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フェラから始まる恋物語
こんなことしか出来ない自分を、たまに歯がゆく思うけれど。
夜八時。指定されたホテルの部屋に向かう。いつも通りの夜だった。繁華街の路地裏に入り口があるホテルは、何度か利用したことがあって、うろ覚えの記憶を探ってみたけれど、その時の客がどんなだったか思い出すことは出来なかった。こういう仕事をしていると、すべて忘れてしまうのがいい。リピーターは勝手に覚えるし、時間を惜しんで昔話をすることも少ない。忘れているなら、きっと不要な記憶なのだ。
今夜は新規の客だから、ほんの少し緊張する。ドアを開けてくれたのは、まだ若いサラリーマンだった。俺より少し、背が高い。
「こんばんは。ご指名ありがとうございます。サキです」
「こんばんは。えーと、岩木です。今日はよろしくお願いします」
第一印象は優しそう。でもそれが、勘違いだったこともある。プレイ中だけ性格が変わる人もいるから。油断は禁物だ。
部屋の中に招き入れられ、最初にシステム確認とヒアリングを行う。初めての客には必要な時間だけど、これを嫌がる人もいる。岩木さんは事務的な説明にもいちいち返事をしつつ聞いてくれた。優しそうな人、で合ってるのかもしれない。
「何か確認しておきたいこととか、話しておきたいことってありますか? NGな行為とか……」
「あ〜。えーっと。……サキくんはさ、男が好きな人?」
「え? まぁ、はい」
「普通はお客さんもそっちの人だよね?」
「そうですね?」
「ああ、ごめん。なんていうか……ちょっと話聞いてくれる?」
「はい」
「実は……俺、本当は女の子が好きなんだけど、さ。この年まで恋人とか出来たことなくて、でも人とエロいことしたいな〜っていう願望? みたいなのはずっとあって……。風俗行くか〜って思った時に、女の子相手だと緊張して勃たない気がして。同性だったら体のことも分かるだろうし、色々教えてもらえるかな〜って、そういう感じで予約したんだ。だから、その、今日どんな感じで進めていったらいいかとかも分かってなくて。こんな状態で来てるから、迷惑かもしれないんだけど、……その、色々教えてもらえると嬉しい」
耳まで赤くしてそういう岩木さんは、本当に場慣れしてないんだなっていうのが分かる。落ち着かないのかソワソワしていて、少し可愛い。
「そうなんですね。分かりました。じゃあ、始める前に、ちょっとお話してもいいですか?」
「! もちろん」
岩木さんは背筋を伸ばして頷いた。隣に座って、緊張をほぐすために雑談を始める。岩木さんは二十九歳らしい。もうちょっと若く見えると言ったら嬉しそうだった。
「サキくんは大学生?」
「はい。いま三年です」
「じゃあ、もうすぐ就活と卒論かぁ。大変だ」
「ああ、俺、院に行く予定なので、就活はもう少し先ですね」
「院試も大変じゃない?」
「そうですね。でもやりたいことがあるんで、頑張ります」
「そっか〜。俺、なんもやりたいことないまま生きてきたから、やりたいことあるの羨ましいな〜」
そうだろうか。やりたいことがなくても、ちゃんと働いて生きている、それってすごい事だと思う。この仕事をするようになってから、働くことの大変さは身にしみている。そんな話をしたら、岩木さんは少し迷った後に訊いてきた。
「あのさ、話したくないならいいんだけど、サキくんはどうしてこの仕事始めたの? あ、いや、なんていうか、しっかりしてるし、偏見かもなんだけど、風俗の仕事してる子っぽくないな〜って。俺、今日はじめて利用するから、ほんとにイメージだけで喋ってる。ごめん」
「あはは。謝らなくても。そうですね、もう言っちゃえば金のためなんです。手っ取り早く稼げるし、自分の性的指向にも合ってるし」
「うーん。でもやっぱり、嫌なこととかあるんじゃない?」
「……そうですね。面倒な人はどこにでもいるっていうか……」
「あのさ、俺、面倒な客じゃない? って聞いても答えに困るよな〜」
「えっ、全然! むしろ良客です」
「本当に?」
「はい。ちゃんと話してくれるし、無理矢理とかもないし、怒らないし、好みのタイプだし」
最後はいらなかったかもしれない。相手はノンケだった。そう思ったけど口を出た言葉は取り消せない。気持ち悪がられるかと思ったけど、岩木さんはちょっとびっくりしたような顔をして、その後は笑ってくれた。
「え〜、俺、サキくんの好みのタイプなの?」
「う、はい、実は」
「サキくんって趣味悪いって言われない?」
「言われたことないです」
「それはそれは」
ひとしきり笑って、岩木さんはネクタイを解く。気持ちもほぐれてきたかな。俺が様子を伺っていると、岩木さんはこっちを見てにこっと笑った。
「ずっと喋ってたい気もするんだけど、当初の目的も達成したいから、お願いしてもいいかな」
「はい、もちろん」
「どういうことしたらいい?」
「まず風呂入って……あ、岩木さんってタチですか、ネコですか?」
「タチ? ネコ?」
「あ〜、男同士でするときに入れる方と入れられる方っていうのがあって……。そうか、ノンケだから、タチでいいか」
「それ何か関係あるの?」
「抜く時どうやろうかなって。手コキがいいとか、フェラがいいとか、後ろ触ったほうがいいとか、色々あるんで」
「えっ、フェラありなの?」
「興味あります?」
「……めっちゃ、ある、けど」
「けど?」
「サキくんにしてもらうのめちゃくちゃ申し訳ない……」
両手で顔を覆ってしまった。なんだこの人。
「いや、そもそも、女の子好きって時点で、俺で勃ちます?」
「触られたら勃つと思う。たぶん」
雑だな。
「岩木さんが興味あるならフェラにしましょう。俺は大丈夫なんで。イラマとかでも全然」
