42 / 61

第42話 エリペールのトラウマ

 店主の一言に、今度はこちらが驚きを隠せなかった。 「亡くなられたんですか」  一瞬、僕が死んだことにされているのかと考えたが、そうではなかった。  バルテルシー伯爵には、事実、本妻との間に一人息子を授かっていたようだ。 「結婚してから、なかなか子宝に恵まれなくてね。領民も、その知らせを心待ちにしていたもんだよ。それが折角授かったのに……何歳だったかなぁ……八歳くらいで亡くなったんじゃなかったかな。生きていれば、今頃は二十歳を超えた立派な青年になっていたはずだ」  思いに耽ながらペラペラと話しを続ける。 「おっと、この話は他ではしないでくれよ。みんな伯爵様を気遣って黙ってんだ」 「勿論、誰にも言いません。しかし残念ですね。側室でもいれば良かったのに」  パトリスは少し攻めた返事をした。  店主は大きく手を振り「それはあり得ん!」と拒否した。 「あのお方が、別の人を囲うなど出来っこないよ。人が良すぎて、女遊びなんてしたこともないだろうって街の連中の間じゃ……って、これも内緒で頼む」  お人好しなのはこの店主の方だと思ったが、言わないでおいた。  あまり深く訊きすぎて不審がられてもいけないので適当なタイミングを見計らい、店を出た。 「うちの店の宣伝を頼んだよ」店主に見送られ、お辞儀をしたのち急いで馬車へと移動する。 「やはり、バルテルシー伯爵は姉の存在を隠していたのか」  パトリスは酷くショックを受けていた。  大切にされていなかったのだろうか。勿論、僕が産まれたのは誰も知るはずもない。 「でも、実のお子さんも失って、マリユスさんも失って……可哀想なお方ですね」  リリアンが呟く。 「自業自得だ」  パトリスは姉をぞんざいに扱われたと知り、怒りを抑えられていない。  普段は厳しくとも温厚な人柄であるが、流石にこの仕打ちは酷すぎる。  僕も同じようにバルテルシー伯爵に対し痛憤した。  帰りの馬車の中で、三人は殆ど喋らないで過ごした。  あの店主は口の軽い人ではあるが、嘘を吐いているとも思えない。だとすると、バルテルシー伯爵は領民にも知られていない、裏の顔を持っているということになる。  早くラングロワ公爵邸に帰りたかった。  エリペールに今日の話を聞いてほしい。  明日はブリューノも来てくれる予定になっている。きっと彼はもう、あの書類の不可解な点について調べてくれているだろう。  隣でリリアンが欠伸を堪えていた。 「眠っていて大丈夫ですよ。今日は付き添いありがとうございます」 「すみません。慣れない遠出だったし、衝撃が大きすぎて。今どっと疲労が出てしまいました」  リリアンはうつらうつらと眠りに入った。  パトリスは窓の外に目をやり、どうにか冷静になろうとしているのか、それともバルテルシー伯爵について考えているのか。どちらにせよ、表情は険しい。  安易に話しかけない方が良いと思い、僕も窓の外を見て過ごした。  公爵邸へ帰ってくる頃には、外は真っ暗になっていて、星が瞬いている。  ゴーティエたちは帰宅するのを待ち構えていてくれた。 「無事、帰ったのね。疲れていない?」 「大丈夫です。パトリス先生が仕切ってくれたので、僕は何も……隣にいただけです」  ブランディーヌはリリアンにも礼を言うと、今日明日は仕事を休んでゆっくり過ごすよう伝えた。 「ゴーティエ様、やはりバルテルシー伯爵様は秘密を抱えているようです」 「なんだって!? 詳しく聞こうじゃないか」  パトリスにも今日は泊まるよう声をかけ、一先ず食事へと向かう。  しかしその時、エリペールが鬼の形相で走り寄ってきた。 「エリペール様、ただいま帰りました……って、どうしたのですか!? ひゃっ!! お、下ろしてください」 「ダメだ。今日はこの先、誰とも触れさせない。部屋に篭る」  肩に担ぎ上げ、周りに一礼すると自室まで走り去る。  何故かとても怒っているように感じるのは気のせいか。部屋に入るまで一切喋らず、腕には最大限の力が込められていた。  寝室のベッドに寝かされ、いきなり深く口付けられる。 「んっ、ふっ……ぅ、ん……」  あまりに突然過ぎて理解が追いつかない。  エリペールは激しく口付けながら、構わず服を脱がしていく。 「何処も触れさせていないな?」 「だ、誰にですか? そんなの、するはずありません」 「誰にもだ!! 誰もマリユスに触れてはいけない。私以外の者の匂いが付くのさえ許さない」  エリペールは瞬く間に全裸にすると、体中に口を這わせる。 「や、まって……エリペールさま……ぁあ、んんん……」  胸を執拗に嬲り、腋に舌を這わせ、徐々に下へと降りていく。  どういうわけか、焦っているように感じる。 「エリペールさま……」 「マリユス、もう離れないと約束した……」  腿の付け根を啄みながら言う。先走りの液が滴り、エリペールはそれを掬うように舐めとった。  先端まで辿り着くと、可愛らしく昂った屹立を口に含み根元から吸い上げた。 「あぁ! は、ぁぁ……」  足先まで力んでしまう。アルファのフェロモンでヒートを促され、体の熱が上がっていくのを感じた。  ぐちゅ、ぐちゅ……と音を聞かせながら口での抽挿を繰り返しながら、手で扱かれる。 「あ、やだ。出る……出ます……んんぁぁ」  屹立を吸い上げるエリペールの口中に、白濁を飛沫させた。 「どうして、こんな強引に……」 「……また、マリユスが帰ってこなければと思うと、気が気じゃなかった」  僕の蜜を全て飲み込み、強く抱き締められた。  エリペールは、一年間離れていた期間がトラウマになっている。  眠れなくて、食べられなくて、動けない。  僕を抱きながら、口付けながら、確かに自分の中に存在していると確かめていたのだと、ようやく理解した。 「ごめんなさい。不安にさせて、ごめんなさい。僕の居場所は、エリペール様のいる場所だけです」  今度はこちらからエリペールを抱きしめる。  不安にさせたことよりも、これだけ愛していると曝け出してくれたことが嬉しかった。  エリペールに向けて両脚を拓き孔を晒す。 「確認してください。僕が貴方だけのものだと安心できるまで、ここにエリペール様の精を注いでください。誰も近寄れないほど、エリペール様の匂いで埋めつくしてください」

ともだちにシェアしよう!