっきりと聞いたことで、
石川は陽介への気持ちを自覚した。
自分は彼の事が好きだ。
でも、肝心な陽介の気持ちは面と向かって聞いていない。
確かに気がつくことがたくさんあった。
自分が陽介に抱きついたり、肩を抱いたりすると、
陽介は動揺を必死に隠しているように見えた。
そして、さっきわざと抱きしめてみた。
彼の気持ちは明らかだが、自分自身の呟きにはけして、て認めようとしなかった。
どうにか認めさせたい。
石川はあらゆる手を考える事にした。
その頃、
陽介は目眩を理由に早退して、
猛スピードで家に帰宅し、
自室のベットにダイブした。
(どうしよう…)
『それ聞いたの、今が初めてじゃないから』
(どうしよう…!!)
陽介の頭の中は、答えの出ない問いが
ぐるぐるしていた。
石川に想いを打ち明けるつもりなんて、
一生なかった。
なのに自分の不注意で、
油断で、
知られてしまった。
それももっと前から。
「明日から、どんな顔してあったらいいんだ…」
布団に潜りながら半泣きになる陽介。
そうだ、体調不良で休むことにしよう。
内心そう心に決めたが、
翌朝、その決心はもろくもずれる。
「陽介ー、石川くんって子が迎えに来てるわよ」
1階からそう呼ぶ母親の声に、
陽介は、半眼でベッドから飛び起きた。
先手を打たれた。
ルルル…
スマホが鳴り、陽介の家の前で電話に出る石川。
「はい」
『何で朝からおれんちに?』
あたふたしてるような陽介の声に、内心にやけそうになりながら、
「昨日俺のせいで早退したから、心配で迎えに来た」
その言葉に、陽介の気持ちは一瞬浮き足立つが、
急に我に返り、
「俺今起きたから、先行ってて」
何とか追いやろうとするが、
「待ってる」
さあ優しくつぶやく石川の声に、
「~っ、15分待って!」
「オッケー」
大慌てで身支度を済ませ、家の外に出ると、
「おはよ、陽介」
いつもより優しく笑う石川がいた。
それだけで、陽介の胸はときめいた。
でも、昨日のことはなかったことにしたい。
普通の友達でいたい。
もう、大事な人を『あの時』みたいに
失いたくない。
「陽介」
「・・・ん?」
「なんか、距離遠くない?」
「ないよ」
あれから2人で登校しているが、
陽介と石川の間は2mの距離がありその間を人が通っていけるぐらいだった。
石川は前を向いたまま、
「・・・意識してて、逆に変じゃね?」
その言葉に、陽介はそれもそうだなと考え、
2mの距離が1mになる。
それをみて、石川がフッと、吹き出した。
「陽介ってさ」
と、石川は隣を歩いている陽介の手を握り、
「ほんと、かわいいよな」
やわらかく笑う彼の顔を見て、これ以上なくらい赤くなり、
「かわいくないっ!」
と、陽介は勢いよく彼の手を振り払う。
「えー?」
と、完全に石川のペースに飲まれる陽介。
陽介には中学の時、とても仲の良い親友がいた。
名前は「優太」。
同じゲームをし、漫画の好みも合っていて、
2人はいつも一緒にいた。
そんなある日、
陽介は優太に告白した。
『好きだ』と。
だが優太の返事は案の定ノーだった。
それどころか、
翌日からシカトされ、一切口を聞くことも
関わることもなかった。
だから陽介は、高校では他人に常に冷静に振る舞いたい。
そう思ってた。
『特別』を、作りたくなかった。
でも、
石川を好きになり、
彼が密かに特別な存在になった。
会う度想いは溢れてきて、
告白したいと思ったが、中学の時の事が頭をよぎり、
以来、けして告白はしないと誓った。
なのに、思わせぶりな石川にドンドン気持ちが溢れてきて
『好き』と口から漏れ出すようになった。
本人に伝わらなければ、
あの時と同じ気持ちになる事は、ないのだから。
でも、知られてしまった。
なのに、石川はもっと陽介との距離を縮めようとしてくる。
(なんで・・・?)
