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第2話

「実家に帰ってきたけど、やっぱり落ち着くな~」  オレは久しぶりに見る実家の庭を眺めながら、深呼吸した。グランツ家の屋敷は、王都の貴族たちの豪華な邸宅と比べたら、かなり質素な方だ。石造りの壁は所々苔むしていて、庭の手入れも行き届いているとは言えない。でも、そこがオレは好きだった。  人の手が入りすぎていない自然の雰囲気。それがグランツ家らしさだ。 「下級貴族にふさわしい、地味な屋敷だよな」  オレは笑いながら呟いた。二階建ての石造りの家は、平民の家よりは大きいけど、貴族の邸宅としては小さい方だ。でも、代々騎士を輩出してきた我が家にとっては、十分すぎるほどだった。  ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。  オレはセリル・グランツ。22歳。つい最近まで王宮近衛騎士団に所属していた。下級貴族の家に生まれたオレは、幼い頃から騎士になるために剣を振るってきた。それなりに腕は立つ方で、第三王子レオンハルト殿下の部隊では一目置かれる存在だ。  (まあ、正確には『だった』だけどな……)  そうだ。オレはもう騎士じゃない。なんでって? 簡単な話さ。オレがオメガになっちまったからだ。ベータだと思っていた第二性が、東の国境での戦いで受けた毒のせいで変わってしまった。オメガが騎士になれないなんてばかげた法律だと思うけど、規則は規則だ。  あ、それとレオン殿下のことを少し説明しておくと、オレとあいつは騎士見習い時代からの付き合いだ。性格は正反対で、オレが自由奔放なのに対して、あいつは几帳面で完璧主義。だからまあ昔からよく意見が衝突して、付き合いは長いがお世辞にも仲がいいとはいえない。まあ、腐れ縁みたいな関係だな。  でも、そんな彼との関係ももうおしまいだ。これからのオレは、今までとは違い『地方貴族のオメガの息子』としての人生を歩まなきゃならないんだから。 「セリル! ちょっとあんた、こっち来なさいよ!」  家の中から母の声が響いた。うわ、また始まるぞ。オレはつい肩を落とした。 「はいはい、今行きます~」  オレは気だるげに返事をして、家の中へと向かった。  居間に入ると、両親が熱心に何かの書類を見ていた。母親のアイリスは、元貴族の令嬢で、今でも気品があるとよく言われる。ただし性格は……まあ、強烈だ。父親のガレスは穏やかな性格で、かつては優秀な騎士だったが、今は隠退して領地の管理に専念している。 「なに? また見合い話?」  オレは面倒くさそうに尋ねた。両親はオレがオメガになったことに最初はショックを受けていたけど、今では完全に立ち直っていて、むしろ積極的に縁談を探している。特に母親は。 「そうよ、今度のはすごいわよ! 中級貴族のホーンブルック家からお話があったの!」  母は目を輝かせながら言った。オレは溜息をついた。 「ほら、この人の資料見てごらん。34歳のアルファで、領地も広いし、とても裕福よ!」 「だからぁ、オレはそういうの興味ないって……」 「何言ってるの! オメガになったからには、玉の輿を狙いなさい!」 「はいはい」  オレは適当に返事をして、資料に目を通した振りをする。でも、心の中では「早く逃げ出したい」としか思っていなかった。 「か、母さん、ちょっと訓練してくるわ。体がなまっちゃうから」 「あら、まだ訓練する気? もうあなた、騎士じゃないのよ?」  母の言葉がチクリと胸に刺さる。でも、オレは笑顔を崩さなかった。 「まあ、習慣だから。じゃ!」  そう言って、オレは急いで庭に飛び出した。やれやれ、母親の圧がハンパない。  庭に出ると、オレは剣を抜いて素振りを始めた。体が覚えている動きを繰り返していると、少し心が落ち着いてくる。でも、同時に空しさも込み上げてきた。 「……もう剣の修行しても意味ないんだよな」  オレは呟いて、一瞬動きを止めた。生まれてこの方、騎士として生きることしか考えてこなかったのに。その道は今、完全に閉ざされてしまっている。 「兄さん!」  振り返ると、弟のアーサーが走ってきた。19歳の彼は、オレとは違って体格に恵まれていない。でも、頭の回転は速くて、領地経営の才能がある。家督を継ぐには申し分ない人材だ。 「よう、アーサー」 「訓練してるんですか? 僕も混ぜてください」  アーサーの目は真剣だった。オレは少し驚いた。彼はあまり剣の訓練に興味を示さなかったはずだが。 「いいけど……どうした? 急に」 「兄さんみたいな騎士になりたいんです。僕には無理だって分かってますけど……でも、少しでも近づきたいんです」  アーサーの言葉に、オレは目を細めた。こいつ、オレのことをそんなに慕ってくれていたのか。 「よし、じゃあ基本から教えるぞ」  オレはアーサーに稽古用の木剣を渡した。彼の動きは不器用だったけど、一生懸命だった。素振りを繰り返すうちに、ふと違和感を覚えた。 「……なんだ?」  アーサーの周りの空気が、わずかに揺れている。風もないのに、彼の剣を振る動きに合わせて、空気が流れているように見える。錯覚かな? 「兄さん? どうかしました?」 「いや、なんでもない。もう少し腕の角度を高くしてみろ」  オレは首を振って、違和感を払拭した。気のせいだろう。  訓練を続けること約一時間。汗だくになったところで、母親の叫び声が聞こえてきた。 「セリル! アーサー! すぐに来なさい! 大変なのよ!」  またかよ……。オレとアーサーは顔を見合わせて苦笑した。 「行きましょう、兄さん」 「ああ」  二人が居間に戻ると、母親は興奮した様子で立っていた。手には正式な封蝋付きの書状。王家の紋章が光っている。 「大変よ、セリル! とんでもないところからあなたを嫁に引き入れたいって話が来たわ!」 「は? とんでもないところって……」  オレは首を傾げた。母親の顔は喜びで輝いていた。それを見て、オレは不安を覚えた。とんでもない話って、いったい何だ……?

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