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6.「久々にその名前で呼んでくれたな」

 補習が連日続き、僕は睡眠時間を削って衣装作りに励んだ。  ミシンの規則正しい音を聞くと荒んだ気持ちが落ち着くはずなのに、荒波に飲まれた小舟のようにゆらゆらと揺れてしまう。集中できずに斜めに縫ったり、歪んだりを繰り返している。  僕は手を止めて衣装を見下ろした。  河野さんのスタイルが引き立つようにグレーのベストはクロップド丈にしている。それに加え鳩尾当たりをぎゅっと絞っているので上半身に重点を置き、足の長さを強調できる。  きっと河野さんのロミオは美しいだろう。  その一旦を担っている責任感と河野さんへの嫉妬がぐるぐると僕の体内を駆け巡る。  苦しくて出口を求めているのに僕はどうすればこの気持ちが救われるのかわからない。わからないからやらなければならないことをして、頭をからっぽにさせる。でも糸が切れたように現実に引き戻され、やり直すことを繰り返していた。  アラームが鳴り、僕は窓の外を見た。  「もう朝か……」  外は鈍色の空模様でいまにでも雨が降り出しそうだ。僕の気持ちと連動しているようで気分が余計に下がる。  僕はミシンの電源を落とし、机に向かった。  今週末に補修の再テストがある。そこで合格点を取らなければ今学期の単位はもらえない。つまりは留年を意味する。  頭に数式をたたみこもうとしてもポロポロとこぼれ落ちた。どうしても憶えられずノートに書き出しても寝不足のせいでミミズみたいな字になってしまう。  僕は一度気持ちを切り替えるため、シャープペンを置いて背筋を伸ばした。ばきばきと背骨が鳴ると身体はすっきりする。  でもどうしても気持ちまでは晴れない。  三谷と河野さんは誰が見てもお似合いカップルだ。山内くんたちや河野さんの友人たちも思っているから、二人をくっつけようと暗躍しているのだろう。  満更でもなさそうな三谷の笑顔に雑巾を絞ったようにぎゅうと胸が苦しくなる。そりゃそうだ。  年頃の男子ならば女子と付き合ってあれこれ楽しみたい。それにいまは高二。来年になれば受験勉強で恋愛なんて二の次だろう。  夏休みという魅惑的な行事も手伝って、二人が付き合うのは時間の問題のはずだ。  (逃げたくせにまだ未練がましい)  もう吹っ切ろうとしても再び芽生えた「好き」という気持ちは日々膨れ上がる。ぱちんと布を裁断するようにきれいさっぱり立ち切れたらいいのに。  ぼんやりしているともう登校する時間だ。慌てて制服に着替え、一階に降りるとフレンチトーストのいい匂いが鼻孔を掠める。  「おはよう、ひーくん。朝食食べるでしょ?」  「……いらない。もう行かないと」  「ご飯を食べないと力が出ないわよ」  母さんの小言にうんとだけ頷いた。  とてもじゃないが食べれそうもない。胃は空っぽなのに空腹を訴える器官が寝不足で起きていないのだろう。  「じゃあお弁当に詰めてあげるから。休み時間にでも食べなさい」  「ありがとう」  弁当箱を渡され、僕は学校へと向かった。  さっきよりも雲の位置が低い。この分じゃ午後から雨が降るだろう。  生ぬるい風がいつもより水気を多く含んで、肺の中を重苦しい空気で満たされて気持ち悪い。  補修が始まり、数学教師の声がお経のように聞こえた。なにを言っているのか意味を理解できない。  ぼんやりと靄がかったままの頭では座っているだけでやっとだ。  休み時間のチャイムが鳴るとぞろぞろと教室を出て行く生徒が多い。その流れを逆流する河野さんが鮭の遡上のように見えた。相変わらず生命力で溢れている。  「やっほー! 翡翠っち」  「河野さん、どうしたの?」  「そろそろ衣装できるかなっと思って。今日集まる日でしょ?」  言われて初めて今日が文化祭の準備の日だったということを思い出した。  「……ごめん、まだできてなくて」  「いーよいーよ。