「えっ!? しないよ!? それサービス的に大丈夫なの? コンプラどうなってんの??」
めちゃくちゃ叫ばれた。いやでも、そういうの好きな客もいるし……。
「俺、サキくんが嫌がること絶対しないから!」
「は、はい」
「なんかやらかしたら出禁にしてね!?」
そんな必死にならなくても。思わず笑ってしまう。
「ふはっ。大丈夫ですよ。岩木さんを出禁にしたら、他の客全部出禁です」
「なんか、本当にサキくんの労働環境が心配になってきた……」
「まぁまぁ。とりあえず、風呂行きましょう。あ、一緒に入ります?」
「えっ」
「あ、嫌なら別でも」
「……別々でお願いします」
「ふはっ。了解です。じゃあ、お先どうぞ」
岩木さんをバスルームに見送って、今日の仕事は大当たりだな、と思う。岩木さんの様子だと、リピーターにはならないだろう。それがちょっと残念だ。いつもこういう客ばかりだったらいいのに。
岩木さんと交代でバスルームに入る。さっとシャワーを浴びて部屋に戻ると、ベッドに座って所在なげにしている岩木さんがいた。
「お待たせしました」
「えっ、早……」
「? そうですか?」
「心の準備が……」
「ふはっ。心の準備」
「なんかさっきから笑ってばっかじゃない?」
「いや、岩木さんが面白くて。すみません」
「だから! 初めてなんだって!!」
「あはは」
とうとう声に出して笑ってしまった。不服そうな顔をしている岩木さんが可愛い。年上に可愛いっていうのもどうかと思うけど。
「じゃあ、します? このまま座っててもいいし、ベッドに上がってするのもありですよ。どうします?」
「う〜ん、このままで」
「じゃあ、失礼します」
岩木さんの脚の間にしゃがみ込み、バスローブを捲る。下着を眼の前にして、岩木さんを伺うと、すでに顔が真っ赤だった。
「……下着、ずらしますね」
断ってから縁に手をかける。岩木さんの体がびくりと反応したのを無視して、下着をずり下げた。現れた性器は思ったより大きくて、少しだけ喉が鳴る。
「でか……」
「そう、かな」
「修学旅行とかで比べ合いしませんでした?」
「いや、覚えてない」
「そうですか。……触りますよ」
「うん」
そっと手で触れて、少し擦る。熱っぽい吐息が上から聞こえることを確認して、先っぽを口に含んだ。
「っ……」
あ、もう少し焦らしてからのほうが良かったかな。一度口を離して、今度は竿を舐めてみる。ボディソープの匂い。風呂上がりの清潔な匂いに、嫌悪感は全くない。ゆっくり舐めて、キスをして、吸いついて、玉を揉んで、また吸って。少しずつ固くなっていくことに達成感を覚える。目線を上げると岩木さんと目が合った。余裕なさそうな顔が色っぽい。
「……サキくん、さ……もしかして、上手い……?」
どうだろう。誰かと比べられたこともないし、分からない。返事をせずにそのまま深く口に咥えると、ひどく甘い声が聞こえた。見上げると、岩木さんはびっくりした顔で口元を押さえている。咄嗟にちんこから口を離して、声をかけてしまった。
「気持ちよかったら、声、我慢しないで」
「う、でも、恥ずかし……」
「ちゃんと気持ちよくなってくれてるって、俺も嬉しいんで」
「わ、わかった」
素直に頷いてくれる岩木さんに、俺は安心させるよう笑ってみせる。再び咥えたものは、しっかり芯を持っていて、ほとんど臨戦態勢。大人しそうな岩木さんに似合わず、結構凶暴だ。バキバキに浮いた血管とか、色とか、大きさとか。見てると腹の奥がきゅんとなる。これ、入れたら気持ちいいんだろうな。さすがに本番は許されてないからしないけど、好みすぎてちょっと困る。気を紛らわせるように深く深く口の中に飲み込むと、上擦った岩木さんの声が聞こえてまた切なくなった。あー、やばいかも。俺もめちゃくちゃ勃ってる。
音を立ててしゃぶっていると、余裕がなくなった岩木さんの腰が揺れ始めた。たぶん無意識なのだろうけど、それが嬉しくて、もっと頑張ってしまう。
「う……、サキ、くん……、も、やば……い」
伸びてきた手が、俺の頭に触れる。拒むように頭を離そうとするけど、それに逆らって吸い続ける。岩木さんの手はそんなに強くなくて、頭を掠めていく指先に撫でられている感じ。褒められているような気分になって、嬉しい。
「だめ、だ……っ、離してっ、出る……っ」
焦った声。でも、離したくない。じゅる、っと音を立てて、一際深く喉の奥に飲み込んだ。
「う、あ……っ」
触れていた岩木さんの太ももが、ひくひくした。直接喉に吐き出される熱。えずきそうになるのを堪えて、さらに吸う。
「……っ、だめ、だって……!」
でも気持ちいいはずだ。断続的に喉に触れる体液が、それを伝えている。ぐしゃりと俺の髪を乱した岩木さんの手が、余韻に浸って震えている。落ち着くのを待ってから口を離し、口の中に残ったものを飲み下した。
「えっ! 飲んだの!?」
「……ん」
「いや、ばっちいから! ぺってしなさい! ぺって!」
「……いや、もう、飲んじゃったし……」
岩木さんは頭を抱えている。何か葛藤があるのだろうか。真っ赤な顔の岩木さんを見上げる。
「どうでした?」
素直な感想が聞きたい。まっすぐ見上げる俺に、いくらか視線を揺らした岩木さんは口ごもる。
「気持ちよくなかった?」
「……っ、めちゃくちゃ気持ちよかった、よ!」
最後は半分やけくそだ。そんな岩木さんに笑ってしまう。
「ごめんね! 童貞で!!」
「あれ、童貞なんですっけ」
「言ったじゃん! 人とするの初めてだって!」
「あ、そうか」
まだ固さを持っている岩木さんの熱をつんとつつく。
「っ!」
「もったいないですね。めちゃくちゃ優秀そうなのに」
「!?」
「……しゃぶってる間、入れたら気持ちいいだろうなって思ってました。本番、できなくて残念です」
「っ……!」
ぷるぷる震えている岩木さんが可愛い。嗜虐趣味はないけれど、からかうくらいなら許されるだろう。
