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【4.真木先生】
朝、目が覚めると俺はベッドではなく、ソファで寝ていた。
昨日は教科書を読みながら寝てしまったみたい。
教科書はテーブルに置かれ、俺には毛布が掛けられていた。
毛布を畳み、教科書をしまってから制服に着替える。
支度を終えて洗面所から戻る頃、ようやく先輩がのそりと体を起こした。
「おはようございます」
「あぁ……おはよ……」
声がかすれている。まだ完全には起ききってないらしい。
「昨日はすみません、ソファで寝ちゃってました…。毛布、ありがとうございました」
「……いや、いい。起こそうかとも思ったけど、気持ちよさそうに寝てたから」
んぐぐっと伸びをした先輩は気だるそうに準備を始めた。
俺が準備を終えると、タイミングを測ったように玄関がノックされる。
「ゆきちゃーん!迎えに来たよ~!」
⋯⋯この声で目が覚める人、結構いるんじゃないかな。
なんて思いながら、俺は軽く笑って靴を履く。
「行ってきます!」
玄関を出ると、いつものように陸が待っていた。
「おはよ、よく眠れた?」
「うん。歩き疲れたのかソファで寝ちゃった」
「風邪引くなよ?」
デコに手を当てられ熱を確認すると、そのままわしゃわしゃと髪を掻き回される。
陸にやり返していると、通りかかった何人かの生徒に笑われる。見られてたのが恥ずかしくて早足で校舎へ向かった。
***
教室に入ると、まだ全員は揃っていなかった。
それでも、少しずつ席が埋まり、ざわざわとした朝の空気が広がっていく。
今日から授業が始まる。
初日はどの教科もだいたい先生の自己紹介と、年間の流れの説明が中心だった。
4時間目は現代国語。
担当は、今朝ホームルームで話していた担任の真木先生だ。
話し方もうまく、顔も整っていて、たぶんめちゃくちゃモテる。
「改めて、今日から現国の授業を担当する、真木です。担任だからって甘くないからな?赤点のやつはたっぷり課題出てやるよ」
冗談っぽく笑うその声に、クラスの何人かが「マキちゃんやめてー」と茶化すように返す。
陸なんかは顔を青くしている。
あっという間にクラスの空気に溶け込んでいく先生。
ぼーっと聞いていたら、不意に視線を感じた。
前を向くと、真木先生と目が合う。
微笑んでくる。一旦逸らしても……また合う。
……また、微笑んでくる。
……あー…俺この人苦手かも…。
ずっと見られているのが落ち着かなくて、俯いて机に肘をつき、そっと視線をそらした。
それでも授業は続いていて、先生の声がすぐ近くから聞こえてくる。
「……じゃあ、次は……小鳥遊くん」
びくっとして顔を上げると、先生が教科書を手にこちらを見ていた。
「次の段落、読んでもらってもいいかな?」
机に伏せていたけれど授業はちゃんと聞いていた。
「──~~、~~~~~~~。」
段落の終わりまで来ると、先生がふっと笑った。
気付けばすぐ目の前にいて、机に手をかけて寄りかかっている。
「小鳥ちゃん、読むの上手だね。抑揚があって聞きやすいし。……もう少し、読んでもらえる?」
結局最後まで読まされた。別に読むのは嫌ではない。
ただ、変なあだ名を付けてくるし、読んでる間も真木先生がずっとこっちを見てくる。
目が合うたびに笑われるようで、それだけがどうしても不快だった。
***
「ゆきちゃん、なんだか気に入られてたね?……ああいうタイプの先生、苦手でしょ?」
休み時間になり、隣に座った陸が聞いてくる。
「……わかる?めっちゃ苦手……」
机に突っ伏して呟くと、陸がくすくす笑いながら俺の頭をわしゃっと撫でてくる。
「ずっと見てくるし、なんか内情探られてるみたいな気分になるんだよな…」
「あんま深く考えんなよ、小鳥ちゃん」
「お前までそんな呼び方すんのかよ…だるい…」
なんて話してるとクラスメイトが数人寄ってきた。
「日向と小鳥遊って仲良いよな、どういう付き合いなの?」
「んー?簡単に言えば腐れ縁?」
「ゆきちゃんひどい!俺はゆきちゃんに全部捧げていいほど想ってるのに!!」
泣き真似をする陸を見て笑う。
「幼馴染だよ。親も仲が良くてさ…。もうずーっと一緒」
ふざけてる陸を見ているとさっきまでの不快感も無くなっていく。
「へぇ、…お前ら初日からちょっと噂になってるんだぜ?膝枕してたって目撃証言もあるし、もしかしたら付き合ってるんじゃないかって…。」
「それはないな」
「ゆきちゃん即答しなくて良くない?!」
俺らのやり取りにその場が和む。
自然と会話の中心にいる俺。
「ゆきちゃんってさ、なんか構いたくなるんだよね」
「わかるわー!なんかこう、猫っぽい可愛さある」
「日向の呼ぶ“ゆきちゃん”ってのいいな!俺らも呼んでいい?」
別に呼び名に関してはなんでもいいと思ってるから頷く。
陸は少し不服そうな顔をしたあとすぐ元に戻った。
「マキちゃん先生にすげー気に入られてたよな。ずっとゆきちゃんのこと見てなかった?」
「見てた見てた!ゆきちゃんもしかして勉強出来ないとか?それで目、付けられてるんじゃね?」
……なんと失礼な。
俺は陸みたいに赤点とか取ったことないし…。
ムッとしていると陸が俺の頭を撫でてくる。
「ゆきちゃん怒んないの。
勉強でわかんない事あったらゆきちゃんに聞くといいよ?こいつ昔から頭もいいし、運動もできるし…顔もいいし⋯⋯あれ?なんかムカついてきたな?」
「勝手にイライラすんなよ。でも力になれるならいつでも聞いていいよ?俺も分かるとこなら教えられるし!」
理不尽な怒りをぶつけてくる陸に呆れつつも、そのおかげで周りとの距離が縮まっていく。
俺が馴染めるように、さり気なくサポートしてくれる。
それは昔から変わらなくて、一緒にいてよかった、なんて思う。
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