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第8話 買い物 ②

 翌日サイモンは約束通りミカを馬に乗せて、丘の上に行った。  僕も一緒に行かないかと誘われたけれど、微熱が出ていたので自室でゆっくりすることにした。  これが流行病だったらどうしよう。  体が弱いミカにうつしてしまったらどうしよう……。  昨日、帰った時にすぐ父様や母様に流行病の話はしたから、ミカが僕の部屋に来ることはないだろう。  もし流行病だったとしても、僕は体が強いからきっと大丈夫。  でも、もし……。  僕……死んじゃうのかな……?  死ぬことは怖いけれど、今はそれが自分ごとではないようにも思えてくる。  それより体が弱いミカがうつってないか心配。  今朝は元気そうだったけど、大丈夫かな?  そんなことを考えながら、うとうとしていると、コンコンコンとドアをノックする音がする。 「誰?」 「サイモンだよ。入っていい?」  優しいサイモンの声がした。 「ダメ」  僕はサイモンの申し出を断った。  本当はサイモンが帰ってしまう前に、ひとめ会いたかったけれど、もし僕が流行病だったら大変だ。 「どうして?」 「どうしてって、うつしてしまうかもしれないじゃない」 「俺は体力あるから、大丈夫」 「そんなのわからないじゃないか」 「わかるよ」 「わかんない!」 「レオ……。ここを出る前に、少しでも会いたいんだ。お願いだレオ。ここを開けてくれ……」  切そうなサイモンの声に、心が揺らぐ。  それでも会うことはできない。 「サイモン。これが最後じゃないじゃない。僕が元気になって、次会うのはミカとサイモンの結婚式がいい。さよならサイモン、気をつけて帰ってね」  そう言うと、サイモンは何度か僕の名前を呼びながらドアを叩いたが、最後には僕の世話をしていた侍女に促され、僕の部屋の前からいなくなった。  これでいい。これでいいんだ。  夕方、医師がやってきて診察してもらったけれど、今の段階ではまだ流行病なのか、普通の風邪なのかわからないとのことだった。  ミカの体調が悪くなった時は、父様と母様、2人とも付き添ってくださっていたのに、僕の時はどちらも来てくださらない。  流行病かもしれないから仕方のないことなのかもしれないけれど、それでもやっぱり寂しい。  僕たちが小さい頃より世話をしてくれている侍女が1人、僕に付き添ってくれているだけで他の誰も来てくれない。  食欲がなくなってきても、気分が悪くなってきても、熱が上がりはじめても、僕は1人。  ベッドで気休め程度の解熱剤を飲んで寝ているだけ。  僕は本当にこのまま死んじゃうの?  1人で死んじゃうの?  怖い。寂しい。  誰かそばにいてほしい……。  それとなく侍女に父様と母様に会いたいと伝えてもらったけれど、父様たちは「ミカエルにうつしてしまったら大変だから」と、来てはくださらなかった。  僕はどこまでも孤独だ。  やっぱり最後にサイモンに会っておけばよかった。そうすれば心残りはなかったのに……。  次の日も、その次の日も、だれも見舞いに来てはくれなかった。  体調は悪くなり続け、徐々に僕の体力を奪っていく。  本当に僕は死ぬんだ。  そう確信したのはサイモンが帰ってしまって3日目だった。  その日の夜もすっかり深くなり、邸宅の中の人々が寝静まった深夜2時過ぎ。  ガチャリとドアのぶが動く音がして、目が覚めた。 「……誰?」  不審者かもしれない。  恐る恐る問うと、 「僕だよ、ミカエルだよ」  ヒソヒソ話をするように、ミカは小さな声で答える。 「え?ミカ?本当にミカなの?」  僕は慌てて起き上がると、えへへとミカは勝手に僕の部屋に入ってくる。 「ダメだよミカ!僕今、風邪をひいているんだよ」  ミカを追い出そうと、ベッドから立ちあがろうとしたが、目の前がぐらりと歪み立ち上がれない。 「レオ、無理したらダメ。