今の陽介には理解できなかった。
放課後。
陽介は校庭にはいなかった。
先日ボールを顔で受け止めてから、
外でのスケッチが禁止になってしまったからだ。
昨日の今日ということもあり、
陽介は帰ることにした。
いつもは石川の部活が終わるのを待っているが、
今は気まずい。
忙しいふりをして先に帰るか・・・。
そう考えた。
すると、石川が教室に戻ってきた。
「あれ?部活は?」
問いかける陽介に、
石川は数秒の間を置き、
ジャージ姿のままカバンを置いて自分の席にドサッと腰掛け、
「もうすぐ中間テストだから、しばらく部活はなしだってさ」
「そう」
つまんなそうにする石川を見て、
少しだけ可愛いと思ってしまい、じっと見つめてしまった。
石川もそんな陽介を可愛く思ってしまい、しばらく二人とも黙ってしまう。
「陽介」
「ん?」
「もうすぐ夏休みじゃん。一緒に勉強しない?」
石川はなるべく、
いつものノリで話しかけた。
「部活は?」
「来年受験だから頻度は減るんだ」
「そう」
「大丈夫であれば、どっちかの家で」
「いいよ」
陽介は何も考えずに自然と返事をしていた。
石川はくすりと笑い、窓際に移動する。
「陽介、ちょっとこっち」
と、彼を手招きする。
「?うん」
疑問符を浮かべながらも、陽介は素直に手招きされたま窓際へ近づく。
すると、
石川は陽介の手を引っ張って、2人でカーテンの中へ包まっていく。
「ち、ちょっと何」
そう言ってカーテンの外へ出ようとする陽介を、窓際へ追い詰める。
窓を背に立ち尽くす陽介。
その彼を閉じ込めるように、石川は窓の手すりに両腕を伸ばす。
2人の視線はお互いを釘付けにしていた。
妙に優しい目で石川に見つめられて、陽介の全身に緊張が走る。
どちらかが動けば、もう顔がくっついてしまいそうなくらい。
顔が近い。
「陽介、言ってよ」
「へ・・・」
いつもより小さな声でそう呟く石川。
石川は陽介の唇を凝視していた。
「あの時、何て言ったの?」
石川はゆっくりと陽介の腰に腕を回し、
陽介を抱き寄せる。
「・・・は、離せって」
「言って」
「い、言ってないってば、何も」
すると、一気に石川の顔が近づいて、
陽介はぎゅっと目を閉じた。
すると、
一瞬の間を置いて、
石川はチュッとキスをした。
陽介の頬に。
その瞬間、
ハッとして目を開ける。
目の前には、
少しだけ照れた石川の横顔。
そのまま石川はゆっくりと、彼から離れた。
「さ、帰るか」
と、石川がカバンを手にして陽介を見ると、
窓際に背を預けて紅潮したまま、
口を両手で塞いでいる。
それを見て、
「・・・ごめん」
少しだけ強引だったとおもい、謝った。
陽介は目だけ石川を見つめた。
そんな彼を見て、
「でも、悪いとは思ってないからな」
「・・・・」
「おれ、お前から『好き』って言わせるから」
「・・・まじで、お前・・・」
と、陽介はまた口を手で覆い、
一言呟いて、陽介は自分のカバンを手に足早に教室を出た。
陽介は頭の後ろを掻きながら、
その後を付いてった。
翌日から石川は、
特に何も言ってこなかった。
いつものようにスキンシップは多かったが、
陽介が照れると、すぐに離れてくれた。
そんな状態のまま、
夏休みが始まった。
夏休みが始まって、2人は週2日はどちらかの家で宿題をして、
あとの2日はゲームをしたり、遊びに出かけたりした。
それ以外の日は、それぞれ部活動のため学校に来たりそれぞれの日常を過ごした。
特に何も起こらないまま、8月も半ばを過ぎた。
そんなある日、
2人は石川の家で宿題をしていた。
石川の家では両親が共働きで家に誰もいなかった為、今日は泊まり込みとなった。
朝10時くらいから宿題をして、12時に昼ご飯を食べて、
宿題の続きを始めるために、2階の石川の部屋へもどる2人。
「ちょっと、休憩してからにしようぜ」
「そうだな、少し眠い」
お腹が満たされると、2人は少しだけ睡魔に襲われた。
石川の部屋でそれぞれカーペットの上に寝転びながら、
「そういえばさ」
石川がつぶやく。
「陽介って、進路どうするの?」
そろそろ進路を決める頃だ。そういえば2人でそんな話は初めてだった。
「えー、俺?」
陽介も天井を見上げながら答えた。
寝転がる陽介の横顔をローテーブル腰に見つめる石川。
「やっぱり絵を描く専門?」
「うーん、そうだな・・・なんとなく考えてるけどね」
と、肯定する。陽介は石川の方を見て、
「お前はサッカー続けるの?」
「俺は・・・膝悪くしてさ、実はサッカーやめたんだ」