「……サキくんって、優しそうなのに意地悪だね。一番優しそうだったから選んだのに……」
意外なことを言われて目を丸くしていると、岩木さんがあれ、という顔をした。
「よく言われない? 優しそうって」
「いや、あんまり……」
「そうなんだ? まぁ、実際意地悪だったけど」
「言うほどじゃないでしょう?」
「どうかな。……で?」
「?」
「君のはどうするの?」
大きくなってる股間を指さされ、あ〜と声が出た。放っておけば収まるし、こっちの心配までされるとは思っていなかった。でも時計を見ると、終了時間までまだまだある。
「俺がどうにかしたほうがいい?」
岩木さんが聞いてくる。さすがに俺が客にしてもらうのは、特に岩木さんの嗜好から考えるとなしだろう。
「……岩木さんってもう一回いけます?」
「ん?」
「もう一回、射精できそう?」
「え、いや、どうだろ」
「試してみていいですか?」
ベッドに追い詰めると、じり、と岩木さんは後退る。必然的にベッドに乗り上がる形になった岩木さんを、さらに追い込むように体を寄せた。同じボディーソープの匂い。
「サキくん?」
「一緒に擦るの、してみません? 兜合わせって言うんですけど」
自分から膝を立てて、バスローブを捲る。下着なんてもとから履いてない。岩木さんに勃起しきった性器を見せつけた。岩木さんの視線が俺の股間に向けられている。岩木さん的にはたぶん興奮しないんだろうな。でも俺は見られて興奮した。期待に満ちた目で、岩木さんを見てしまう。甘えた声で迫ってみると、岩木さんはふいと顔を背けて頷いた。この人、押しに弱いな。ちょっと心配になるレベル。
「サキくんて……毛、剃ってるの?」
「え? ああ、脱毛してます。パイパン好き?」
「いや、好きとかじゃなくて……肌きれいだな〜って。……同じ男じゃないみたいっていうか……色も白くて女の子みたいっていうか……」
もごもごと口ごもる岩木さんに、俺はまた目を見開く。首を傾げていると、岩木さんはまたもごもごと言った。
「や、その……ちょっと、興奮、したというか……」
そんなことを言われると、結構クるんだけど。照れなのか欲情なのか、そういう気持ちを誤魔化すように俺は岩木さんと腰を合わせた。ふたり分の性器を手の中に握り込み、岩木さんの様子を伺う。
「岩木さんも、手。かして」
「う、うん」
ふたりで握り込んだ熱を、ゆっくり擦り始める。熱くなっていく岩木さんの吐息が、俺の性感も高めていく。時折ひくつく岩木さんの様子を眺めていると、一瞬目が合った。すぐに逸らされてしまう視線。伏せがちにした目元と、赤くなった頬が色っぽい。薄く開いた唇に視線が吸い寄せられる。
「……岩木さんって、キスはしたことあるんですか」
「へぁっ!?」
ちょうど擦り合わせていた裏筋に力が入ったのか、岩木さんが変な声をあげた。驚いたようにこっちを見てくる。その視線を見つめ返して、俺は思ったことを口にした。
「キス、しながらだと、もっと気持ちよくなると思うんですけど、試してみませんか」
岩木さんの喉が、ごくりと鳴る。脳髄の奥。本能的なところが溶けはじめて、欲に塗りつぶされた感覚。たぶん、岩木さんの理性は脆くなっていて、俺が言った言葉の意味を理解できているか怪しい。ふつうなら、ノンケが俺とキスすることなんてないけど。
「ね? 舌、ぐちゃぐちゃに絡めてしたら、気持ちいいですよ」
俺が甘ったるい声で囁くと、どろどろに煮詰まった岩木さんの目が揺らいだ。ああ。この顔、すっごく好きかも。
ほんとうに小さく、彼が頷いた瞬間には身を乗り出していた。片手で頭を掴んで、唇を合わせる。最初から舌を捩じ込んで、できるだけゆっくり彼の舌を舐めた。ぶる、と岩木さんの体が震える。可愛い反応。キスも初めてなんだろうな。
「ふ……ぁ……」
そのまま手を動かして、刺激も続ける。体を寄せ合った分だけ、触れた場所に熱が籠もっていく。上も、下も、濡れた卑猥な音を立てて、高められるだけ興奮を上げていくと、涙をこぼしながら岩木さんが大きく仰け反った。
「……っ、も、……だめ……っ、イく……っ」
手の中で熱が暴発した。二回目なのに量が多い。激しく飛び散った精液がお互いの体を汚している。
「あ……、ご、ごめん!」
すぐに正気に戻った岩木さんが言うけど、俺はまだ熱を持ったままで。離れていた岩木さんの手を取って、無理矢理に俺を扱かせる。追い立てるような扱いの中で、浮き上がるような絶頂。俺が吐き出した熱は、岩木さんの腹を濡らした。
手を握りあったまま、少しの間見つめ合う。気だるい余韻が背中に残っていた。握っていた岩木さんの手に、少し力を入れてみる。
「どう、でした?」
「え」
「気持ちよかった?」
「っ、それは、その……っ」
泳ぐような視線。俺から目を離したままで、岩木さんは頷く。
「……すごく、良かった……」
満足はしてくれたらしい。時計を見ると、終了時間が近づいていた。岩木さんの手を引いて立ち上がる。
「シャワーいきましょう」
大人しくついてくる岩木さんとバスルームへ。一緒に汗と汚れを軽く流し、タオルで岩木さんを拭いてやる。大人しくされるがままの岩木さんは借りてきた猫より扱いやすい。帰り支度を始めた俺をよそに、岩木さんはタオル一枚のままで水を飲んでいた。
「今日はありがとうございました。俺も楽しかったです」
「あ、いや、こちらこそ。……その、色々とありがとう」
「またしたくなったら、俺のこと指名してくださいね」
営業用の名刺を渡して、それで俺の仕事は終わり。扉に向かうと、岩木さんが見送りに来てくれた。律儀な人だな。
「じゃあ、失礼します」
「うん。気をつけて帰ってね」
「岩木さんも」
扉を出れば、俺たちは赤の他人だ。キャストとか客とか、そういう関係も消えて、全く知らないそれぞれの世界に戻る。それを、こんなに惜しく感じるとは思わなかった。