補修、毎日大変だもんね」  にっこりとモーヴピンクのリップをつけた唇が弧を描く。計算されつくした毛束感のある睫毛やピンクのアイシャドウが河野さんの白い肌によく映える。彼女の魅力を底上げしていた。  「セリフも全然憶えられなくてヤバイよ」  「長いし難しそうだよね」  「そうなんだよ。でも頑張りたいな」  瞳を輝かせる河野さんはやる気に満ち溢れていた。でも彼女たち主演組とは裏腹に裏方組はどこまで進んでいるのだろうか。  大道具や小道具がどこまで進んでいるのか僕にはさっぱりわからない。  主演組が教室を使うので、大道具を作るのは別の場所でとなっていたがどこに決まったっけ。野元さんなら知っているだろうか。でも僕は誰の連絡先も知らない。あぁダメだ。頭がグラグラする。  「てか翡翠っち、顔色悪いよ。大丈夫?」  「……ちょっと疲れてるだけ」  「そう? 無理しないでね」  まりりん、と山内くんたちに呼ばれて河野さんは「じゃあね」と前の方に移動した。  (僕も授業が始まるまでトイレに行こう)  補修はあと二時間ある。しっかり授業を受けて、午後は準備に参加しないと。  立ち上がると僕の視界は電源を落としたテレビのように突然真っ暗になった。  やばい、と思ったと同時にがんと固いものが頭に当たる。  誰かの悲鳴を最後に僕の意識はそこで途絶えた。  懐かしい夢を見た。  僕は自分の部屋でくまのぬいぐるみを作っていた。たまたま観たアニメで女の子が好きな男の子のために作り、告白をしたのだ。そのときのテディベアの可愛さに心射貫かれた。 耳が大きくて目がどんぐりみたいにキラキラしている。これは絶対に作らねば、と闘志に燃えたのだ。  一度ハマると同じものばかり作ってしまう僕の部屋にはたくさんのテディベアで溢れていた。  外で身体を動かす方が好きなくせに三谷と遊ぶときは僕のやりたいことを優先させてくれた。彼からしてみれば退屈だっただろう。  でも僕は三谷と話しながら針を縫う時間はとても楽しい。  ポテトチップスを頬張りながら三谷は大きな目をくりっとさせた。  『翡翠って宝石の名前なんでしょ』  『そうだよ。真珠姉ちゃん、紅玉姉ちゃんも同じ』  『なんで宝石の名前なの?』  『どんなことがあっても宝石は輝き続けるからってお父さんが名付けてくれたんだ』  暗い夜道でも宝石は光り輝く。時には人を照らし、時には人を導き、時には人を慰める宝石のような人に育って欲しいかららしい。  たくさんの想いが込められているから僕は自分の名前が結構気に入っている。  そう説明すると幼い三谷は目を輝かせた。  『カッコいいな!』  子どもらしい単純な誉め言葉だ。でもそのストレートな物言いが嘘ではないとわかる。  『那生の名前の由来は?』  『俺はまっすぐ素直に生きろって意味らしい』  『那生らしいね。はい、できた。あげる』  僕は完成したテディベアを三谷に渡した。  『わぁ~可愛い。これなに持ってるの?』  『那生の誕生日石のイエローダイヤモンドに似たビジューだよ。誕生日プレゼント』  『嬉しい! ありがとう!』  ぬいぐるみなんて興味ないのに三谷は笑ってくれた。  腹の底にしみるような悦びは僕に創作意欲を膨らませてくれたのだ。  「……那生」  「久々にその名前で呼んでくれたな」  目を覚ますと幼い姿ではなく、立派な青年に成長した三谷が僕の顔を覗き込んでいた。  時間の感覚がわからなくなり、僕は頭をフル回転させようとしたが錆びた歯車のようにうまく動かない。  「え、あの……」  「ここは保健室。翡翠が教室で倒れたって聞いたからすっ飛んできた」  三谷の説明を聞き、段々と状況を思い出してきた。  休み時間にトイレに行こうとしたら倒れたのだ。どこかにぶつけたのか額がヒリヒリと痛む。  「先生が寝不足だって言ってたよ。衣装づくり大変だった?」  「そうじゃないけど」  「もしかして補修の方?」  