寝てないと」  いつもは僕がミカにするように、今日はミカが僕をベッドに寝かせる。 「体調はどう?」  ミカは僕の額に掌当てる。  ミカの手は冷たくて心地いい。  そっと目を閉じると、 「わぁ!熱高いじゃない!ちょっと待ってて」  そう言いながら、ミカは持ってきた銀色のお盆の上にあるティーポットからカップにお茶を注ぐ。 「これは?」 「これはいつもレオが僕のために淹れてくれるお茶だよ。僕いつもこのお茶を飲んだら体が軽くなるから、きっとレオにも効くと思って」  ミカはいつも僕がするように、お茶にフーフーと息を吹きかけ少し冷ましてから、手渡してくれた。  ミカが淹れてくれたお茶を一口飲む。  本当は咳に効くお茶で、咳の出てい僕にはお茶の効果なんて出ないはずなのに、気持ち悪さも熱も一瞬で無くなったかのように、体が軽い。 「本当だ!とっても楽になった!ありがとうミカ」  本当は大好きなミカを抱きしめたかったけど、流行病かもしれない病気をうつしてしまうかもと、やめておいたのに 「よかった~」  とミカが僕に抱きついてくる。 「ダメだよミカ!風邪がうつっちゃう」 「大丈夫。僕は無敵なんだ」  ニカっと笑いながら、がっつポーズを作ったミカは元気そのものに見える。  良かった。ミカは流行病にかからなかったんだ。  心配事がなくなって、ほっとする。 「ねぇ、レオはサイモンのことが好きなんでしょ?」 「え?」  急に聞かれて、咄嗟に何も答えられない。 「見てたらわかるよ」  どうしよう。サイモンのことを好きなのが、ミカに気づかれている。  上手く隠せていると思っていたのに……。  なにか言わないと。  なにか言わないと! 「サ、サイモンのことは好きだとかじゃなくて、僕の中で憧れのお兄さんなんだ」  サイモンのことを好きだと思うたび、自分自身に暗示をかけるよう何度も繰り返し思ってきたこと。  それをそのまま言った。 「あのね、僕も今まで憧れの好きと、一緒にいたい好きとの違いがわからなかったんだけどね、一緒にいたいと思う好きな人がいる今の僕なら、違いがわかる。レオの好きは一緒にいたい好きだよ」 「そんなわけないよ。それにサイモンはミカが大好きなんだ。いつもミカのこと気にかけてるよ」  ミカとサイモンが楽しそうに一緒に歩く姿を思い出してしまって、胸がチクチクする。 「サイモンにとって僕は弟みたいなもんだから。でもレオはサイモンにとって特別な人だと思うよ。ずっと2人を側で見てきている僕には、わかるんだ」 「……」 「僕がレオより少し早く生まれていたり、僕がもっと元気だったら僕が次期城主になって、レオはサイモンと結ばれたのに……」 「……」 「レオは頑張りすぎたり、我慢しすぎちゃったりするところがあるけど、もっとみんなに甘えていいんだよ。したいことはしたいって。嫌なことは嫌だって言っていいんだよ。どんな障害があっても、好きな人に好きだって言っていいんだよ」 「ミカ?急にどうしたの?」  今のミカは少し変だ。 「もう少ししたら僕は遠くに行っちゃうけど、僕はずっとレオのことを見ているからね。目には見えなくても、僕はずっとレオのそばにいる。ずっと一緒にいて、レオの幸せを見守ってるからね」 「ミカ? それどういう意味?」  なんだかミカの話し方に違和感を感じて聞き返したけれど、ミカはいつものように微笑むだけ。 「大好きだよレオ。僕、レオと兄弟で、レオが僕のお兄ちゃんで本当によかった」 「僕も。僕もミカと兄弟で、ミカが僕の弟で本当によかった。大好きだよミカ」  僕がそういうと、ミカはもう一度僕を抱きしめる力を強めて、「おやすみなさい」と僕の部屋を出て行った。 「おやすみなさい、ミカ」  去って行くミカの背中に、僕はそう言った。  その時の僕は知らなかった。  おやすみと見送ったのが、ミカの最後の姿となってしまったなんて……。

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