扉を出て、そのまま事務所に終了連絡を入れる。連絡先を聞けば良かったかな、とか、でもノンケだしな、とか。ぐるぐる考え始めたのはそれからで、さすがに馬鹿だなと思ってしまった。きっと、岩木さんからのリピートはないだろう。経験したいだけだって言ってたし。だから忘れないと。そう、いつものように。
それから一ヶ月ほどは平和だった。俺はいつもどおりに常連客やたまに入る新規の客を相手して、貼り付けた笑顔を振りまいた。料金に見合った働きはちゃんとする。たまに岩木さんの夢を見ること以外に問題はない。何度か彼に抱かれる夢を見て、不毛さに頭を抱えた。こんなに思い出すのは、好きになってしまったんだろう。本気で忘れたい。だってもう、彼とは会うこともないんだから。
「どうかした?」
「いえ、なんでも」
今夜は二度目の客が相手だ。この人、苦手なんだよな。サドっ気が強いというか、自分本位で痛いことをしてくるから、今夜は少し憂鬱だ。夕飯を一緒に食べて、その足でホテルに向かった。そのホテルが岩木さんと使った場所だったから。思わず足が止まってしまったのだ。
「何してんの。はやく来いって」
強く腕を掴まれた。遠慮のない力が痛い。引きずられるようにエントランスへ連れて行かれる。ああ、ダルい。キャンセルして帰ろうかな。キャストからのキャンセルはペナルティがあるけど、全然気が乗らない。
「あのさぁ、そんな顔されても、お前だって金が欲しいんだろ?」
そう。その通り。ホテルで支払われる金額を思い出し、俺はへらりと笑って見せる。全部が全部、金のため。多少の我慢は必要だ。しょうがない。そう思って、自分から足を踏み出そうとした、その時だった。
「サキくん!」
遠くから、俺を呼ぶ声。走ってくる足音が聞こえる。そしてすぐに、腕を掴む手が離れた。いや、引き剥がされた。
「は? 何あんた」
サド野郎の視線の先に、岩木さんがいた。仕事帰りだと分かるスーツにビジネスバッグ。強い視線がサド野郎を睨んでいて、俺は呆気に取られる。
「嫌がってるだろう」
「はぁ? あんたが何か知らないけど、こっちはこいつの客なんだよ。金払って同意のもとで来てんの。邪魔すんな」
「金を払えば何をしてもいいと思ってるのか、下郎だな。小学校の道徳でも、やり直したほうがいいんじゃないか?」
えっ、煽りスキル高……。俺が驚いていると、サド野郎がこっちを向いた。
「なぁ、こいつ何」
いや、俺のほうが聞きたい。俺が岩木さんを見ると、真剣な顔がこちらを向いた。腕を掴まれる。
「サキくん。こういう客は出禁にしたほうがいい。いくら金が必要でも、君が傷ついたら意味がないじゃないか」
俺の腕をしっかり掴んでいるのに、その力は強くない。痛くない。説教くさい岩木さんの言葉。そんなことを言われても、ずっとこうしてきた。俺にはこんなことしか出来ない。なのに。
「きみ、行きたくないって顔してるの、自分で分かってる?」
岩木さんの言葉は、まっすぐ俺に突き刺さった。それでも俺が答えられないでいると、岩木さんはサド野郎に向かって言った。
「悪いけど、サキくんは連れてくから」
「はぁ? 何言ってんだよ。警察呼ぶぞ!」
「ああ、そっちのほうが早いかな。どうぞ? 俺、代議士の先生のところで秘書してるんだ。この辺の警察にも顔が効くから、そうしてくれるとこっちの手間も省ける。早く呼んでくれる?」
あっさりそう言った岩木さんの顔は笑っていない。岩木さんの冷たい視線は鋭くて、突き刺さりそうだった。サド野郎が怯んでいるのを見て取って、岩木さんは俺の手を引いた。
「行こう、サキくん」
大股で歩き出した岩木さんに腕を引かれ、俺も歩き出す。しばらく歩いた先は、繁華街の端っこにある公園だった。岩木さんは俺をベンチに座らせて言った。
「事務所に連絡して。今日の客、キャンセルしたって。あと出禁の話も。今夜の売上分は俺が払うから」
「……怒って、ますか」
「うん、わりと」
即答してから、岩木さんは息を吐いた。びっくりするほど長いため息。それから俺の隣に座る。
「……いや、ごめん。八つ当たりだ。ちょっと仕事で色々あって。イライラしてるときに、サキくんのこと見つけて、カッとなった」
投げ出した足の先を見つめるように、岩木さんが言う。
「代議士の秘書?」
「ああ。あんなの嘘。普通のサラリーマンだよ」
さらっと言われて驚いた。岩木さんを見ると、視線に気付いたのか、こっちを向く。その顔に冷たさはなくて、ちょっと笑っていた。
「時にはハッタリも必要だよね」
えっ。本当に警察を呼ばれていたら、どうしていたんだろう。なんて返せばいいのか分からずに、俺は手元のスマホに目を落とした。連絡先から事務所を選びつつ、でも、かける前に手を止めてしまう。
「ねぇ、さっきの客ってどのプラン?」
俺が答えると、岩木さんは財布から金を出そうとした。
「三万……四万だっけ」
「いや、いらないです」
「なんで? 仕事潰したよ、俺。あ、今更なんだけど、邪魔して良かった?」
「えっ、マジで今更……」
「あー、だよねー! ごめんね? いやでもあの客はダメだと思うんだよ。なんかもう見るからに危なそうっていうか、遠目に見てもヤバそうで……」
それは同意だ。
「まぁ、俺も行きたくなかったし……」
「そう? それなら良いんだけど」
岩木さんも俺も黙ってしまう。俺のスマホが事務所の番号で止まっているの見て、岩木さんは自分のスマホを取り出した。たぷたぷたぷ、とタップ音。電話をかけている。
「あ、もしもし? 先日利用した岩木です。キャストのサキくんのことで話が……ああ、はい、そうです。そのサキくんです」
ん?
「さっきホテル前でサキくんに会って。客がヤバそうだったんで、邪魔しちゃいました。はい。あ、すみません。それで、代わりに俺が客としてサキくん借りたいんですけど……」
んん?