三谷と河野さんのことが気になってしまったんだと素直に言えるはずもなく、僕は頷き返した。  「なら言ってくれたらよかったのに。数学得意だから教えられるって言ったじゃん」  「平気だよ」  「でも倒れるほど根を詰めてたんだろ?」  本気で心配してくれている三谷は困ったように眉を寄せた。僕がどんなに嫌な対応しても決して見捨てないやさしい彼に胸がきゅんと高鳴ってしまう。  大きな手のひらにそっと額を撫でられて、僕は息を飲み込んだ。温かくて硬い手のひらは額から頬、首筋へと移動していく。僕は呼吸も忘れてただ三谷を見つめていた。  「あ、ごめん。おでこ痛かった?」  「ちょっとだけ」  「机に頭ぶつけたからたんこぶになってるよ。でも冷やしてれば大丈夫だって」  「そっか」  「熱はなさそうだな。帰れる? ……翡翠?」  僕が瞬きもしないでいるから不安に思ったらしい。眼前で手を振られ、はっと意識が戻った。  「だ、大丈夫。でも文化祭の準備が」  「それは平気だよ。俺もあとで顔を出すし」  帰ろうか、と立ち上がった三谷の肩には僕のリュックがかかっている。  「机にあるもん全部入れたけど忘れ物あったらラインして。あとで届けるから」  「三谷は学校に残るんじゃないの?」  「こんな暑い中、翡翠を一人で帰せないよ。家まで送ってから、もう一度学校に戻る」  「そこまでしなくていいよ」  部活終わりの三谷に面倒なことをさせられない。僕が「返して」と腕を伸ばしてリュックを取ろうとしたが、ひょいと躱されてしまう。  「送らせて」  低い声に僕の肩は跳ねた。笑顔なのに言い返してはいけない迫力がある。  「これくらい平気なのに」  「倒れたくせによく言うよ」  「うっ」  確かに体調管理ができなかったのは自業自得だ。いくら三谷と河野さんのことで悩んでいたとはいえ、もう少し気を引き締めるべきだった。  「……ありがと」  「ん」  三谷と連れ立って昇降口へと向かうとちょうど外のコンビニで昼食を買って戻って来た河野さんたち出演組と出くわした。  僕に気づいた河野さんはすぐに駆け寄ってくれる。  「翡翠っち! 大丈夫?」  「うん。平気だよ。それより準備でれなくてごめん」  「そんなことはいいよ。今日は帰ってゆっくり休んでね」  「ありがとう」  河野さんのやさしさが深く僕の心を刺す。そんないい人ぶらないでよ。どんどん自分が惨めになってくる。  ここで文句の一つでも言ってくれたら嫌な奴だって内心で罵れるのに、そんな隙すらくれないらしい。  「那生は帰ってくるよね?」  「もちろん。悪いけど先に練習してて」  「わかった、待ってる!」  二人のやりとりを他の出演組の子たちがニヤニヤしながら見ている。嫌だな、この空気。  二人からは砂糖菓子より甘い匂いが流れてきて、僕はこっそりと鼻を押さえた。  「翡翠、行こう」  「みっ、三谷!?」  三谷は僕の手を取って歩き出すので目を回した。  「また倒れでもしたら困るだろ」  「もう平気だよ」  靴を履き替えるとき、背中にチクチクと視線が刺さる。肩越しで振り返ると無表情の河野さんと目が合ってしまい、僕はすぐに前を向いた。  (あんな怖い河野さん、初めて見た)  どうしてあんな顔をしていたのだろう。三谷と河野さんは両想いで、周りもそれを望んでいる。  僕にアドバンテージなんてないのに敵意を向けられる理由がわからない。  外に出るとポツポツと小雨が降っていた。僕は折りたたみ傘を持っていたけど、三谷は手ぶらだ。ポケットにスマホと定期だけ入っているらしい。  「俺はいいから翡翠だけ差しなよ」  「でも風邪引いちゃうよ。アスリートなんだから身体冷やすのよくないでしょ」  「それは翡翠も同じだろ。倒れてたんだから……じゃあこうしよう」  三谷は僕の傘を奪って二人の間で差してくれた。だがこれはこれで少々問題があるのではないか。  「これならどっちも濡れないだろ」  「でも……河野さんに叱られない?」  まだ彼女の顔が瞼にこびりついている。