「え!?」
突然の言葉に、陽介はがばっと起き上がった。
石川は妙に冷静に、
「もともと、プロになれるくらい上手かったわけじゃないから。後悔はしてないよ」
そのまま天井を見つめる石川を、陽介はじっと見つめた。
彼の楽しそうにサッカーする姿が、
ほんとに大好きだった。
ずっと見ていたくて、スケッチを始めた。
なのに、
陽介は一人で悩んでいたのかもしれない。
「陽介の顔面にボールぶつけたあの日が、最後の部活だったんだ」
陽介と石川が保健室にいったあの日、
石川の中で重要な事があったのに自分は知らないで自分の気持ちで一杯一杯だった。
(最低だ、おれ・・・)
「ごめん、おれ、自分のことで頭が一杯で・・・」
「謝るなよ。おれ監督にしか言ってなかったんだ。それに」
石川は笑いながら、
「お前が、ずっと見てくれてたんだって知れて嬉しかったし」
「え」
「スケッチブック。全部俺だった」
そう、石川のサッカーする姿を見てから、
陽介はずっと見ていた。
石川だけをずっと。
「だから、ありがとな」
笑顔でそうお礼を言ってくる石川。
その笑顔には、きっといろんな感情があったに違いない。
「っ・・・」
陽介はバッと起き上がり、両手で口を押さえた。
その態度に、
石川は前見た時も、
違和感を感じていた。
あの時は照れた顔を隠そうとしているのかと思っていたが、
石川はゆっくりと起き上がり、
「もしかして、『好き』って言いそうになってるんじゃないの?」
「・・・」
陽介はブンブンと首を横に振る。
でも石川の言葉は図星だ。
好きな気持ちが溢れすぎて、
一緒にいるときでさえ本当はもう
押さえきれない。
黙って口を抑える陽介に、
「なんで、言うの我慢するの?」
そう言って、陽介の側に近寄る。
陽介は口を押さえたまま、
静かに涙を流した。
それにドキッとする石川。
「何で・・・泣いているの?」
石川は陽介の背中を優しくさする。
陽介の手が震えていた。
怖いんだ。本音を言うのが。
「・・・い、言えない」
震える声で、なんとかしぼりだす陽介。
かつて経験した痛い思いを、思い出しながら。
石川は優しく彼の横顔を見つめ、
「大丈夫だから。ちゃんと聞くから、言って」
優しく諭すように、陽介に言ってやる。
すると、
「・・・中学の時に」
「うん」
「親友が・・・いて」
「うん」
「仲が良くて・・・いつの間にか好きに、なってた・・・」
「うん」
陽介の頬に、
涙が伝う。
石川は彼の背中をさすりながら、
「それで?」
「・・・夏休みの最後に、好きだって告白した」
「うん」
「そのときは、ありがとうって、気持ちだけはわかったって、笑ってくれた」
「うん」
「でも、翌日から、俺とは一切口を利かなくなった。卒業まで一度も」
「・・・」
石川は、ただ黙って彼を見た。
陽介は涙がとまらなくなってきた。
「勇気を出して言ったのに、親友も好きな人も同時に失った」
当時の気持ちが蘇ってきて震えていた。
「だから、俺はもうだれも好きにならないって誓ったのにっ」
語尾が大きくなる。
「お前が、思わせぶりな態度をするから!お前が優しくするから、俺・・・」
その言葉の最後を聞くより早く、
石川は陽介を抱きしめていた。
壊れないように、大切にしたい。
ただそれだけだった。
「もう、なくしたくない」
石川の胸で、
陽介は絞り出すように本音を口にした。
石川は陽介を抱きしめる腕に力を込めて、
「無くさないから」
言い聞かせるようにそう呟いて、
「俺、陽介が好きだよ」
素直に気持ちを伝えた。
「高校卒業してからも、ずっと一緒にいたい」
まっすぐに陽介を見つめてそう言ってくれた。
陽介はまるで夢の中の様な感覚になる。
石川が俺を好きなわけない。
一緒にいたいなんて、
言うわけがない。
夢心地のまま、じっと石川を見上げ、
「う、嘘だ、そんなわけ」
「なんで嘘?」
「だって、俺達親友で」
「うん」
「男同士で」
「うん。でも好きだよ」
そう言って、石川は陽介の涙をキスで拭う。
信じられなかったが陽介は気がつく。
石川の胸がドキドキと大きく鳴っている。
彼の顔をよく見ると、
今までで一番優しい顔をしていた。
少しだけせつなそうな目で、
「大丈夫だから」
「石川・・・」
「陽介の口から聞きたい」
石川は陽介の頬を伝う涙を優しく拭ってやる。
「・・・俺」
「言って」
促されて、
「・・・好きだっ・・・好きだ!」
「うん、俺も」
と、陽介の言葉を聞いて嬉しそうに彼を抱きしめる石川。
こんな奇跡があるのだろうか?