「はい、料金は本人に渡します。はい、はい、勝手なことしてすみません。でもあの客、出禁にしたほうがいいですよ。はい。警察沙汰とかなりそうな気がしてるんで。はい。はい、できたらご検討ください。はい。じゃあ、失礼します」
「……なにしてんの?」
「え? サキくんが連絡しないから」
「いやいやいや」
「ってことで、今夜のお金。はい」
財布から抜き身の金を手渡して、岩木さんは立ち上がる。俺を見て、手を差し出した。
「三時間プランなんで。よろしく」
つれていかれたのは、岩木さんの家だった。マンションのワンルーム。綺麗に片付いた部屋に通された。
「なんでホテルじゃないんですか?」
「え? だってあそこでホテルって言ったらさっきの場所に戻るじゃない? 嫌でしょ」
それは確かに。
「自宅でも良かったよね、仕事の場所」
「ええ、まぁ」
「ってことで、問題なし」
「で、この酒はなんです?」
「宅飲み、付き合って?」
「三時間?」
「そう、三時間」
テーブルに並んだ酒を見て、ちょっと引いた。どれだけ飲むんだよ。つまみになりそうなものを広げつつ、岩木さんはテレビをつけている。ちょっと肩透かしというか、期待したというか。そんな俺の気持ちには気づいていないのだろう、岩木さんは缶ビールを開けて飲み始めた。仕方なく、俺もチューハイに手を伸ばす。それを見た岩木さんはご満悦だ。
酒を飲みながら色んな話をした。岩木さんの勤め先がソフトウェア系の会社だとか、俺の専攻が工学系だとか、どこの店が美味いとか、服を買うならどこだとか。本当にただの宅飲みで、岩木さんはガンガン缶や瓶を空けていく。肝臓大丈夫かな。
「岩木さんって酒強いんですね」
「ん〜、そうだね。外ではあんまり飲まないけど」
「なんで?」
「醜態晒したら嫌じゃない?」
「その調子なら大丈夫じゃないですか?」
「いや、何があるか分かんないよ、世の中!」
強い口調で言ってから、岩木さんはつまみに手をのばした。ぱりぽり音を立てて齧ってから、もう一度同じセリフを口にする。
「ほんと、何があるか分かんないよ」
「……何かありました?」
「ん? ん〜〜〜〜〜〜〜〜」
すっごく考えた顔をして、岩木さんは結局黙ってしまう。でもまぁ、何が起こるか分からない、っていうのには賛成。だって、俺がいま岩木さんの部屋にいるのも、今日会えたことだって、なんだか奇跡みたいな出来事なんだから。
空になった缶を横に置いて、ちょっと休憩していると、岩木さんも同じタイミングで手元のグラスが空になった。それだけちゃんぽんして酔わないのは本当にすごい。いや、酔ってる、のか? 顔色が変わらないから、どっちか判断がつかない。
「ちょっと水取ってくるね」
「あ、俺ももらえますか」
「うん。ちょっと待ってて」
岩木さんがキッチンに行くのを見送り、テレビに視線を移す。バラエティの陽気な笑い声がどこか異世界のよう。
正直、好きなひとにまた会えて、家にまで呼んでもらえて、浮かれた気持ちはある。けど、これは「仕事」なのだ。一緒にいる時間は金で囲われたもので、キャストと客の関係は崩せない。連絡先は知りたいけど、それを言い出す勇気もない。それこそ、気持ちを伝えるなんて無理だろう。俺がもし女だったら、一緒に宅飲みなんかしないで、もっと色っぽいことができたんだろうか。
(って、不毛すぎるだろ〜〜〜〜〜。別に女になりたいわけじゃないし!)
考えるのはやめだ。もう少しアルコールを入れよう。新しい缶に手を伸ばそうとしてそれに気づいた。新聞の下から覗いたパッケージ。何気なく引っ張り出したそれはDVDのケースだった。
「サキくん〜、グラスがなくてめちゃくちゃ大きくなっちゃったんだけど、大丈夫?」
キッチンから戻ってきた岩木さんが、どでかいジョッキを持ってきた。でもそれどころじゃない。俺は思わず手元のパッケージと岩木さんを見比べた。
「アッ!?」
俺の手の中のパッケージに、岩木さんが気づく。そして、持っていたジョッキをぶちまけた。
「つめた……っ」
「あーーーーー! ごめんっ! っていうか! いや、ごめんなんだけど!」
慌てる岩木さんが、空になったジョッキを置いて風呂場に走っていく。すぐにタオルを持って戻ってきた彼に、頭からタオルをかけられ、めちゃくちゃに拭かれた。
「ごめん! 着替え! 俺の服出すね!?」
「あ、はい。ていうか、あの、これ」
「アッ、それね!? えっと!!!!」
タオルの端っこでパッケージを拭う。ゲイビ。どこからどうみても、アダルトなそれは、岩木さんが持つには違和感がありすぎて。
「興味、あるんですか」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、……ハイ」
ちっちゃい声で岩木さんが言う。
「なんでDVD?」
「えっ?」
「今どき動画で見れるじゃないですか」
「そうなの!?」
知らんのかい。
真っ赤な顔をした岩木さんが、言い訳がましく言うことには、俺とのプレイのあと、興味がわいて買ったのだそうだ。さっきの何があるか分からないって、これのことか。でも、だったら。
「岩木さん、興味あるんだったら、俺としてみません?」
「えっ」
「セックス。俺、入れられたいほうだし」
「いや、えっ、でも」
時計を見ると、約束の三時間はもうすぐだ。俺はスマホに手を伸ばした。事務所の電話番号を出して、発信。
「お疲れ様です。サキです。仕事終わったんで、帰ります。……ああ、はい。すみませんでした。はい、ありがとうございます。……はい。お疲れ様です」
通話を切ったスマホは、用済みだ。落とすようにスマホを手放した代わりに、岩木さんの腕を引いた。
「……サキくん、酔ってる?」
「どうだろ。頭ははっきりしてると思いますけど」
「いや……でも、」
「俺は興味あります。岩木さんとのセックス」
