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「新入りくんなら、いきなり花壇の作業にかかるのは酷だな」
ハーブは何もしなくても育つ、と思われがちだが、実は違う。
多種多様な特性を把握して、それに合った育て方をしなくてはならない。
日によく当てたり、半日陰を造ったり。
肥料を与えたり、花芽を摘んだり、虫よけをしたり。
風通しを良くしたり、こまめに収穫したり、ネットを被せたり、混植を避けたり。
和生の話にうなずきながら、倫はポケットに入っていた小さなノートにメモを取った。
「まぁ、作業をしながら教えるから。一度に覚えなくてもいいよ」
「はい」
では、と和生は摘んだばかりのミントが入っているバスケットを、倫に渡した。
「一緒にこれを、怜士(れいじ)さまにお届けしよう」
「怜士さま? どなたですか?」
「北白川 怜士(きたしらかわ れいじ)さま。この領地を治める、侯爵様だよ」
「北白川……、怜士……、侯爵……」
どこかで聞いたような、名前だ。
記憶を手繰り、倫は考えた。
そしてその名は、不意を打って鮮烈に思い出された。
「えっ!?」
思わず、声をあげてしまった、倫だ。
「どうかした!?」
「あ、え、いえ! 何でもありません!」
いや、本当は一大事だ。
心臓が、バクバク打っている。
(北白川 怜士、って。僕が大好きだった本の、登場人物だ!)
一体、なぜ。
どうして、こんなことに。
(僕、もしかして、本の中に迷い込んじゃったの!?)
倫の不思議な物語は、まだ始まったばかりだった。
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