信じられないが、
石川から伝わってくる熱と、心臓の鼓動は本物だった。
「石川」
「ん?」
「ちゃんと、口にキスしてほしい」
陽介は照れながらもまっすぐな目でそう言ってきたので、
「俺も」
小さく笑って、
石川は陽介の唇にキスをした。
陽介が落ち着くまで彼を抱きしめながら、
彼の背中を擦ってやる。
「落ち着いた?」
「・・・ん」
小さくうなずく陽介の表情を見て、
もう大丈夫だと感じた石川は、
「なんかアイスでも買ってくるか。それ食べたらまた宿題やろう」
「うん」
石川の優しさに、陽介はうなずいた。
その後、2人で近所のコンビニに行ってアイスと飲み物を買い、
石川の家に戻って、アイスを食べてから宿題を再開させた。
そして夜。
夕食は陽介が親から持たされたおかずを2人で食べ、
それぞれ風呂に入った。
ガチャ
「遅かったな・・・」
と、自分の次に風呂に入って戻ってきた陽介の姿を見て、石川は言葉を飲み込んだ。
ゆったりとしたランニングシャツと、ショートパンツ姿でタオルを首にかけていた。
まだ風呂から出たばかりで、火照っている。
「ごめん」
「・・・いや、いいけど」
急にシドロモドロになる石川。
ベッドの上に腰掛けたまま、
目だけはじっと移動する陽介を見ていた。
その視線に気が付き、
「・・・あんまり見るなよ」
「・・・ごめん」
「・・・別に、いいけど」
かくいう石川もハーフパンツとランニングシャツを着ていた。
陽介は石川のいつもより露出度が高い格好にドキドキしていた。
サッカーをしていたこともあり、
筋肉質の腕や少しだけ見切れいている胸筋が妙に色っぽい。
陽介はチラ見してすぐに視線をそらす。
その照れた陽介の態度がまた石川にとっては、かわいく見えた。
今までとは違う。
お互いの気持ちを確認して、
キスもして、
ハグもして、
お互いの気持ちが溢れそうだった。
「おやすみ」
「・・・おやすみ」
石川はベッドに、陽介はベッドの隣に敷いた来客用の布団に横になっていた。
しばらく時計の秒針の音が、部屋の中の沈黙を支配する。
陽介はふとさっきの石川の言葉を思い出し、
「石川、起きてる?」
一瞬の間を置き、
「うん」
お互い背中を向けたまま、
「さっきのって、どういう意味?」
「・・・さっきのって?」
「『卒業してからも、一緒にいたい』って」
「え・・・」
「あれ、どういう意味?」
静かな声音で問われて、石川は戸惑った。
(今聞くのかよ・・・)
「どうって・・・そのままの意味だよ」
「具体的には?」
「ぐ、具体的・・・」
恥ずかしくて石川は、枕に顔を半分埋めながら、
「だ、だから・・・お互い進学したら、その、なかなか会えないとおもうから、ルームシェアしたり・・・とか」
「うん」
「就職したら、もっと広い部屋に引っ越して」
「うん」
石川は言いながら、恥ずかしくて消えたくなりそうだったが、
2人で暮らす光景を何度も想像したことを思い出して、
「ずっと、・・・一緒に生きたい」
自信がないような、
でも真剣な言葉でそう口にした。
引かれたっていい。
これが自分の本心なのだから。
石川はドキッとした。
陽介が起き上がって、
ベッドのすぐ側に立っていることに気がついたから。
石川ゆっくりと身を起こす。
陽介は熱っぽくこちらを見ている。
「おれも」
そう言って、ベッドの石川に抱きついた。
陽介は、泣いていた。
「おれもお前と、ずっと一緒にいたい・・・!」
思いが溢れて、とまらない。
そんな陽介を石川は優しく抱きしめながら、
「うん」
短く答えたのだった。
そのまま石川は陽介を胸に抱きしめながら眠った。
翌朝、
陽介が目を覚ますと、
目の前には、安心して眠っている石川の寝顔があった。
自分が彼の胸に顔を埋めて眠っていたようで、
急に気恥ずかしくなって、寝返りを打って彼に背を向けた。
すると、
「なに背中向けてんの?」
と、眠そうな声で石川が背後から陽介を抱きしめる。
「・・・おはよう」
「おはよ、こっちむいて」
耳元で囁かれて、陽介はグッと口を噤んだ。
それを見て石川は、チュッと陽介の頬にキスをして、
「我慢すんなって」
もう好きが溢れている事もバレバレだ。
ついクセで言わないように我慢してしまう。
陽介は寝返りを打って、石川の胸の中に顔を埋めて、
「っ好き!」
「俺も、好き」