「っ!」
「……ねぇ、抱いてよ」
ぎくりと、岩木さんの体が強張る。酔ってることにしても良いのかもしれない。俺はそのまま、岩木さんの唇を奪った。舌を入れて、煽るように絡めてみる。好きだ。岩木さんのことが。体の芯が熱を帯びていく。繰り返しキスしていると、岩木さんの手が背中に回った。岩木さんの舌が、向こうから絡まって、俺の舌を吸う。ちゃんと応えてもらえたことが嬉しくて、もっと深くつながりたくて夢中になった。
「……っ、サキ、くん」
「ん……」
「必要なものって、ある?」
「……ローションと、ゴム」
岩木さんが俺から離れて、クローゼットを探り出す。使いかけのローションとゴム。
「あるんだ」
「いや、これくらいは……」
ごにょごにょと言葉を濁す岩木さんに、笑ってしまう。
「準備してくるんで、風呂、借りていいですか」
「えっ、いいけど、準備って?」
「後ろ。洗ってほぐしてくる」
立ち上がった俺の手を岩木さんが掴んだ。
「酒飲んだ後だけど、のぼせたりとか……」
「大丈夫。待ってて」
気持ちが焦る。岩木さんの気が変わらないうちに早く準備を終わらせたくて、少し雑になってしまったかもしれない。だけど、はやく。はやく、触れたい。触れてほしい。岩木さんに。
部屋に戻ると、岩木さんは酒を飲んでいた。気は変わってないみたいだけど、空の瓶が増えている。
「飲み過ぎじゃないですか?」
「う〜〜〜、待ってる間、落ち着かなくて……」
「ちゃんと勃ちます?」
「あ〜〜〜〜」
目を逸らされた。
「なに?」
「……もう、勃ってるから、大丈夫……」
覗き込んでみると、言われた通りに膨らんでいる。
「ふはっ」
「笑わないでくれる!?」
「いや、やる気があっていいことです」
「う〜〜〜〜〜〜。俺もシャワー浴びてくる」
「うん。早く戻ってきて」
「……サキくんってさぁ……」
「うん?」
「……なんでもない」
少し不満そうな顔で、岩木さんが行ってしまう。俺はローションとゴムの箱を持って、岩木さんのベッドに乗り上がった。ごろんと転がってみると、岩木さんの匂いがした。
これから岩木さんとするんだ。そう思うだけで、胸の奥がきゅうっと引き絞られるような感覚がした。好きな人に抱いてもらえる。嬉しさと緊張がごちゃまぜになって、頭が爆発しそうだった。岩木さんの興味が一過性のものでもいい。今夜一晩だけで十分。思い出作りのつもりで。我ながら女々しいことを考えている。布団を引っ張って、中に潜った。岩木さんに抱きしめられているみたいだ。
「サキくん?」
岩木さんの声が聞こえて、布団が引っ張られる。顔を出すと、下着一枚の岩木さんがいた。少し濡れた髪。手を伸ばすと、抱きしめてくれる。
「岩木さんって、下の名前、なに?」
「え? 亨、だけど?」
「とおる、さん」
「……うん」
「亨さん、キスして」
ゆっくり近づいてくる顔に、目を瞑る。唇を食む感触。すぐに舌が触れて、口を開ける。頭を包み込むような手のひらが、耳に触れてくすぐったい。ほんの少しで唇が離れていきそうになる。それを追いかけて身を乗り出すと、勢いあまって亨さんを押し倒してしまった。だけど、止められない。覆いかぶさって、キスをして、離れたくなくて。あやすように頭を撫でてくれる手が嬉しい。そう思っていたのに、その手はあっさり離れてしまった。欲しがっているのは俺ばかりだ。胸が苦しくなる。そう思ったときだった。
亨さんの手が、俺の胸に触れた。肌の上を滑るように動いた指先が、乳首に触れて悪戯に動く。優しすぎる触り方がもどかしい。でも、気持ちいい。思わず口を離して、吐息を吐き出す。疼くような快感が、胸から背中に響いていく。
「……サキくんは、どういうのが好き?」
「え……?」
「強くされたい? 優しいのがいい? どこを触られるのが好き? 俺にどうされたい?」
矢継ぎ早な言葉を飲み込むより先に、見上げてくる亨さんの目で、動けなくなった。明確な興奮。欲情した雄の目だ。ぎらぎらした、捕食者の。俺を、食べてしまう人の目。
「っ、俺は……」
見られている。じっと。急に、そのことが恥ずかしくなった。
「……はやく、挿れてほしい……っ」
「それはだめ」
「えっ! な、なんで」
「挿れるだけがセックスじゃないでしょ」
「っ、でも」
「そんなに急がなくても、俺は逃げないから。ね? ゆっくりしよう」
「……っ、でも、俺は女の子じゃないし。亨さんは、男の体で興奮したり、しないじゃないですか」
あとで萎えたとか言われたら、結構傷つく。そんな怖さを口にするのはあまりにも無様だ。亨さんは俺を見上げ、ゆっくり体を起こした。俺を座らせて、俯いた俺の顔を覗き込んでくる。
「あのさ。そのことなんだけど」
亨さんの手が、俺に向かって伸びてきた。
「っ!?」
「ここ」
俺の脚の付け根。一番敏感な場所が、亨さんに握られた。
「毛がなくて、よく見えるよね。色が薄くて、柔らかそうで、すっごく綺麗でさ」
緩く、手が動き始める。
「……ぁ」
「俺のと全然違って、初めて見たとき、すっごくエロいなって思った」
俺を扱く動きが、少し速くなる。握り込む力も、強くなって。
「は……ぁ、……っ」
「ね、この金玉の裏のさ」
「あっ!?」
肩を押されて倒れ込んだ俺の股間に、亨さんが顔を近づけて、竿を握った手とは反対の手の指先が、つう、と肌を這った。金玉から、尻穴に向かって、ゆっくりと。
「ここも、すごく、綺麗だ」
吐息が肌にかかる。匂いを嗅がれた。そんなところで。
羞恥と混乱で焦る俺には構わず、亨さんは俺の睾丸にキスをした。唇で優しく玉を食み、何度も刺激を与えながら竿を扱いていく。
「あ、あ……っ、ぅ……」
「俺、サキくんの体で興奮してるよ。あんなDVD買ったのも、君のことが忘れられなかったからだし。でも、他の男の体じゃだめだった。君の体だから、興奮してる」
