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最初で最後の夜。

 蒼宙に勧められ参加した合コンで出逢った異性への  アプローチの仕方を間違えてしまったようだった。 (新しい恋ができるかと思ったのに……)  少しだけ虚しい気分になりかつての恋人を呼び出した。  何度か一緒に訪れたバーに行くと先に待っていた彼は、  愁いを帯びた眼差しでノンアルコールカクテルを  傾けていた。 「……待たせたか?」 「今来たところだよ」  こうしてたまに飲む関係になってから、さほど経ってはいない。  恋人関係を解消してから心にすっぽり穴が開いていた。  医学部に入り、あちらも院生になり忙しくて中々会えなくなったのもある。  会ったら身体の関係を結ぶ。とても激しく燃える愛だった。  どちらかが、終わりを切り出してそれでも縁を切って  しまうのは嫌で友達として付き合うことにした。  目の前にいる親友は、今でも大切な存在だ。  何が起きてもそれは変わらないだろう。 「合コンは、楽しかった? 僕を呼ぶあたり  出会いはなかったのかな」 「ある意味で楽しかったけど失敗した。ああいう所は無理みたいだな」  バーのマスターに頼んだのはスクリュードライバー。  作ってくれる姿を見ながら、隣にいる存在に笑う。 「……君に新しい幸せを見つけてほしくて。  そういう軽い付き合いなんてできないのがわかってて……ごめんね」  自嘲する瞳には、こちらへの純粋な気遣いがある。 「面白かったけどな。やたらツンツン過剰に反応してくる子がいたんだ。  ぽんぽん言葉が返るし、顔を真っ赤にして感情表現も豊かで」 「ツンデレ、かわいいよね」 「ちょっと、昔のお前を思い出したのかもしれない。  罪なほどかわいくて俺を虜にして離さなかった」 「そんなに、僕ってテンション高かったかな」 「そのテンションに引きずられたし、嫌じゃなかった」 「ねえ。その子はもういいの。君が気にいるなんて  よほどじゃない。別れてから、まだ誰も見つけてないでしょ」  話を変える相手に、苦笑する。 「相性は合わない気がする。  あの子も合コンなんてくるタイプではなくて、真っ白な感じではあったけど」 「もったいないんじゃない?」 「……俺が本気になったら落とせるけどな」 「すごい自信。けどそういう風になってくれて嬉しいよ」  見つめ合い、手を握る。 「……かわいかった。でも、手を出したら駄目な相手だろうな。  勘で分かる」 「恋愛していけばいずれはそうなってもいいんだろうけどね」  グラスを傾ける彼の瞳は栗色。  柔らかな栗色の髪も薄暗い照明の中で光り輝いている。  俺の薄茶色の髪は派手すぎるが彼は愛らしい。ふいに話を変えた。 お互いの瞳に映るのは、酒ではなく……。 「……親友じゃなくて、今夜だけ側にいてあげようか。  寂しいんでしょ。だって、一人でするのはやめているんだろうし」  大人になって、オブラートに包んだ誘惑をするようになった。  それを受け止める。 「余計寂しくなるからしない」  煙草を灰皿に押しつける。  グラスの酒を飲み干す。  ちいさな手を取り店を出る。  結局、甘えてしまい共に暮らしていた部屋に帰った。 (こんなことは、最初で最後だ)  親友になったはずが、こんな爛れた関係を持つのは  どうしようもなく間違っている。  かつて想い合い何年もそばにいた相手だから、  触れたいと思えただけで他の相手は考えられないのは確かだったが。 (俺と同じで誰もいないのだろう。  遊びでひとときの関係を持つような人間じゃない)  熱のこもった瞳で見つめ合い、唇を重ねる。  しつこいくらいキスをしていると唇が濡れてくる。  ヒートアップする身体はあの頃を思い出させるようで、  甘くて悲しくて痛い。 「ん……っ」  肌を交わすのはとても心地よく  恋人関係を解消できたことが今でも信じられない。 (身体の相性も抜群にいい) 「いつか言ったでしょう。一人で生きられない人だって。  全部を受け止めてくれる人には必ず出会えるからね」  俺より少しちいさな身体が闇の中で背筋を反らす。  身体を起こして抱きしめた。 「ああ……お前と抱き合うのもこれで最後にしよう」  深く甘いキスを交わす。  恋人関係を解消して、親友になったけれど、  嫌いで別れたわけじゃなかったから、  二人にしか分からない情は残っている。  恋愛の形に戻せないだけで、愛はあるのだ。  朝が来てもぞもぞと身じろぎする。  あくまで冷静に身繕いをした。 「早く幸せになってくれなくちゃ僕も相手探せないよ」 「お前を傷つけない奴にしろよ。心配だから」 「それはこっちの台詞だよ」 名前を呼ぶことも愛の言葉もなく、熱を交わした。 どちらかの頬に流れた涙は気づかないふりをしなければいけない。 「いざとなったらキューピッドになってあげるからね。  だってたった一人君が愛した同じ身体を持つ存在だもん」 「あ……」  名前を呼びかけて唇を噛む。 「僕以外無理だって分かっているの嬉しいんだ。  違う性別の素敵な人と巡り会うのを素直に応援できる」 「青……」  こっちは、名前を呼ぶのを躊躇ったのに耳元で名前をささやいた元恋人。  さすがに癪だから、乱暴にキスをしておいた。  愛情が少し足りず情は満ち足りたキス。 「また飲もうね……」 「今度は俺の家に親友として招待する」  最後のクリスマスを過ごしてからさほど時は流れていない。  かりそめの恋人と朝まで孤独を分け合った。

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