いつも笑顔の人の怒った顔ほど怖いものはない。  「どうして河野が出てくるんだ?」  「三谷のこと狙ってるって」  でもはたと、気づく。三谷と同性の僕が相合傘をしていてもなんの不審もない。僕が三谷を好きだからつい後ろ暗い考えをしてしまったが、友だち同士ならギリ許容範囲だ。  案の定、三谷は肩を揺らした。  「別に友だち同士で同じ傘に入ってもいいだろ」  「そうだよね」  恥ずかしい勘違いをしていたことに耳が熱くなる。俯いていると傘を持つ三谷の手が僕の頬に触れた。   「それは翡翠に邪な想いがあるからってこと?」  頬をぐりぐりと押され、僕の体温は上がった。もしかして僕の気持ちに気づかれているのだろうか。  じっと見返した黒い瞳はなにかを願っているように見えた。三谷は僕からどういう答えを望んでいるのだろう。  (そんなの当然否定だろ)  僕は気持ちを落ち着けるように息を吐いた。  「それは、ない。男同士だろ?」  「あら残念」  なにが、とは訊けなかった。僕は足元の水溜まり映る自分を見下ろした。なんて情けない顔をしているのだろう。水面を弾く雨粒が僕を嘲笑するように跳ねている。  「また昔みたいに「那生」て呼んでよ」  「やだ」  「さっき呼んでたじゃん」  「あれは昔の夢を見てたから」  「へぇ〜どんな夢?」  「僕がテディベアの誕生日プレゼントをあげた日」  「懐かしいな」  三谷の声に哀愁が漂い、僕は顔を上げた。  当時のことを思い出しているのか三谷の顔は複雑そうだ。  「あのくま、まだ家にあるよ」  「捨ててくれてよかったのに」  「翡翠がくれたもの捨てられるわけないじゃん」  嬉しいのに三谷の言葉にはどこか棘がある。捨てられない、つまり忘れられないということか。  言外に責められているような気配に僕は慎重に息を呑んだ。  「……なんで俺のこと避けたの?」  空気を切り裂くような鋭い声に僕は足を止めた。バクバクと心臓は鳴り始め、嫌な汗がこめかみを伝う。  「急に無視したのはなんで?」  追い打ちをかけるように言葉を重ねられ、僕は自分の制服のシャツを掴んで逃げ出そうとするのを耐えた。  「話しかけてもよそよそしくて俺のこと避けてさ……すげぇ悲しかった」  俯いた三谷の表情が見えない。  三谷の声は震えていて、耳を澄ませないと雨音にかき消されてしまいそうだ。こんな三谷は見たことがなかった。  (僕の自分勝手な行動が三谷を傷つけてたんだ)  三谷の気持ちをまったく考えず、逃げてばかり。  友だちにいきなり無視されたら傷つくことなんて誰でも簡単に想像できる。けれど昔の僕は三谷の気持ちを考えられるほどの余裕がなかった。  下唇を強く噛み締めてからゆっくりと口を開く。  「ごめん……」  自分の声が刺繍糸より細く頼りない。三谷からの反応はなく、聞こえなかったのかもしれない。  もう一度口を開くとふふっと三谷は肩を震わせた。  「謝ったら無視してたの認めてることになるじゃん」  「あ……」  「いいよ。いまは普通に話せるし。でももう二度とするなよ」  三谷はくしゃっと子どもみたいに笑った。  (好きだな)  三谷への想いを糸にしたら複雑に絡んで解けなくなっているだろう。ミサンガみたいに丁寧に編んで、綺麗な模様を作り上げる。それが好きって感情なのかもしれない。  でも僕はそれを心の奥底にしまう。決して表には出してはいけない、出す権利がないのだ。    翌日の午後、三谷は僕の家に来てくれた。家まで送ってくれたら偶然母さんと会い、三谷は僕が倒れた経緯を洗いざらい話してしまったのだ。  それに怒った母さんが裁縫セットを捨てようと躍起になっていたが、三谷が勉強を見てくれるということで決着がついたのだ。  「お邪魔します」  「那生ちゃん。本当に来てくれてありがとう」  「大丈夫です」  出迎えた母さんは嬉しそうに目尻の皺を深くさせている。小学生のときはしょっちゅううちに来て、よく母さんが作ってくれた唐揚げを食べていた。  