ぐりぐりと性器の先端を擦られて、俺が仰け反るのを、亨さんが見ている。
「この綺麗なちんこいっぱい扱いて、何回も射精させて、精液でどろどろにさせてさ。お尻の穴もぐちゃぐちゃに広げて、奥まで俺のを突っ込んで、沢山突いて、どろっどろの俺の精液流し込んだらどうなるだろうって。君がどんな声で喘ぐのか想像しながら何回も抜いたんだ」
迫り上がってくる射精の予兆に、俺はがくがく腰を揺らした。容赦ない亨さんの刺激は止まらない。涙が浮いて、視界がぼやける中で、亨さんの声が耳を犯す。言われた言葉が脳内で繋がり、その妄想で腹の奥がきゅうっと引き絞られた。
「……お尻の穴、ひくひくしてる。そんなに俺のが欲しい?」
「っ、亨、さ……っ、だめ……っ、イく……っ、イくから……っ!」
先走りに濡れた竿を、ぐちゃぐちゃ扱く手の動き。それが、一層激しくなった。
「っひぁっ! な、んで……っ。ぁ、っ、イくっ、イくっ、イく……っ!」
びゅるっと吹き出した精液が、俺の胸にまで飛び散る。体を引きつらせた俺の性器を、亨さんが優しく撫でた。飛び散った精液を指で掬い取り、濡れた指先を俺の尻穴にぐっと挿し込む。
「アッ!?」
「……ローションのほうがいいかな」
ぬるっとした感触が肌を伝う。ゆっくり中に押し込まれる指の圧迫。ぶるっと体を震わせると、あやすように脚を撫でられた。
「痛くない?」
「……だい、じょぶ……」
「ここ、柔らかいね。ちゃんとほぐしてくれて、ありがとう。二本目も簡単に入りそう」
「んっ……」
言った直後に広げられる感覚がする。ずるっと潜り込んできた指先が、中を探っている。気持ちのいいところに触れてくれるのを期待して、きゅうっと指を締め付けてしまった。はやく。はやく、もうちょっと、横の。
「あぅ……っ!」
的確に刺激された快感が、腰を震わせた。前立腺を内側から押し上げる独特の痺れ。気持ちよくて、ぞくぞくする。亨さんは、俺が喜んだ場所を、何度も押し上げて刺激した。
「そこ……っ、すき……っ、亨さんっ、あっ、ァっ」
「はぁ……、エッロ……」
興奮しきった亨さんに見られながら、俺は何度も体を引くつかせて、また呆気なく射精してしまう。だけど亨さんの指は止まらない。
「っ!? や……っ、いま、イった! イったから、待っ……っ、あっ、だめ……っ、だめっ、亨さ……っ、あっ、……ッ!」
追い立てるような刺激で体が震える。なけなしの体液を絞り出すように性器が揺れ、先走りか精液か分からないものが垂れていく。ぐちゃぐちゃと俺を掻き回す音は止まらず、身悶えして逃げようとすると、亨さんがのしかかってきた。
「んっ、うぅっ……!」
深いキスが口を塞ぐ。朦朧とする意識の中で、口の中を撫で回す舌の気持ちよさと、腹の奥をぐちゃぐちゃにする強い刺激が混ざり合う。気持ちいい。頭が狂いそう。わけが分からない快感の中で、また精液が漏れた。俺のちんこ、馬鹿になってそう。こんなに短時間で出したことがなくて、本気でそう思った。
俺が体をびくつかせたのが分かったのだろう。亨さんはやっと動きを止めてくれた。唇も、指も、離れていく。俺はぐちゃぐちゃになっていて、荒い息を繰り返すことしかできない。
「……あー、ごめん。加減が、分からなくて……」
殊勝な言葉。俺が視線を向けると、見下ろしてくる亨さんと目が合った。少し笑ってくれたけど、それよりも獰猛さが強い。まるで今にも食われそう。悪いなんて、本当は思っていない。俺をめちゃくちゃにして、喜んでいる。
本能が警告を鳴らしている。なのに、俺は嬉しくて。亨さんに背を向けて、腰を上げてしまう。四つん這いのまま、後ろを振り返って言う。
「亨、さん……。挿れて……? 俺を、もっとめちゃくちゃにして」
精一杯媚びた声で言いながら、ケツの穴を広げて見せる。尻を広げた俺の手を、亨さんがするりと撫でていく。ベッドが軋む。亨さんのガチガチに固い熱が、尻の割れ目に押しつけられて、それだけでゾクゾクしてしまう。
「あー……、ゴム……」
独り言のように呟いて、袋を破る音がする。中出ししたいって言ってたのに、ゴムはつけてくれるのか。そんな当たり前のことにもキュンとして、俺は本格的に馬鹿になってしまったのかもしれない。
「サキくん……」
亨さんの切っ先が、穴にぐっと押しつけられた。期待と、興奮と、恐怖と、歓喜と。入り乱れた感情に、とどめを指すような亨さんの声がした。
「俺、もうサキくんなしじゃだめかも」
ぐぷ、と肉が引っ張られる。押し広げられる圧力が指の比じゃない。
「あ、……ぁっ」
みちみちと肉を広げていく、凶暴な熱の塊。内臓が、震えるほどに喜んでいる。
「は……っ、ぁ……っ」
ゆっくり、押し込まれる。焦れったい。ひと思いに突いて欲しい。俺の腰が、迎え入れようと動くのを、亨さんの手が掴んで止めた。
「こら。だめだよ。じっとして」
「ん……っ」
奥に向かって入ってくる。背中側をゴリゴリ擦る強さに震える。最後の最後、あと少しというところで、亨さんは強く奥を突いた。
「おっ……っ!」
「入った、ね」
奥をぐりぐりしながら、亨さんが言った。亨さんと深く繋がっている。その事実だけで、イってしまいそう。
「動いても大丈夫?」
「は、い」
頷くと同時、ゆっくりと亨さんが動き出した。ずるずる、内側を擦って抜けていく感触で背中が痺れる。気持ちいい。崩れ落ちそうな体を叱咤して耐えていると、またゆっくり中を広げていく。律動は繰り返されるたびにスピードを上げて、そのうち、リズミカルに奥を突き上げる動きに変わった。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
突かれるたび声が出てしまう。気持ちいい。気持ちいい。
「サキくん……っ、サキくん、っ、気持ち、いい……っ」
「俺、も……っ。亨さん、気持ちいい……っ」
