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第1話

ラッキーだ。すっごいラッキー! 貴族と名乗るのが申し訳ないほど貧乏な家に生まれ育ったおれが、安定した領地経営で知られるアヴェンティーノ伯爵家に婿入りすることが決まったのは成人を迎えた直後だった。 もうこれで毎日汗水たらしながら畑の世話をしたり、抑制剤のない発情期をひとり寂しく乗り越える……なんてこともしなくていい。試練ばかりの貧乏ライフとはおさらばだ!あばよ! ――そう思っていたのに。 「ジューノだな。迎えに来た」 「は?」 「ディアーナの兄だ」 「――は??」 伯爵家から寄越された馬車の横には、なぜか……おれの結婚相手である伯爵令嬢の兄と名乗る男が立っていた。 ていうか兄がいるなんて聞いてないんですけど!?兄が迎えに来るってどんな状況なのーーー! おれが生まれたときからずっとカンピドリオ男爵家は貧乏で、能天気な両親としっかり者の姉と支え合って生きてきた。 家族仲は良好だったものの両親は病気で三年前と二年前に他界。 家督を継いだミナーヴァ姉上は婿養子である旦那さんとの間に第一子をもうけたばかり。姪っ子は目に入れても痛くないほど可愛いが、貧乏男爵家はひとり食い扶持が増えるだけでも大変だ。 使用人も数えるほどしかいないし、彼らにもどちらかというと農作業に携わってもらっていて、身の回りのことは自分たちで行うのが基本だった。 家族はみんなベータだったのに、おれは一割にも満たないと言われるオメガとして生まれてしまった。肉体的に成熟して発情期が始まってからは大変だった。ちゃんとした抑制剤なんてものはお金がかかるので手に入れられず、安い薬は粗悪品で身体への副作用があるらしい。妊娠しにくくなるとか。 おれは自分の身体の価値を上げるため、粗悪品を口にしたくはなかった。金のかからない将来への投資といえる。だからずっと薬に頼らず、ひとりで部屋にこもって耐えてきた。 なぜかって?そりゃ貧乏だし、オメガだし……もうこれは第二性を利用するしかないと思ったのだ。 金持ちとまでは言わない。うちほどの貧乏貴族はなかなかいないだろうから、安定した貴族でオメガを求めている家に婿入りして、人生の安定を手に入れたかった。 無理して成人後すぐに婿入りしなくても……と姉は心配してくれたが、オメガの弟がずっと家にいるほうが邪魔だろうしな。 しかもおれに声を掛けてくれたのが上位貴族のアヴェンティーノ伯爵家だったものだから、結局は背中を押してくれたのだ。 対してアヴェンティーノ伯爵領には肥沃な土地があるため農作物の生産量が多く、主要な街道も通っていて実入りが多い。安定した領地経営のお手本のような領だ。 長子承継を採用するこの国で、現当主はアルファである一人娘ディアーナ様に家督を継がせるため、婿入りしてくれる者を探していた。そこで白羽の矢が立ったのが、娘と同い年でオメガのおれだった。……だったはずだ。 アヴェンティーノ伯爵領は我がカンピドリオ男爵領から約一週間の道のり。 おれは混乱を抱えながらも、迎えの馬車に乗りこんだ。どうして兄がいるのかは謎だが、妹と結婚するなと言われた訳ではない。腹を括って行くしかないだろう。 「ふわぁぁ、すっげー」 豪奢な内装にフカフカの座席がついた馬車は未知の乗り物だ。貧乏すぎて痩せた馬に申し訳程度の荷台を括り付けた荷馬車にしか乗ったことがないから、ちゃんとした座席がついているだけで感動ものだった。 男はマウォルス=アヴェンティーノと言った。行きは効率のため騎乗してきたようだが、帰りはおれと一緒に馬車へと乗り込んでいる。 見目の整った美丈夫で、座っていても見上げるほどにでかい。王国の騎士団に所属している騎士様だそうで、鍛え上げられた身体は厚みもすごかった。 光に透けるプラチナブロンドの髪は肩上でバッサリと切られ、ボリュームがあるからライオンのたてがみのようにも見える。 なによりも吸い込まれそうなほど深い碧眼に見つめられると、背筋からビリビリと緊張が湧き上がってくる。っていうか、眉間に力が入っているせいで目つきが悪く、体格も相まってすごく威圧感を感じる。 ――いくらフカフカの座席でも落ち着かないんだけど!え、この狭い空間で一週間もこの人と一緒? 見た目通り寡黙だった同乗者とたいして会話も盛り上がらないまま、旅程は半分を過ぎた。 途中途中の宿の手配は完璧で、毎日おいしいご飯と快適な睡眠は保証されている。それなのに、日を追うごとに感じたことのない焦燥感がおれを襲っていた。 落ち着かなくて俯くと、頼りないシルバーの髪が顔にかかる。こちとらボリュームがないせいで、背中まで伸ばしても細い紐で一括りにできるほどだ。 シルバーの髪色はこの国では珍しいが、周辺の国にはちらほらいるらしい。瞳は葡萄みたいな色をしていて、色の取り合わせは結構いい。これで容姿が良かったらそれを切り札に婚活できたんだろうけど、あいにく平凡顔なんだよなぁ。家族は可愛いかわいいと言ってくれたけど、身内の言葉を信じるほどおれは愚かではない。

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