「また遊びに来てくれて嬉しいわ。翡翠のことよろしくね」  「俺が力になれるかどうかですけど」  「もうこの子ったら放っておいたら服ばっか作ってて全然勉強しないんだから」  「母さん!」  変なことを吹き込まないで欲しい。ちゃんと勉強もやっている。  僕は母さんをリビングに押し込んだ。  「ごめん、三谷が久しぶりに来るから妙にテンション高くて」  「俺も久々だから嬉しいよ」  「うち、変わってないでしょ」  「そうだね。懐かしい」  母さんの趣味全開な内装のファンシーさは初見の人はまず驚く。まるでテーマパークの家のように豪奢なシャンデリアや毛の長い絨毯は存在感がある。  家具も食器も母さん好みのものをわざわざ海外から取り寄せているらしい。  僕は使えるならなんでもいいので、自分の部屋は割とシンプルだ。  「お〜懐かしいな」  三谷は目を細めながら僕の部屋を見渡した。チェストも勉強机もベッドの位置もなにもかも昔から変わっていない。唯一増えたとすれはぬい用の衣装ケースだ。  「これがぬいってやつ?」  「そう。かわいいでしょ」  チェストに飾ってあるぬいを三谷は不思議そうに手に取った。ぬい用の服を作ると決めたときに試着させるために買ったものだ。確かなんとかというアイドルのなんとかという人で一番人気らしい。  赤い軍服みたいな衣装を着たなんとかさんは目をくりくりとさせている。  「これ誰?」  「アイドルの人」  「翡翠はこういう人が好きなの?」  「可愛いと思う」  デフォルメされているので本来のなんとかさんの顔を知らない。けれどぱっちりした目や眉の形はどことなく三谷と似ている。  だから買ったのだとは到底言えないけど。  「ふーん」  「そんな強く握り締めたら破けちゃうよ」  三谷から奪い取ってぬいを撫でた。よかった、どこも破けていない。  だが三谷は下唇を突き出して、鼻を鳴らした。  「別にこれじゃなくてもよくね? アニメキャラとかいろいろあるだろ」  「でもこの子に試着させると売れ行きいいんだよ」  イメージ画像とはいえ、このなんとかさんの写真をトップに置くと売れる率は高い。ぬいは何種類か持っていて最初は色んな子に変えていたが、いまはこのなんとかさんで固定している。  「ほらこの女の子とかいいじゃん」  埃がつかないようクリアケースに保管されているぬいを三谷が指をさした。唯一の女の子キャラはロボットアニメのヒロインだ。  「ぬいに服を着せる人は女性が多いから女の子キャラより男の子キャラの方がイメージつきやすいみたい」  ぬいに洋服を着せるのはおままごとの延長だと思っている。お気に入りのぬいに可愛い服を着せて一緒にお出かけするとデートのようで楽しいのだろう。  「この緑髪は?」  「ん〜微妙に大きさが違うんだよね。てかどうしてその子が嫌なの?」  「それは」  僕が詰め寄ると三谷はぐぅと唸った。  「翡翠が他の男に作ってるのが嫌なんだよ! アニメキャラならまだ二次元だからいいけど。昔約束しただろ」  「よく憶えてるね」  小学生のとき、僕は三谷の服を作ってあげると言ったことがある。  やはり三谷は頭がいい。  「劇の衣装作ってるよ」  「それはそれ。これはこれだ」  「……よくわからないな」  確かに三谷の服を作ってみたい気持ちはある。ぬいに着せるくらいなのだから。  モデル体型の三谷ならなにを着せても似合うだろう。スーツやコック服、医者のような白衣もいい。でもこれじゃコスプレじゃないか。  なら他はなんだろう。大工さんみたいなつなぎもいいな。  いろいろ妄想に耽っていると「おい」と肩を叩かれた。  「てか喋ってないで勉強しよう。テスト、明後日だろ」  「うん。よろしくお願いします」  ぺこりと頭を下げると三谷は「任せろ」と腕を捲った。

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