ずんずん、快感が溜まっていく。気持ちいいことしか分からないまま、溜まった快感は絶頂の形で弾け飛んだ。
「は……っ、ぁ……ぁっ!」
ぶるぶる体が震えて、全身が蕩けたような快感に浸る。脳天まで痺れが続いて、息ができない。ぴんと張り詰めたちんこからは何も出ないのに、俺は深い絶頂で崩れ落ちた。そんな俺を見下ろしながら、亨さんは動きを止めない。
「ごめん……っ、ごめんね、サキくん……っ、止まんない……っ」
「あ、っ……あっ、あっ……!」
俺の腰を持ち上げて、亨さんが何度も何度も打ちつける。突っ伏した俺の体は敏感で、与えられる刺激にすぐ反応してしまった。ぼたぼた、射精が続く。布団に精液溜まりを作っていく。こんな、激しいセックス知らない。なんでこんなに、気持ちいいんだろう。
「うっ……っ、出る……っ!」
のしかかるようにして腰を叩きつけた亨さんが、俺の中で体を震わせた。亨さんも長いオーガズムを感じているようで、体をビクつかせながら絞り出すように腰を押しつけてくる。ようやく止まった動きに、二人して布団に倒れ込んだ。
重なった亨さんの体重が心地良い。俺の背中に熱い息を吐いている亨さんが愛しい。手を伸ばして、投げ出された手を握った。緩く握り返してくれることが嬉しい。好きだ。亨さんが、好きだ。
「亨さん……」
「ん……ごめん。重いよね」
体を離していく亨さんを、引き止めるように手を引っ張った。行かないでほしい。
「サキくん?」
「俺、亨さんのことが好きです」
人は強欲で、際限を知らない。満たされたはずなのに、すぐ次を求めてしまう。側にいて欲しい。
「セフレでもいいから、俺のこと、考えてもらえませんか」
亨さんは、俺を見て少し黙った。沈黙が怖い。俺が答えを待っていると、亨さんの視線が、右を向いて、左を向いて、また右を見た。なに? 安全確認?
「え〜と、ね?」
亨さんが声を出す。どうやら言葉を選んでいたらしい。考えながら、ゆっくり喋っている。
「俺、結構乱暴だったと思うんだよね。がっついた自覚あるよ。まずは、そこについて、ごめん」
頭を下げられた。背中に、さらりと亨さんの髪が触れる。それはすぐに離れていったけど、亨さんの視線は俺に向いたままだった。
「さっきすごく気持ちよくて、途中で頭が馬鹿になったなって思ったんだよね」
同じことを考えていた。そう言おうかと思ったけれど、話が続いているようだったから黙っていた。
「こんな気持ちいいこと教えられて、一回で終わりですとか言われたら、それこそ俺、切れてたよ」
ふう、と俺の背中に息を吐いて、亨さんはまた話しだす。
「してる途中でも言ったけど、俺だってサキくんのこと、もう手放せない。この一ヶ月、君のことばかり考えてた。風俗初回でキャストにハマって、チョロすぎて馬鹿だって思ったよ。君に会いたいのに、客の立場じゃいやだなんて思って、二回目の予約も取れなかった。しかも君は男で……初めて同性のこと気になったから混乱もしたし」
俺の背中に、亨さんの頭がごつん、と当たった。
「でも君のことが頭を離れなかった。会いたかった。声が聞きたかった。あのホテルのそばを通ったのも、君に会えないか期待してたからだよ。会えて良かった。俺のこと覚えててくれて嬉しかった。君のこと独り占めしたい。……認める。俺もサキくんのことが好きだ」
俺の背中にそう吐き出して、亨さんは繋いだ手を強く握った。
「ねぇ。サキくん。俺の恋人になって。セフレなんて嫌だ」
「……俺も、恋人がいい」
「うん」
亨さんは、俺の背中に頭をぐりぐり押しつけた。世界は、何があるか分からない。こんな幸福だって、起こってしまう。
「俺、結構めんどくさいかもしれない。サキくんに触るのは俺だけがいい。他の人がサキくんの体見るのも嫌だ。風俗の仕事、辞めてほしい。俺結構貯金あるから、金なら俺の使って」
「え」
「一緒に住みたい。えっちなこともいっぱいしたい。デートもしたいし、旅行も行きたい。ずっと一緒がいい。仕事行きたくない」
「ええ……」
最後のはなんか違わないか? 亨さんが我儘を言うのを聞きながら、俺はのそりと体を動かした。亨さんの方に体を向けて、顔を見る。目が合うと、亨さんは子どもみたいに口を尖らせた。
「俺も、亨さんとしたいこと、いっぱいあります。でもまずは、俺にキスして、亨さ」
言い終わる前に塞がれた口は、長いキスでしばらく喋れなかった。
こうして俺たちは付き合うことになった。物語の結末はいつだってハッピーエンドがお決まりだ。だから、俺たちはずっとずっと、幸せに暮らすことになる。何があっても、きっと。ずっと。
*** ***
攻め
岩木亨(いわきとおる)
29歳。サラリーマン。ノンケだった。たぶんバイ。
真面目に働いている。趣味は特にない。マジでお金を使ってこなかったから貯金が1千万円超えている。
初風俗(ゲイ向け)を利用して、まんまとキャストのサキくんにハマった。チョロい。
童貞(卒業しました!)だけど、ちんこはでかくて優秀。
体力はないので、サキくんがもっとしたいな〜って甘えてくるのがちょっとプレッシャー。
でもエッチなことは好きなので頑張る。なんとかする。
受け
神瀬咲矢(かみせさきや)
21歳。大学生。ゲイ。ネコ。
手っ取り早く学費と生活費を稼ぐためにゲイ向け風俗で働いている。
好みの亨さんが優しかったり初心だったりしてうっかり恋しちゃったんだ。
亨さんはちんこがでかいのもポイント高い。
付き合ってからは風俗をやめて普通のバイトを頑張っている。この間、亨さんにペアリング買ってもらった。めちゃくちゃ嬉しくて毎日つけている。
亨さんが気に入ってくれた下半身のお手入れが日課。
今日も亨さんを誘惑してえっちになだれ込みたい。
がんばる。
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