何度でも答えたいと思っている石川なのだった。
季節は秋、
石川は部活は辞めたものの、先輩として雑務を手伝っているて部室に駆り出されている。
陽介は教室で石川を待ちつつ、いつも石川が参加していたサッカー部の練習を遠目に眺め、
はあっとため息を付いて、机に向かった。
宿題の残りでもするかと、カバンから教科書をなどを机に出していると、
「残念だよな」
ふと気がつくと教室には数名のクラスメイトが教室に残っていた。
その中の一人で陽介とは中学から知り合いの中沢大輔が呟いた言葉を思い出し、
「え?」
問い返すと、
「いや、石川サッカー部辞めたんだろ?寂しいよな」
「へ?」
「お前いつも、サッカー部の練習みてたじゃん」
「え、あー、そうね・・・スケッチしてたし」
どう答えて良いものか戸惑っていると、
中沢は平然と、
「おまえよく、石川のこと見てはつぶやいてたもんなー」
その言葉に、全身硬直する。
すると、
「あー、それ私も聞いたことあるー」
と、こちらも中学の同級生である金子涼子がのんびりと挙手をする。
「あたしも聞いた」
と、金子の向かいに座るガリ勉女子、志々雄夢子がメガネをずり上げながら控えめに挙手をする。
なにを、
何を聞いたんだこいつらは・・・
石川と同じ事を聞いたのだとすると、
大問題だ。
そして自分はとてつもなく愚かだ。
陽介が硬直していると、
ガラッ
「陽介ー、おまたせ・・・」
と、部活の手伝いを終えた石川が教室に戻ってきた。
一瞬教室の空気が不思議なことになっており、
首を傾げる。
「?どした?」
硬直している陽介を見つめると、
今まで見たことのない顔をしていた。
すると、
そのまま顔を両手で覆う。
石川はそんな陽介を見つめているクラスメイトたちに、
「説明ぷりーず」
そこで中沢が石川に説明する。
その説明を耳にしながら、陽介は椅子の上で膝を抱えうずくまる。
「なるほどね」
妙に納得して、石川はうずくまっている陽介の隣の席に座り、彼の頭をポンポンと撫でる。
「で、それ聞いてどう思ったの?」
となにげなく聞いてみる。
その教室に残っていた3人は顔を見合わせて、
「ベタ惚れじゃんって・・・」
「乙女かって・・・」
「萌え萌えだなーと」
それぞれ答えた。
その返答に、
陽介は驚いた。
もっと気持ち悪いとか、ありえないとか、冗談でしょ?などのような感想を予想していたが、
実際はまったく違った。
この3人は、割と変わってる方だが。
「そんな・・・感じ?」
「?どんな?」
「いや、男同士で何いってんだとか、言われるのかと・・・」
若干まだ不安を感じながら、陽介はつぶやいた。
中沢はきょとんとして、
「そんなの好きならしょうがないじゃんか」
「結構かわいかったしね」
金子は続ける。頬杖をついて二カッと笑う。
「男子の中では可愛さはダントツです」
と眼鏡を直しながら腐女子全開の志々雄がトドメを刺す。
「まあ、俺に聞かれちゃってるくらいだしなぁ」
と、笑う石川。
「・・・俺って、隙だらけじゃん」
恥ずかしさに打ちのめされた。
でも偏見がなかったことが、うれしかった。
その後の2人は高校を無事卒業。
陽介は美術の専門学校に進学し、
石川はとりあえず大学に進学しやりたいことを探す事にすると。
2人はルームシェアを始めて、
それぞれ学校とバイトを掛け持ちし協力して生活していった。
「ただいまー」
夕方バイトを終えて帰ってきた陽介。
すると奥のキッチンカウンターからひょこっと顔を出して
「おかえり」
こちらに声を掛けてくれる石川。
どうやら先に帰ってきた彼は夕食の支度をしてくれていたようだ。
そんな何気ない事が、嬉しくてその度に手で口を覆う陽介。
そのしぐさを見て石川は、嬉しく思うがもっと伝えて欲しいとも思う。
石川は陽介の側まで歩み寄り、
彼の頭を撫でた。
「我慢するなって」
甘えるような彼の言い方に、陽介は彼を見上げて、
「・・・あんまり言ったら、呆れられるかと思って」
心の中ではそんなに言ってたんだと分かって、
石川は嬉しそうに笑う。
愛しそうに陽介のおでこにキスをして、
「もっと好きって言って」
心の中では、
今夜抱いてやると決意したのだった。
終わり。
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