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第1話

 誰か他人を好きになることなんて、ドラマや映画の世界を盛り上げるためだけの演出だと思っていた。どうせ面倒くさいし、それが後々自分の役に立つわけでもない。なにかあれば嫌な気持になるだろうし、自分にそんな感情があるとは思えない。幼いころからずっとそんなふうに思ってきた。  だから、現状を自分自身が理解できずにいる。こいつ――麻野佐和と肌を合わせる仲になるとは、思ってもいなかったからだ。  麻野は自分の周りにはいなかったタイプだ。傲慢で、自分勝手で、自分よりも優れた人間はいないと思っている。そのくせばかに繊細な部分があって、子供とお年寄りに甘い。長身で、まるでモデル雑誌から飛び出てきたかのような容姿の持ち主で、おまけに声までいい。当然だ。それを買われて駆け出しながらも舞台俳優をやっているのだから。  対するぼくは、まるで壊れたはかりのようだと思う。背はさほど高くもないし、取り分け容姿がよいわけではない。髪は黒いし、癖毛だし、視力は悪いし、運動神経が正常なのかさえ疑わしい。要するに、釣り合わない。麻野なら綺麗な女性が山ほど寄ってくるだろうに、麻野が選んだのは何故かぼくだった。  付き合い始めた頃に訊ねたことがある。何故釣り合いの取れないぼくを選んだのか。麻野は言った。後腐れがなさそうだったから、と。  成る程、一理ある。そう答えたのは負け惜しみだったのか、それとも率直な感想だったのか、ぼく自身理解できずにいる。  ただひとつ解っているのは、ぼくは麻野からのアプローチに負け、陥落しつつあるということだ。 「だから、納得がいくように説明をしてくれ」  ベッドの上で、麻野に胸を愛撫されながら。麻野は不満そうに眉をひそめ、胸に歯を立てた。 「行動はいい、言葉が欲しいんだ」  ぼくの言葉に、麻野は溜息を吐いて前髪を掻きあげた。 「なにを言って欲しい?」 「ぼくを選んだ理由を。簡潔に。ただし『後腐れがなさそうだった』はなしだ」  麻野に再度言われないよう、先手を打つ。すると麻野はぼくを小馬鹿にしたように鼻で笑って、胸を指でいじり始めた。 「理屈が好きだな、集(つどい)は。セックスするのに理屈や理由が必要か?」 「そうじゃない。ぼくが言っているのは動機の話だ」 「動機?」  怪訝そうに麻野が聞き返す。しかし態度とは裏腹に、その手はふてぶてしくぼくの胸を弄んでいる。ぼくは流されないようにつばを飲み込み、膨らみかけた麻野自身を、ジャージ越しに足で刺激した。 「そう、動機だ。理由はなくとも、動機はあるはずだ」 「愚問だな。ただセックスがしたいから。それ以外になにがある?」 「ぼくは麻野が好きだ」  そう言ったら、麻野は弾かれたように顔を上げた後、数秒ぽかんとした。それは徐々に笑顔に変わり、吹き出した。 「失礼な! 人の告白を笑うなんて、最低だ!」 「あはは、悪い悪い。あまりにもストレート且つ陳腐なセリフだったから、意外性がありすぎた」 「好きだから、セックスしたい。麻野は違うのか?」  麻野はどこか含みのある笑みを浮かべ、ぼくを見た。そしてやや呆れたように笑って、ぼくの首筋にキスをした。 「ああ、好きだよ」 「本当に?」 「そうでなければ男なんて抱かないね」  ぼくの問いに間を置いて麻野が答えた。これはうそだ。なにか隠し事をしている証拠だ。ぼくはぴんと来たが、「そうか」とそっけなく返事をするにとどめた。  麻野が好きだ。けれど、麻野はぼくを見ていない。ぼくではない、べつの誰かをぼくに重ね ている。その事実にちくりと胸が痛んだが、ぼくは気付かないふりをして、麻野の愛撫を受け入れた。

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