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第30話

 あれから怒涛のような日々が過ぎ去った。  カイル殿下はあの後、追い詰められてついに自室に隠してある解毒薬を取りに行くよう、自分の側近に指示を出した。その後の展開は早かった。  解毒薬は確かに彼の部屋の金庫から見つかった。でも問題は、そこに隠されていたのはその解毒薬だけじゃなかったことだ。そこには一緒に、隣国ソルデーリア帝国と密約を交わした証拠の書類の数々も隠されていた。  書類の内容は想像以上にヤバいものだった。  要約すると、カイル殿下は隣国から軍事的・財政的支援を受け、その代わりに王位を継いだ暁には「連邦制」なんて名目で、実質的に隣国の傀儡になることを約束していた。つまり、完全な売国行為だ。  東の砦で起きた一連の出来事も、この計画の一部だったことが次々と明らかになっていった。砦の責任者だったヴァレン・キルシュタインも、カイル殿下の命令で内通者として動いていたらしい。  しかも、それだけじゃなかった。一年前の東の砦での襲撃事件。オレが毒矢を受けた事件も、全てはカイル殿下が隣国と共謀して仕組んだ暗殺計画だったと分かった。標的はレオン殿下で、オレはその身代わりになっていたわけだ。  結果的には、カイル殿下は売国の重罪人として捕らえられ、今は王宮の地下牢に幽閉されている。もちろん、東の砦で起きた事件についても今さらながら詳しく調査が行われることになった。  そして砦陥落の責任を問われていたレオン殿下の罪は完全に晴れ、謹慎も即日解除。軍事指揮権も返還された。  そしてオレはというと── 「はぁ!」  オレは大きく息を吐きながら斧を振り下ろした。バキッという気持ちいい音とともに、目の前の薪が真っ二つに割れる。 「よっし! 次いくぞ!」  額に浮かんだ汗を拭いながら、次の薪に向かう。オレは今、グランツ家の屋敷の庭で薪割りをしていた。  屋敷の裏庭は、今日も穏やかな陽射しに包まれていた。木々のざわめきと小鳥のさえずりが聞こえてくる穏やかな空間。こうして昔ながらの肉体労働をしていると、宮殿暮らしが嘘のように思える。  庭の向こうからは、母さんが洗濯物を干す姿が見えた。季節は初夏。青々とした林と澄んだ空気が、この辺境の地の魅力を引き立てている。改めて、生まれ育った環境って、やっぱり落ち着くもんだな。 「また斧を振るっているんですか、兄さん」  背後から声がかかった。振り返ると、弟のアーサーが立っていた。彼は少し呆れたような表情でオレを見ている。 「よう、アーサー」  オレは明るく手を振ると、薪割りを中断して斧をその場に下ろした。 「兄さん、そんな仕事しなくていいんですよ。兄さんは一時的に帰ってきているだけでしょう? そのうちレオンハルト殿下の迎えが来る身分なんですから」  アーサーの心配そうな表情を見て、オレは思わず笑ってしまう。心配してくれるのは嬉しいけど、困ったことに、オレの現在の立場って微妙なんだよね。  王宮での一件から三ヶ月。カイル殿下のせいで王宮はめちゃくちゃになり、オレとレオン殿下の婚約破棄は形式上そのままになっている。レオン殿下と気持ちを確かめ合ったとはいえ、公式には何の関係もない状態だ。  だから今は「事態が落ち着くまで」という名目で実家に戻ってきて、こうして過ごしているというわけだ。 「何もせずにタダ飯食らいなんて肩身が狭いから、家事ぐらい手伝わせてくれよ。じゃないとオレ、王子様の訪れを待ち続ける深窓のご令嬢みたいになっちゃうだろ」 「深窓の令嬢は朝からそんな大量の薪割りなんてしませんよ」  アーサーの返答にオレは思わず笑った。そりゃそうだ。  でも正直、内心ではちょっと不安もある。  レオン殿下は「絶対に迎えに来る」って約束してくれた。手紙だって頻繁によこしてくれている。最近だと、カイル殿下の処遇が決まったことや、東の砦に関する調査の進捗などが書かれていた。事態は確実に動いているのだ。  でも、こうやって彼と離れて暮らしていると、どうしても不安になるんだよな……。いや、レオン殿下はそんな人じゃないって分かってるんだけどさ。 「それにしても、アーサー。お前何しに来たんだ? また剣の稽古か?」  オレが質問すると、アーサーは手に持った練習用の木剣を軽く振った。 「はい。もしよければ、兄さんにまた見てほしくて」 「よし、じゃあやってみるか。ちょっと休憩したいところだったし」  オレは斧を片付け、壁に立てかけてあった自分の木剣を手に取った。  実家に戻ってきてから、オレはアーサーの剣の練習につきあっている。驚いたことに、この三ヶ月でアーサーの腕前はかなり上達した。  弟は昔から体格に恵まれず、華奢な体つきの子だ。そのせいで剣の振りに重みが足りないという弱点があったんだけど、最近はなんだか様子が違う。  特に不思議なのは、彼が剣を振るうと、まるで見えない何かが剣に宿ったかのように、オレでも驚くような風圧が起こること。 「よし、打ち込んでこい!」  オレは構えた。アーサーはしっかりと足を踏ん張り、オレに向かって木剣を振りかざす。その動きは以前よりもずっと洗練されていて、目で追うだけでも彼が普段からよく練習していることが伺える。  もちろん、その一撃は余裕で受け止められる。だが── 「っ!」  奇妙なことに、アーサーの剣から発生したと思われる風圧が、オレの頬を切った。剣自体はオレの木剣にしっかり受け止められているのに、まるで剣とは別の何かがオレを切りつけたような感覚だ。 「兄さん! 大丈夫ですか?」  アーサーが心配そうに駆け寄る。オレは頬に手をやると、少しだけ血がついた。傷自体は浅い。でも、一体何が起きたんだ? 「大丈夫だよ。ちょっと引っかいただけだ。でもお前、すごいな。剣を直接当てたわけじゃないのに……」  アーサーはなぜか困ったような表情をして、口ごもる。 「それは……」  その時、二人の背後から声がかかった。 「おーい! グランツ家のお坊ちゃんたち!」

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